このページはシーサーブログで2005年5月に掲載した書評・映画評覧で構成されています。
新規の書評は
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「あさきゆめみし」
昭和33年生まれの俺は、現代の高校生がうらやましくてしょうがない。古文の授業に先立って、このマンガが読めるからである。
授業で習った無味乾燥な古文に、こんな感動が隠されていたんだよ。
源氏物語は、帝と桐壺の更衣の間に生まれた光源氏を中心とした物語である。
一つは、幼くして亡くなった母・桐壺の更衣の面影を宿す、帝の後妻・藤壺の宮との許されざる恋、そしてその満たされぬ思いの代替として次々と訪れる恋の顛末。
もう一つは、彼を取り巻く、色々なタイプの女性群像である。そして、実はこれこそが、この作品の眼目なのである。政争の道具として、恋や結婚すら意のままにならぬ女性たちの葛藤。極めて現代的な恋愛観を持つ朧月夜(六の君)、嫉妬の苦しみと悲しさを体現させる六条の御息所、光の最後にして最愛の女性・紫の上。なんと魅力的な女たちであろうか。そして、平安のきらびやかな文化。
当初、藤壺の宮の面影を求めて愛していた紫の上と死別する時、光はついに、その満たせぬ愛の呪博から解け、自分が、紫の上を愛していることを悟る、感動のシーン。そして、その死後、北山での幼女若紫との初の出会いのシーンを回想する光。
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠(こ)めたりつるものを」(原文)
「雀の子を、犬君(いぬき)が逃がしてしまったの、伏籠せ入れてあったのに」と涙ぐむ少女。
もう、このシーンで、親父(俺)号泣ですよ。
女たちの中には、ジェンダーの呪縛から逃れるために出家するものもいる。あるものは、自ら望んで、あるものはいたしかたなく。
彼らの心の揺れ動く様が、21世紀に生きている俺の心をも揺さぶる。現代的な物語である、というより人間の普遍的な物語なのである。1000年以上も前に、こんなにきめ細やかな物語を生み出した日本を誇りに思う。そして、それが女性であったことを、世界に誇りたい。同時に、大和 和紀女史の才能と努力に、最大限の賞賛を送りたいと思う。
必読。
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「NO MAN'S LAND ノーマンズ・ランド」
バルカン半島での戦争を描いた作品。練られた脚本が効果的な、程よいブラックコメディである。
敵陣との間にあるざんごうに取り残されたセルビア人とボスニア人の兵士。
まず、互いの正当性を譲らない二人の姿が笑える。一方、傷を負って動けないセルビア人兵士は死体と間違われて体の下に地雷が仕掛けられている。
どちらの陣営もにらみ合って助けに行けずに、結局は、国連保護軍のフランス戦車部隊や、画策を練るイギリス人テレビレポーター、ドイツの地雷撤去班、国連の最高司令部などが絡み合う。地雷の爆発を防ぐためには停戦しかないのだが、それができない(憎しみの連鎖を絶てないのだ)という現実を、苦く苦く描いていて、ここだけはどうしてもコメディにはならなかったラストである。傑作だと思う。
ところが驚いたのは、アマゾンのレビューの中には、「突拍子もないシチュエーションを殊更強調して、現実に起きた無防備の市民の虐殺などからは目を背けているかのようである」というものがあった。
そして、この映画のテーマは、中立な国連軍は無力であるという胡散臭いメッセージだ、と。
いやはや、恐ろしく鈍い人がいたものだ。
この映画で、「身動きも出来ずに、体の下に地雷が仕掛けられている兵士」こそが、両派の間で板ばさみになって、悪戯に命を奪われる無防備な市民たちの象徴に他ならないではないですか。こんな明らかなことが、感じ取れないとは・・・。
ラストシーンで、地雷の上に横たわったまま空しく夜空を見上げている彼こそが、ボスニアの国民たちの絶望を語っている。直接的に描けばいいというものではないよ。
パレスチナとイスラエルなどのように、「憎しみ」が「憎しみ」を生む悲劇は誰の目にも明らかだ。にもかかわらず、世界の中には、義務教育で「他国に対する憎しみ」を燃やし続ける国もある。困ったものである。
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「ダイスをころがせ!」
俺が始めて読んだ真保 裕一は、「奪取」だった。一読、その面白さに驚愕して、次に読んだのが「ホワイトアウト」。
以来、この作家の本は俺にとって、「たとえ明日のタバコ代に事欠くことになろうとも、本屋で見かけたら手にとってレジに行く」ものになっている。
この「ダイス〜」は、舞台となるのが国政選挙。地盤も看板も鞄もない若者たちが、手作りの選挙で国政に挑む、というと、選挙の内幕を描いて、いわば情報小説のように事細かだったり、教条的に、だから日本の政治は、と嘆くのかと思ったら大間違い。
まずは、一票を入れることが、俺たち新人が勝つ方法だ、とばかりに、あらゆる(しかも正当な)方法での戦いが描かれる。
面白い。スリリングである。選挙が、こんなに冒険で、挑戦だったとは。
読み終わって、今まで投票を棄権していた人も、気になる候補に、まずは一票入れに行くか、という気にさせる。それこそが作者の狙いなのである。
オススメ。
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「日本の失敗と成功」岡崎 久彦
1840年のアヘン戦争以来、日本は危機にどう対処してきたのか?
また戦後日本の光と影を語り、二十一世紀の日本の行方を探る。日本が誇る論客である、岡崎久彦と佐藤誠三郎による、十時間にも及ぶ白熱の討論。いまだかつてないユニークな見地から、日本という国家のかたちを二人が解剖していくその様は、スリリングとさえいえるほどである。
日本の歴史を、自虐からも美化からも離れた、極めて冷徹な目で見つめている。教科書やマスコミ報道などからは、わからなかった「なぜ」が、判る。受験科目で日本史を選択した人も、これを通読すると近現代史が、自然に頭に入ると思う。
一気に読んでしまった。
序章 歴史から何を学ぶか
第1章 日本が植民地化を免れ近代化に成功した理由(近代化の特徴と日本の成功理由
日本の対応は中国・朝鮮とどう違っていたか ほか)
第2章 民主化が行き詰まり軍部の政治化を招いた理由(第一次世界大戦後の国際関係の変化
日本の繁栄と孤立 ほか)
第3章 戦後日本の光と影(対日占領政策と戦後改革の評価
吉田政権から五五年体制へ ほか)
終章 二十一世紀・日本の行方
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