幹事クリタのコーカイ日誌2010

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4月11日 ● 不幸が再会のきっかけになる年頃。

 先日書いた友人の女性が亡くなりました。昨日告別式に参列してきました。まだ41才で娘が8才。あまりにもせつなく悲しい葬儀となってしまい、会場中がすすり泣いていました。泣くまいと思っても、涙がこみ上げてきてしまいます。辛い葬儀でした。

 ただ人間というのは意外に図太いもので、葬儀が終わってからは久しぶりに会った仲間との会食を楽しんでしまいました。親しかったテニスサークルのメンバーと2時間にわたって食事をしながら話し込みました。なにせこのメンバーと会うのはサークルの20周年パーティをやった5年前。そして一緒にテニスをしていたのは1997年頃。すでに13年も昔のことです。今はみんな40代ですが、当時は20代後半〜30代前半。今でいうアラサーでした。

 10数年の歳月は残酷に人を老いさせます。あなたもわたしもみんな中年。オジサンオバサンの集まりです。しかし見た目は変わっても中身はあまり変わらないもので、当時の仲間が集えば、やはり当時のようなノリになります。同窓会と同じです。若い頃は仲間の結婚式があると、学生時代のメンバーが集まって盛り上がったのが、年を取ると葬式で同じ光景が繰り広げられるだけです。

 今はまだ40代ですから、突然の訃報に驚き「なんでこんなことに」と嘆くわけですが、これがあと20年もすると本当に「次は誰だ」ということが冗談抜きで囁かれることになるんでしょう。長生きすると、仲間を順番に見送っていくことになり、どんどん寂寥感が増しそうです。最後まで生き残るということは、ひとりぽっちになるということと同義です。自分が死んだ時には誰も仲間はおらず周りのものから「やれやれ、やっと逝ったか」と思われるのですから、随分と長生きもせつないものです。

 できることなら、みんなが元気で仲良く長生きできるのが一番なのですが、最近の中年の突然死の多さを繰り返し目の当たりにしていると、なかなかそうもいかないのかなぁと思います。今後ますます葬儀に出ることが増えそうなので、今回20数年振りに礼服を新しく買いました。四半世紀前の礼服はさすがに古臭いので、ずっと買いたいと思っていましたから。ただ、買ったけど、本当はあまり活躍して欲しくはない服です。古い友人と会う時はいつも喪服というのもね。



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