幹事クリタのコーカイ日誌1999

 
 6月9日 ● 最高記録主義と、平均記録主義。

 陸上競技や水泳競技には「持ちタイム」とか「自己最高記録」というのがあります。例えば1度でも100mを9秒台で走れば、それが追い風1.9mであっても、少々フライング気味であったとしても、彼は「10秒を切った男」の栄誉を得られるのです。たまたまでも偶然でも良いから、とにかく1回良い記録を出せば、それがその選手の実力と考えるのが「最高記録主義」(僕が勝手に名付けました)です。

 逆に1度だけ出た記録なんて当てにはならない、本当の実力は全ての記録を平均したとこにあると考えるのが「平均記録主義」です。プロ野球の打率や防御率などがその代表的な例です。ある日の試合で、新庄が4打数4安打したからと言って、それをして新庄の実力とは誰も判断しません。明日も明後日も新庄は4タコしているかも知れないからです。

 テニスのポイントランキングなども「平均記録主義」の象徴です。グラフやアガシが全仏オープンで優勝してもすぐにランキング1位になれるわけではありません。ランキングはあくまでも過去1年間の実績を積み重ねたところにあるのです。ナンバー1を倒してもテニスでは1位になれないのに、ボクシングならラッキーパンチ一発でもチャンピオンになれる。これが「最高記録主義」と「平均記録主義」の考え方の差です。

 そしてこの最も曖昧なものが相撲の番付です。基本的には平均記録主義を採用しているのですが、だからと言って厳密に勝星の平均値で番付を決めているわけではありません。いろいろ昇進時には決まり事を作ってはいますが、やはり「こいつはそろそろ大関の顔だな」と思われたから大関になっていると考えた方が、かえってわかりやすいくらい、番付は曖昧模糊としています。

 で、スポーツ界はともかく、この「最高記録主義」と「平均記録主義」は日常の生活にもいろいろと入り込んで来ているから厄介です。たまたま気の迷いからハワイに連れていこうものなら、次からは「やっぱり休みは海外がいい、そのへんの温泉じゃいやだ」と「最高記録主義」で文句を言われるのに、ちょっと家事を手伝っても「1回やったくらいで威張らないでよ。毎日やってくれるって言うのなら株も上がるけどさ」なんていきなり「平均記録主義」が顔を出したりするのです。

 もちろんサラリーマンなら、会社で上司にこの2つを使い分けられたりして腹立たしい思いをした人も多いことでしょう。長所を伸ばして最高を狙うか、短所を潰して平均を狙うか。どっちを取るかは、やはりその人の性格次第かなぁ。僕は仕事も家庭もテニスも「最高記録主義」ですね。とことんひとつのことを極めようとするからじゃなく、いつも満遍なく平均点を取るという努力が苦手なだけですけどね。


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