幹事クリタのコーカイ日誌1999

 
 4月24日 ● サッチーの魅力。

 日頃ワイドショーは滅多に見ないので少々話題に乗り遅れましたが、野村沙知代と浅香光代のバトルは、いろいろなところに飛び火して結構騒然となっているんですね。あれだけ多くの芸能人や関係者がサッチーの悪口を言いまくっているとは、さすがにサッチー、今もっともテレビの中でパワーを発揮しているヒール(悪玉)だけのことはあります。

 そもそも彼女は「お茶の間の人気者」と言っても、所ジョージや森光子とは立つ場所が違います。あくまでもテレビの中に存在する異分子、徹底的に人間のダーク面を強調した悪役キャラクターとして成立していたわけですから、今さら悪口を言いつのる方がおかしいというか、そもそもサッチーを良い人だなんて、誰も思っていなかったんじゃないの?と言いたいんですけどね。

 ただ彼女が周囲の人にはとても迷惑で傲慢な人だとしても、それをもってして「なんで野村監督はあんな人と結婚しているの?」なんて言うのは、それこそ余計なお世話というものです。実は彼女は家に戻ればおとなしくて良く気がつく賢夫人である、なんてことは僕も思っていません。そりゃ野村家の中での彼女の振る舞いについてまでは知る由もないのですが、僕は野村監督にとっては、あのままのサッチーでこそ価値があるんじゃないかと思っています。

 これは落合博満夫人信子さんにも共通して言えることなのですが、ああいう決してダンナを甘やかさないで、ひたすら叱咤激励する怖い奥さんというのは、実は偉くなり過ぎてしまったダンナには必要不可欠な存在ではないかと思うのです。

 野村監督にしても落合にしても、その強烈な毒性ゆえに、一歩外に出れば周囲が腫れ物に触るように扱っていることでしょう。みんながお追従を言って気を遣い、周りにはイエスマンしかいないような状態になりがちです。そんな彼らにしてみれば、遠慮なく自分をこきおろし、強烈なパワーで尻を叩いてくれる奥さんというのは、逆に安心できる存在のはずではないでしょうか。

 偉い人はどこかで自分は偉くないと言って欲しいのだと思います。偉い人は「あの人は偉いんだ」と思われている場所では自分のまとった鎧を脱ぐことができません。いつでもふんぞり返った存在でいなくてはならないのです。だからこそ「あんたなんか大したことないんだよ」と言ってくれる相手がいれば、そこで初めて甘えて素直になれるんじゃないかと思います。

 人間、やっぱりどこかでバランスを取らなければなりません。外ではサドっ気たっぷりな意地悪オヤジ野村監督だからこそ、家ではサッチー相手にマゾっ気を発揮しているのではないかと思います。毒をもって毒を制す、というのとはちょっと違うかも知れませんが、サッチーは少なくとも野村監督にとっては決して悪妻ではないのだろうと言う気だけは確かにします。



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