幹事クリタのコーカイ日誌2026

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7月29日 ● 板東英二の思い出。

 昨日に続き訃報になってしまいますが、板東英二が亡くなりました。高校野球のレジェンドにして中日ドラゴンズの元祖リリーフエース、野球解説者、ラジオパーソナリティ、歌手、俳優、司会者、バラエティタレント、作家など、とにかく多才な人でした。恐らく戦後の日本人でこれほど多方面にわたって活躍し、それぞれの分野で成功した人物は他にいないのではないかと思います。まさに稀有な人物です。

 それぞれの分野での業績はウィキペディアでも読んでいただければわかりますので、敢えてここでは詳細は書きません。僕は板東英二の現役時代は本当に晩年の引退直前の時期だけしか知りません。ただ「巨人の星」の作中でオズマを板東が打ち取ったエピソードは覚えています。それくらい中日を代表する投手でした。現役を引退してからは名古屋のCBCラジオ「ばつぐんジョッキー」月曜パーソナリティで活躍していました。木曜担当の上岡龍太郎と中日阪神の舌戦を繰り広げていたのが懐かしいです。

 また「燃えよドラゴンズ!」が大ヒットした1974年は中日が巨人のV10を阻止した歴史的な年で、愛知県の少年は誰もがこの歌を口ずさむことができました。そして、その翌年になぜか僕の中学校に板東英二が講演に来たのです。「芸能人」を間近で見た初めての体験でした。この時に板東は「プロ野球の投手なら(講演台に置いてある)このコップに18.44m向こうのマウンドから投げて当てることができる」と言い、我々は驚愕したものです。もちろんその時は信じていましたが、その後に「筋肉番付」のストラックアウトで意外と当たらないものであることを知ってガッカリしました。多分本当に集中している時なら、それくらいのコントロールがある投手ももちろんいたでしょうが、「誰でも」ではないんだなと思ったものです。

 「マジカル頭脳パワー」も「世界・ふしぎ発見!」もドラマ「金曜日の妻たちへ」シリーズも「毎度おさわがせします」も見ていましたし、映画「あ・うん」も「鉄道員(ぽっぽや)」も見ました。アスリートから芸能人になった人物はそれなりにたくさんいますが、選手としての実績プラス芸能人としての活躍の合計点では板東英二が間違いなくナンバー1だと思います。その割に軽んじられているというか、リスペクトをされていないのは残念ですが、それも板東のキャラクターなのでしょう。謹んでご冥福をお祈りいたします。



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