幹事クリタのコーカイ日誌2026

[ 前日 |翌日|最新|今月 ]

6月25日 ● 道楽は褒められることか。

 趣味の話をすると「そんなにいろいろやっていてスゴイですね」と褒められます。褒められてイヤな気持ちにはならないので良いのですが、でも自分が好きなことをして遊んでいるだけなのに、それを褒められるのは不思議と言うか、若干の違和感がないではないです。昔から長年「遊んでばかりいてちゃんとしなさい」と言われ続けてきたので、今さら褒められても何か罠でもあるのではないかと不安になります。

 友人のYさんは大抵人の噂話をする時にはまず褒めるところから始まります。噂話というのは多くの場合は悪口がベースだと思うのですが、珍しいパターンの人です。今日も「あいつはエライんだよ。ネットフリックスのドラマもう見るものがないというくらい見てるんだって」と言うので、思わず「それは別にエライと褒めることではないのでは?自分の好きなことしているだけなんだから」と反論してしまいました。Yさんはこういう僕の反論から徐々に悪口に移っていくのに、また乗せられてしまいました。ただ僕がエライと思う人は、他人のために辛いことや苦しいことを黙々とやっているような人で、次に他人のために自分の好きなことや得意なことをやって役立てているような人です。自分のために自分の好きなことをやっている人は、まあ周りに迷惑をかけていなければ構いませんが、エライと褒めるようなものでもありません。

 趣味を楽しんでいる人を妙に褒める風潮は、最近ますます高まっているように思いますが、これはいったいなんなんでしょう?趣味を楽しむことは「心身の健康にいいこと」「人生を楽しんでいる象徴」「理想的なライフスタイル」みたいにもてはやされているからでしょうが、昔なら「ちゃんと生きていないロクデナシ」扱いされたものです。誰にも迷惑かけていないから良いじゃないか、ほっといてくれ、と日陰者の立場でブツブツ文句を言っていたのに、いつの間にかスポットライトを当てられて「趣味を楽しむステキな人」扱いされると、それはそれで困惑してしまいます。

 道楽者には道楽者なりの格付けがあって、どこまで人生を無駄にするくらい道楽に命をかけているかでランキング上位が決まります。外の人間から見たら褒めるどころか眉を顰められるくらいじゃないと評価されません。僕は性格的になかなかそこまで到達できないので、きっと褒めやすいレベルの趣味の人なんだなと自己認識しています。我ながらちょっと残念です。



ブログでも読めます「幹事クリタのコーカイブログ」