幹事クリタのコーカイ日誌2026 |
| 6月19日 ● まだやってます。 古い友人知人に久しぶりに会うと、しばしば「え、まだやってるの?」と言われます。内容はテニスおよびサークルの運営であったり、サックスやピアノであったり、このブログであったりと様々なのですが、いずれにしても「えー、よくそんなに長くやってられるね、飽きない?」との言葉とセットのことが多いです。逆に僕からしてみると、「よくそんなにあっさり辞められるね」と思わないでもないですが、本当に世の中の人はそんなに飽き性なんでしょうか? テニスを始めたのは18歳からなので47年、サークル創設から40年、サックスは17年、ピアノは15年、ブログは30年続けています。まあサークルの40年はさすがに長い方かもとは思いますが、似たようなところはいくつもあるでしょう。単に個人の趣味であるそれ以外のものは、何十年やってます、なんて普通のことだと思います。好きなことを長く続けているのは不思議でも何でもありません。イヤなことや辛いことを我慢して続けているのなら感嘆しますが、好きなことですから。 ただ「好き」なだけでは長く続けられない人がいるのもわかる気はします。テニスでも音楽でも同じですが、好きという気持ちに加えて、上達する希望がないと、なかなか続けられないのかなとは思います。大人の趣味というのは、その先に何かゴールがあるものではありません。プロになるわけでもないし、有名人になれるわけでもありません。そもそも本当に上達しているのかさえわかりません。むしろ年齢との戦いになっていくので、下手になっていなければ良いというくらいなものです。 それでも自分の中ではちゃんと自分の実力を評価しています。他人の評価ではなく、他人との比較でもなく、自分自身が実は自分のパフォーマンスをちゃんと理解していて、大抵の場合は自分自身からの低評価に苦しんでいます。そして苦しみながらも、どこかでまだ希望があると思っているからこそ、続けられるのです。「飽きた」と言って辞める人は、実は自分の低評価に人一倍苦しみ、もう希望がないと思った人ではないかと思っています。それだけ実は真剣に上達したいと思っていて、その自分の気持ちと自己評価のズレについていけなくなったのかも知れません。 と言うことで、僕の場合は「まだ上達するかも」という甘い希望に乗っかっているだけの、自分に甘い人間である可能性も十分あります。それでも好きでやっていることですし、下手でもやれば楽しいのは確かなので、体と環境が許す限り、続けられるだけ続けるつもりです。 |