幹事クリタのコーカイ日誌2023 |
10月28日 ● クレージーキャッツ消滅。 犬塚弘が亡くなりました。と言っても、40代以下なら「誰それ?」でしょう。50代でも知らない人が多いかも知れません。クレージーキャッツのウッドベース弾いていた人、と説明してもわからないでしょう。そもそもクレージーキャッツ自体を知らない人が多くなっていると思います。その最後の生存していたメンバーが犬塚でした。94歳。ご冥福をお祈りします。 クレージーキャッツは最初が在日米軍キャンプを回っていたジャズバンドでした。全盛期は1960年代で僕が幼い頃には大人気でした。メンバーそれぞれも個人でも大活躍していて、特に植木等は「無責任男」でスーパースターでした。1970年代に一時期後輩にあたるドリフターズが「全員集合」を半年間休んだことがあり、つなぎで「出発進行」という番組をクレージーキャッツがやっていました。まあ当時はもうドリフほど面白くはなかったので、この番組はあまり人気は出ませんでしたが、ミュージシャンとしてはドリフよりずっと上だったと思います。 僕が若い頃は正月の「かくし芸大会」が一番クレージーキャッツのメンバーを見る番組でした。銅像になって動けないハナ肇が水をかけられたり一斗缶で殴られたりペンキを塗られたりするのが毎年の恒例でした。1970年代以降はそれぞれが俳優として活躍することが多く、谷啓の「釣りバカ日誌」の佐々木課長とか当たり役もありました。ハナの「あっと驚く為ゴロー」とか植木の「お呼びでない」、谷の「ガチョーン」、桜井センリ「ルーチョンキ」などの持ちギャグもありました。 多才なメンバーが多く、スキャンダルや不祥事もほぼなく、人格者揃いのクレージーキャッツは、最後まで解散することなく犬塚の死去で自然消滅となったということです。かつてナベプロの人気を支えたクレージーキャッツ、ザ・ピーナッツはこれで全員が他界し、残るドリフも加藤茶と高木ブーを残すのみとなりました。昭和は遠くなりにけり、です。 |