幹事クリタのコーカイ日誌2016

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4月30日 ● 名古屋は閉鎖的か?

 今日テニスの後のお茶会で「名古屋は閉鎖的か」という話になりました。もちろん、こういうことは個人の体験に基づいて話されるものなので、人によって「言われている通り閉鎖的」と思う人もいれば「いや、全然そんなことはなかった」という人もいるものです。そもそも「閉鎖的」という言葉の定義はどうなっているのか、またどこと比べて「名古屋は」と言っているのかも曖昧です。よく「京都の方が閉鎖的」と言われますが、じゃあ「閉鎖的」の日本の平均はあるのか、ということになってきてしまいます。

 ただ名古屋に住んでいて、会社やテニスサークルで日本各地の出身者と交流していて感じる「名古屋の閉鎖性」があるとしたら、それは相手のことを観察して対応しているところはありそうな気がします。どこの出身者でどういう経歴を辿ってきて、どこの学校を出ていて、どんな仕事をしていて、どういう家族構成で、という相手の個人情報を聞いて、その上でどういう付き合いをしていくのか考える癖が名古屋人にはありそうです。リサーチをして、それに基づいたマーケティングを考えるという感じです。

 自分たちと同じようにフランクに接しても大丈夫な人間なのか、それともお客様的に距離を置いて扱った方が良いのか、そこを見極めて対応するから、人によっては「閉鎖的」だと感じたり、そんなことはないと感じたりするのかもしれません。大阪の人は相手が誰であれ「大阪流」に徹します。自分たちが相手に合わせようとは考えません。だから誰に対してもフランクです。また東京の人間は自分たちが標準だと思っている半面、全国から地方の人間が集まってきた街なので田舎モノにも慣れていますから、「やれやれ、田舎の人は困ったもんだな」という感じで対応します。

 ところが名古屋の人は「名古屋流」に合わせてくれるのならフランクに接するけれど、大阪みたいに誰に対しても名古屋流を押し付けるほど図々しくはないし、かと言って東京風にサラッと田舎者認定して切り替えるほど慣れた上から目線でもありません。名古屋人は自分たちは名古屋が大好きだけど、他の地方にそれを押し付けることはしません。だから名古屋は「溶け込んでしまえば楽な町」と言われるのです。「名古屋流」を受け入れてくれる人には嬉々として仲良く接しますが、それがイヤだと言われると、すすっと後ずさりしてしまうから「閉鎖的」というレッテルを貼られるのでしょう。

 ただ昭和は、もしくは20世紀くらいまではそういう傾向もあったと思いますが、最近の名古屋は徐々に「プチ東京」化してきていて、以前ほどベタベタな名古屋ではなくなってしまいました。これまで名古屋の特徴と言われていたことも、かなりその特徴が薄まってきています。良くも悪くも文化がフラットになって地方による差が少なくなってきました。人の交流がどんどん進み、昔の「名古屋ナショナリズム」が消えかかってきています。個人的にはつまらないですが、時代の流れだというしかないのでしょう。


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