幹事クリタのコーカイ日誌2014

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10月14日 ● 親切の正しい受け方。

 昔から他人に何かしてあげることが好きです。だからあれこれ幹事をしているわけですが、それも頼まれたからという場合だけではなく、自分から積極的にやってしまうという場合も多いです。特に自分が好きな人、親しい人に対しては世話をやきたがる方です。ただ時にそれが「お節介」だったり「親切の押し付け」だったりもするわけで、その線引きは結構微妙な時もありますが、そこはやらないよりはやった方が良いかなと割り切るようにしています。

 他人にすることもさまざまで、単純にクルマで送り迎えをしたり、ご飯をご馳走したり、どこかに旅行に行ってお土産を買ってきたりというようなこともありますし、困っているときにアドバイスしたり手を貸したり、誰か専門家を紹介したりということもします。学生の頃ならマンガやレコードを貸したりということもよくしました。ノートは貸せるほど真面目に勉強をしていませんでしたが。

 これは人に喜んでもらいたいと思うからで、具体的な見返りを望んでいるわけではありません(口説いている場合は別ですが)。言ってみれば「喜んでくれて」「好意を持ってくれる」という見返りは望んでいますが、それも大げさなことではなく、少し距離が近づけば良いかなという程度のこと。まあ旅行のお土産ひとつでそれほど絶大な効果があるわけもないですし、基本的にはこちらがやりたいからやっているだけのことです。

 ただ、つくづく感じるのは、こちらがそのために費やした様々な負担を、された方はそんなに感じていないということがほとんどだということです。お土産だって、それぞれの相手の顔を思い浮かべながら、好みを考えて喜びそうなものを選び、それを買うまでに時間とコストをかけているわけですが、それほどの労力をかけたとは相手は思っていません。ただお土産売り場で目に付いたものをまとめて人数分買ってきたんだろう程度に思っています。お土産に限らず、何かしてあげる時には、なるべく出来る限りのことをしようと思ってやるのですが、その苦労を理解できる人は限られています。

 もちろんそういうことにも想像が及んで、きちんと喜んでくれる人もいて、そういう人は本当に「わかっているよな」とこちらも嬉しくなるし、やった甲斐があるなと感じます。正しい理解者というのがどれだけ人を喜ばせるのかということです。コミュニケーション上手というのは、おしゃべり上手ではなく、そうやって他人をきちんと認めて、それを上手に相手に伝えることができる人ではないかと思います。その点に関しては自分もまだまだまだと思うので、「受け」の達人を見習いたいものです。


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