幹事クリタのコーカイ日誌2014

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7月25日 ● ジジイプレーヤーを目指して。

 テニスを始めた頃、なかなかラケットにボールがちゃんと当たらず「手の平のようにラケットが扱えたらテニスが楽しいだろうな」と思いました。かれこれ35年くらい前のことです。それから延々とテニスをやり続けて、今では本当に手の平で打つように自由自在にラケットを使えている、というわけではなく、相変わらずモタモタとしていますが、それでも35年前に比べたら格段にマシにはなっています。少なくとも当時の初心者だった自分が見たら「巧いなぁ」と感心するくらいには上達しました。

 それでもまだまだだなと自分で思うのは、上達したらしたで、さらに「上」がいることを理解できてしまうからです。初心者からしたら僕もインカレ選手もプロも似たようなものに見えるかも知れませんが、いざ自分があるレベルになると、もっと上の凄さがわかるようになるので、「全然かなわないな」と実感してしまいます。

 テニスなら35年の蓄積でその「差」はかなり理解できるのですが、これがまだ5年のサックス、3年のピアノではそうはいきません。自分がやってみることでいかにプロが超絶的な技巧を駆使しているのかはわかります。しかし、長年サックスやピアノを趣味で演奏しているアマチュア(テニスにおける僕です)と、ミュージックスクールの先生と、プロの演奏家の差というのは、正直なところはっきりわかるわけではありません。「みんな上手いなぁ」と思うばかりです。

 「五十の手習い」で始めたので、今さら大した演奏ができるようになるとは思っていません。若い頃と違って、なかなか指の神経が思うようにつながってきません。歌うように滑らからに演奏できないので、きっと死ぬまでたどたどしいことでしょう。ただ折角やっているのだから、せめて演奏の良し悪しがわかる理解力くらいは身につけたいと思っています。ブルーノートに通っているのも、トッププレーヤーの演奏を聴くことで耳を肥えさせようと思っている部分もあります。

 早くから始めていれば上達も早いし、限界もずっと先にあるでしょう。でも年を取ってから始めると上達は遅い代わりに、ゆっくり山道を登り、道端の花や蝶を眺めるような余裕や楽しさはあります。もともと20年計画で70歳くらいになった時に、下手なりに渋く、カッコ良くプレイできるジジイになっていたらいいなと思っているので、まだまだ時間はある予定です。


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