幹事クリタのコーカイ日誌2013

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8月14日 ● 学ぶより盗む。

 一昨日「報道ステーション」で青森のねぶたを作る女性の職人の話を取り上げていました。女性のねぶた職人は彼女が初めて。彼女の父親はねぶた作りの名人なんですが、3年くらい彼女には全く教えてくれなかったそうです。仕方なく彼女は父親の技術を「盗んだ」と。弟子に教えているのを横にいて聞いたり、父の技を見たりして、気づいたことをノートに克明にメモして覚えていったそうです。

 3年そうやって努力していたら、ようやく父親が彼女の「本気」を認めて教えてくれるようになったということでした。そして彼女は初めて作ったねぶたで賞を獲得、今では名人の父に「ライバル」と言わしめるほどに短期間で急成長しているそうです。

 僕はこの話を聞いていて、つくづく「教える」ことと「学ぶ」ことの難しさを考えてしまいました。今ではこうした教育方法は本当に少なくなりました。きっちりとカリキュラムを組んで懇切丁寧に教えることはしていても、師匠の技術を盗めなんて一見理不尽な教育をしているところはどの世界でもかなり減ってきていることでしょう。それで育たなかったり、やめてしまったら困るし、教えている側の責任だとされてしまうからです。

 しかし、本当に技術を学びとりたいなら、受け身で手取り足取り教えてもらっているだけではなかなかモノにならないと思います。ねぶた作りの女性がそうですが、自分が真剣に学びたいと思っていることなら、なんとか自分のものにしようとするもの。必然的に師匠の技を見て盗み取ろうとなります。またそうやって必死になって身に付けた技こそが自分の血肉となっていきます。ただ言われた通りにやっていることなんてカタチを真似ているだけです。

 僕たちがコピーライターの仕事を始めた頃も、そうやって先達の技術を盗み取ろうとしたものです。しょせんコピーライティングなんて教えられることには限度があります。他人の良いコピーを読んで少しずつその技術を盗み自分であれこれ工夫して真似しながら身につけていくしかないのです。

 仕事だけではありません。テニスだって強くなりたければコーチにただ受け身で教えてもらっているだけではなかなか成長しません。上達しないのをコーチのせいにして終わりです。コーチから「学ぶ」というよりもコーチから「盗む」意気込みがなくては一気に上達はしないのです。

 もっとも仕事ならともかく趣味でそこまで思い入れが強いと、周りからはドン引きされたりしますけどね。まあ僕はそういうタイプの人は決して嫌いじゃないのですが。本気でやるからこそ趣味は楽しいんじゃないのかと考えていますから。



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