幹事クリタのコーカイ日誌2011

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12月17日 ● 長所を伸ばすか、短所を直すか。

 人を教える時に考えるのは、その人の個性を生かして長所を伸ばすようにするか、それとも短所を矯正して欠点がないようにするかという選択。長所を伸ばす方が何となく人間的で良さそうな感じがしますが、実際に教えていると、それではかなり偏ってしまって将来的に通用しないだろうなぁと思うこともしばしばです。早いうちに短所を指摘して直しておかないと、変な癖がついてしまってからでは後々苦労するのは本人だからと思うと、結局どうしても短所を直すことに力を入れてしまいます。

 ところが野茂やイチローのように、これまでの常識からすると短所どころか「間違っている」とさえ思われるような癖のあるフォームなのに、誰よりも素晴らしい成果を示す場合があります。こういう例を目の当たりにすると、やっぱり長所を伸ばす方が良いんだ、と思い込みがちですが、彼らは極めて特殊な例ですから果たして普遍性があるかどうかを良く考えなければなりません。

 普通なら短所と思われることも致命的な短所にならず、むしろその短所を直してしまうと長所まで潰してしまうのなら直さない方が良いですし、逆にその短所さえ直しておけばもっと伸びたかも知れないのに、という場合もあるでしょう。つまるところ、その人それぞれに適した指導方法があり、それを見極めることが何より大事だと言う至極平凡でかつ困難な結論になってしまうのですが。

 僕は自分自身のテニスにおいてはなるべく短所を潰していきたい派です。仮に飛び抜けた武器がなくても、どこにも穴がないパーフェクトなテニス、言い換えれば確率重視の無個性なテニスをして勝ちたいと思っています。ところが実際に30年以上プレーしてきて、未だにプレーは穴だらけ。自分自身でもよく弱点を熟知していますが、ちっとも直りません。逆に好きなプレーは熟成していくので、目指すところとは違ってどんどん個性的なプレースタイルになりつつあります。

 まあここまで長い間テニスをしてきていると、今さらプレーを変えていくのは本当に大変な作業になるので、このまま変なフォームで癖球を打つオヤジテニスへの道を歩むしかないのかも知れません。目指すところはフェデラーのパーフェクトなプレースタイルのはずなのに、全然違う道を歩んでいるのは我ながら残念極まりないです。

 音楽の方はさすがにまだキャリアが浅いので、いま先生は変な癖をつけさせないようにいろいろと気を遣って指導してくれています。それでも何となく癖というのは出てしまいます。自分としてはそうした方が楽だからそうなっちゃんですけど、やっぱりそれじゃダメなんでしょうね。




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