幹事クリタのコーカイ日誌2011

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10月26日 ● オジサンは若者の壁になるべきなのか。

 月曜、火曜と週明け早々に2日続けて会社の送別会でした。月曜は部で、火曜は局での送別会。数年名古屋にいた後輩たちが転勤していくわけで、まあ送別会をするのは良いんですが、さすがに連続になったのはちょっときつかったです。しかも昨日の送別会はライブハウスで行ったので食事が貧相。唐揚げにポテトにサラダにピザ。これだけしかないのはちょっと50才にはきついです。

 もっとも20代の若手はそんなこと全然気にしないで盛り上がっていました。若者ってのはそんなものですよね。ちゃんと料理した美味しいものを食べたいなんて思うのは中年になった証拠で、若者は食べられれば何でもOK。自分たちだって20代の頃はそう思っていました。

 今の若者たちを見ていると、四半世紀前の僕たちを見ていたオジサンたちの気持ちがわかります。バカで元気で前向きで単純。大きな声を上げて思いっきり笑ったり叫んだり。俺たちもあんな頃があったよなぁ、なんてオジサンたちは微笑ましく少し羨ましく思って見ているのです。そしてきっと当時は自分たちもそう思われていたんです。あいつらバカだけど、でもまあ楽しそうだから良いかって。

 ただ昔と違うのは、若者が少し世慣れていてオジサンたちの扱いが上手になっていることと、オジサンたちが物分かりが良くなって若者をあまり叱らないこと。両者の距離が近づいていて断絶が少なくなっているのですが、果たして本当にそれが良いことなのかどうかはわかりません。お互いにそうしている方が衝突が少ないので楽だし居心地が良いのは間違いありませんが、衝突を恐れていたら生み出せないものもあるような気がするのです。

 本当に昔のオジサンたちはよく若者を叱っていました。僕たちにとってオジサンたちは壁でした。立ち向かいぶち壊し乗り越えるものでした。しばしばそれは理不尽な障壁に感じられて、僕はよくオジサンたちに毒づいていましたが、自分がこの年になって若者に毒づかれることはほとんどありません。もちろん陰では何か言われているかも知れませんが、直接言ってくることは皆無です。

 それは果たして良いことなのか悪いことなのか。昔風の精神論で言えば年長者が大きな壁になってやらなければ若者は育たない、なんてことになりそうですが、現実の職場では壁なんかにならなくても若者たちはちゃんと育っています。だったら余計な軋轢は必要ないのかも知れません。

 まあただ僕たち自身は「昔の人に比べれば優しいよな、俺たち」って思っているだけで、若者から見ればやっぱりオジサンたちは邪魔くさい存在なのかも知れませんけど。




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