幹事クリタのコーカイ日誌2011

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5月5日 ● 「エセ中高年」が書いてもすぐにバレる。

 昨日はテニスの予定もなかったので髪を切りに行きました。店でラジオから流れてきたのは、よくある70年代〜80年代の歌謡曲、フォーク、ニューミュージック曲を集めたCDボックスの宣伝番組。当時のヒット曲のさわりを流しながら、主人公の「僕」が当時を振り返るナレーションが入ります。髪を切っている時というのは暇なので、ずっとそのナレーションを聞いていたのですが、これが妙に違和感があって突っ込みたくなって仕方ありませんでした。

 主人公の「僕」はどうやら4人家族らしく、「父」と「母」と4才上の「姉」がいるそう。「僕」は子どもの頃は天地真理が大好きで、「姉」はジュリーの熱烈なファン。天地真理が子どもの頃というと、「僕」は僕よりも少し下かなと思いました。あさま山荘事件はよくわからないなりに「父」がいつもと違う厳しい表情でテレビを見ていたのを覚えているとか。やはり同じ年か少し下という感じです。

 「僕」はそのままアイドルファンになり、「姉」はザ・タイガースからソロになってもジュリーファンだったとか。となると、4才上の「姉」はかなり早熟です。タイガースファンというのは1955年生まれくらいでしょう。「僕」より4才上なら、「姉」は小学校低学年でジュリーにはまったのか?

 しかし、その謎はすぐに解けました。「僕」は1975年に高校入学したというのです。え?だったら「僕」は僕より1才年上ということになります。主人公の「僕」は1959年生まれ、「姉」は1955年生まれ。なるほど、ジュリーに関しては納得です。そして天地真理好きだった「僕」の子どもの頃というのは中学生時代も含まれているわけです。「僕」は年の割に随分と幼いようです。

 次の問題は彼らの「父」と「母」の年齢設定です。「母」はチューリップやグレープや小椋桂のファンでレコードを買い集めていたとか。音楽の趣味が若い。それは1955年生まれの「姉」の趣味ならわかるけど、「母」は1930年頃に生まれた昭和ヒトケタ世代のはず。フォークソング好きだったとしても「歌声喫茶」世代。僕の母は1935年生まれですが、買っていたのは五木ひろしや八代亜紀のレコードだったけどなぁ。さらに「父」は『酒と泪と男と女』を酔うと歌うそうです。これまた若い。この設定なら「父」は昭和初期もしくは大正生まれです。その世代が酔って歌うのは古賀メロディーか軍歌でしょう。河島英五はないなぁ。この「父」と「母」のセンスは団塊世代以降です。

 さらに微妙な設定のズレは続きます。1980年代に入ってバブル景気が起こり、働いていた「父」と「姉」は毎日残業で遅くなったそうです。バブルで仕事が忙しくなったのは1987年頃からです。まあ仮に少し前の1985年頃の話だとしても、当時は55才定年が主流なので「父」はもうそろそろ定年のはずです。そんなに忙しく働いているとは思えないし、働いているのは「姉」だけではなく「僕」も1982〜1983年には大学を卒業して就職しているはず。なぜ「僕」は働いていないのか、大学院でも行っていたのか、時代を先取りした引きこもりのニートだったのか?

 とにかく聞いていると細かいところで、いろいろ引っかかってしまうのです。このナレーションを書いたライターは絶対に「僕」の世代ではないだろうなと思いました。時代感覚がわかっていません。きっと資料を読みながら20代か30代のライターが書いたんじゃないかと想像してしまいます。こういう中高年向けの商品を売りたいなら、やはりターゲットの感覚がわかる同世代の中高年のライターを起用して欲しいです。「エセ関西弁」に関西人が苛つくように、「エセ中高年」に本当の中高年はイラッときちゃうんですよねぇ。




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