幹事クリタのコーカイ日誌2009

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1月7日 ● 単細胞過ぎる『天地人』第1回。

 日曜日から始まった今年のNHK大河ドラマ『天地人』。一昨年の『風林火山』で武田家を取り上げたばかりで、今度は同時代の上杉家というのは、少々近すぎる気がするなぁと思って見ましたが、早速初回から登場人物が重なってきていて、首を捻ってしまいました。どうしても重なって見えるのでイメージが混乱してしまいます。 特に上杉謙信とその姉の仙桃院は『風林火山』でGachtと西田尚美が演じていたので、それが阿部寛と高島礼子になって「老けちゃったな」って感じです。

 まあそれは良いとして、第1回の『天地人』を見て感じたのは、登場人物がみな「わかりやすい」こと。わかりやす過ぎて、誰も彼も記号的で人物像に深みがありません。小説にしろ映画にしろドラマにしろ、人間を描くということは、人間の持つ複雑な多面性を描くことだと思います。じゃなければ人間ではなく人形になってしまいます。

 ところが『天地人』では、出てくる人物が、全て想いをセリフで語ってしまい、その言動に全く謎がありません。見ていてそんなに人間は一面だけの単細胞じゃないだろうと、ついつい思ってしまいます。これが第1回だから(あくまでも人物紹介がメインだから)なのか、それとも脚本を書く小松江里子が確信犯でやっていることなのか、それはもう少し回を進めていかないとわかりませんが、少なくとも第1回を見た限りでは、あまりにも平明過ぎて先々への期待感や面白さが感じられなかったのは残念でした。

 それと、これはかなり確信犯だろうと思うのですが、セリフや登場人物の考え方がかなり現代的です。正直、違和感があるほど時代劇らしくありません。これは去年の『篤姫』でもそうでしたが、設定は時代劇でも、中身はほとんど現代劇という「ニュー大河」路線なのでしょう。ちょっと見ていて背中が痒くなりました。