幹事クリタのコーカイ日誌2007

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3月28日 ● 植木等死去。

 植木等が亡くなりました。若い人たちにはあまり馴染みのないタレントでしょうが、我々40代後半から上の世代にとっては、子どもの頃の大スターです。ナベプロ全盛時の昭和40年代、テレビの中で一番人気者だったのが植木等です。「スーダラ節」などのヒット曲を持ち、「日本一の無責任男」としていい加減でちゃらんぽらんな大人の代表。正月のかくし芸大会では、同じクレイジーキャッツのハナ肇と東西の主将をいつも務めていました。

 もっとも僕たち当時の小学生にとってはクレイジーキャッツは少々大人過ぎました。正統的なジャズバンドであり、ふざけたことをしていても、あくまでも大人向けな匂いが漂っていました。だから僕たちが支持したのはクレイジーキャッツよりも、もっと破壊的で悪ふざけが過ぎるコント55号でありドリフターズだったのです。

 だから本当に大人になってからは、むしろクレイジーキャッツの良さを改めて見直すようになりました。ドリフターズ、特に荒井注が抜けて志村けんが加入してからのドリフは、とてもジャズバンドだったとは思えないほどコント集団に特化してしまいましたが、クレイジーキャッツはあくまでも本道はジャズバンドであり、自分たちは音楽をやっているグループなんだという自負が感じられました。

 だからたまにクレイジーキャッツが演奏をすると、「なんだ、カッコいいじゃん」と見直したものです。クールにジャズを演奏できる、それも日本でも超一流のバンドであるにも関わらず、ふざける時は思いっきり羽目を外す。そんな二面性が大学生の頃には良いなぁと思ったのです。音楽をベースに持つお笑いであったり俳優であったりというあたりに、芸域の広さとかふくらみを感じさせました。

 ハナ肇をはじめ、石橋エータロー、安田紳、植木等と亡くなり、これでクレイジーのメンバーも残っている方が少なくなってしまいました。昨年末にはクレイジーの作詞家青島幸男が逝き、作曲家宮川泰も今はなく、弟分にあたるドリフのいかりや長介も荒井注も随分前に世を去りました。僕たちの親世代の有名人が次々といなくなっていきます。特に植木等は僕の父親に面立ちが似ていたこともあって、余計に父親が死んだ時のことを思い出してしまいました。子ども時代に親しんだ芸能人の訃報というのは、取りも直さず親の死をプチ追体験しているような気分になり、本当にしんみりとしてしまいます。

 

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