幹事クリタのコーカイ日誌2001

 
 1月23日 ● 曙の功労。

 貴乃花の2年半振りの優勝に沸く脇で、曙がひっそりと引退を表明しました。よくあるように場所途中ではなく、初場所を全休した上での引退発表だっただけに、いささか扱いが小さくなるのも仕方ありませんが、歴代7位・11度の優勝(上には「大」とか「名」とかがつくような横綱ばかりです)を誇る横綱の引退にしては、やはり寂しいものがあります。

 曙の土俵人生は一貫して悪役(ヒール)でした。曙は小錦のように挑発的な発言をしたわけでもなく、淡々と、どちらかというと不器用なまでに真面目に相撲に取り組んできましたが、にも関わらず、同期に若貴兄弟がいたために悪役に回らざるを得なくなりました。大相撲史上に残る人気力士に挟まれてしまったのですから、不運としか言いようがありません。

 しかし、それは裏返せば若貴人気も曙あってのことと言うことができます。一時代を築いた千代の富士に衰えが見え始めた時に登場した新しい次代のスター力士たち。技とスピードの小柄なサラブレッド兄弟VSハワイからやってきたパワーの外国人力士。それはまさに絵に描いたような好対照のライバル物語の誕生でした。

 そして、曙なくして若貴人気がなかったとともに、曙なくしては若貴と言えどもあそこまで急速にチカラをつけてスピード出世できたかどうか疑問です。曙という身近で強大な壁を突き破るために稽古を重ねたからこそ、若貴は人気だけではなく実力も加味できたのだと思います。

 曙は空白だった横綱に若貴より先に昇進し、ライバルが上がってくるまでしばらく一人横綱として奮闘し角界に貢献しました。当時隆盛を誇り、護送船団のように助け合っていた藤島(二子山)部屋勢と違い、ハワイ勢は小錦とも武蔵丸ともお互いに星の潰し合いもしなければならなかったのにも関わらず、曙は新興・東関部屋の一枚看板としてのし上がっていったのです。これ以上ないくらい恵まれた環境にあった若貴兄弟に比べ、曙の苦労は何倍何十倍も大きかったと思いますが、それでも悪役というところが悲哀の涙すら誘います。

 引退発表後、年寄株も持っていないことが判明した曙。5年は横綱特権で協会に残れますが、このまま相撲界に残るのか、それとも郷里ハワイに帰り事業でもするのかはわかりません。多分KONISHIKIや花田勝のように芸能界転身ということはないと思いますが、いずれにしても、大相撲人気を悪役として支えた曙の今後の人生に幸多かれと願います。

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