会社帰りの地下鉄で隣り合わせた女の子。多分22〜23才。妙に緊張した暗い表情をしています。どうしたのかなと思っていたら、やおらバッグから書類を取り出して真剣な表情で見つめています。なにが書いてあるのかと、ちょっと覗き込んだら「新入社員店頭研修について」というタイトル。ははあ、なるほどなるほど。

　どうやらその文面を見ると、明日から新人が店頭研修を各店に散らばって受けるようです。その行き先もずらっとその書類に載っていて、ざっと100名くらいの新入社員リストに、名前、出身大学＆学部、配属支店が記されています。各店に3名くらいずつですから、店舗が30余りはあるのでしょう。書類にマーカーで印をつけてあるので、多分暗い表情の彼女は名城大出身で万松寺店で研修を受けるようです。

　万松寺は名古屋・大須の古い商店街です。ふーん、あんなところに店があるって、どんな業種なのかな？電気街だから家電かパソコンショップ？そう思って僕もさらに書類を熱心に読んでみました（僕が横から覗いているのに全然気づきもしないくらい彼女は思い詰めた表情で書類を睨み付けています）。

　どうやらこの会社、本部は池下にあるようです。明朝に本部からグループごとに各店に行き、そこで店頭研修を受けること、店に着いたらリーダーが本部に連絡すること、店では全て店長の指示にしたがうこと、昼食も店長が用意してくれていること、もちろん店頭では私語は禁止、5時までに本部に戻ってくること、などが記されています。しかし肝心の会社名は出てきません。

　改めて新人リストを眺めると、女性が8割くらいいます。出身大学は東海地方の私立大学がほとんど。名城大、中京大、愛知学院大、淑徳大、名古屋商科大など。武庫川女子大など他地域の大学もちらほら見られます。店は池下を筆頭に、栄、栄東、万松寺、名西、八熊、滝の水、藤が丘、四軒家、印場、三郷、大須など名古屋地区に細かく散らばっています。名古屋の企業で消費者向けの流通業であることは確かでしょう。しかも新入社員を100名も採用するのですから、それなりに大手です。

　栄や大須に2店舗あるところから、ジャスコやユニーのような大型スーパーではなさそうです。女性が8割ということは、エイデンのような家電店やトリイのような紳士服でもなさそう。マクドナルドや吉野屋などのファーストフード、またＤＰＥやコーヒーショップでは一店舗に3名もの新人社員を研修させるだけのキャパシティがないでしょう。銀行なら国立大出身者が全然いないというのも不自然です。

　とりあえず思いついたのがアルペン、ヴィクトリアなどのスポーツ店、キクチメガネのようなメガネ屋、鈴丹のような婦人服チェーン、靴流通センターのような安売り靴屋、三洋堂や星野書店のような本屋、武富士やアコムのようなサラ金、アパートニュースのような不動産業、そしてレストラン「あさくま」。これらのチェーン展開している企業が、先ほど挙げたような地区に出店しているかを調べれば、彼女の勤務先がわかるかも知れません。

　もっともさすがにここから先を調べるほど僕も根性がないので（根性の問題か？）推理ごっこもここまで。未だに書類を睨んでいる彼女を残して僕は地下鉄を降りました。ただ僕が思い浮かべたどの会社も、ピタッと当てはまらない感じがするのがちょっと残念なんですよね。彼女に対する興味と言うよりも、正解を見つけられないパズルをそのままにしてあるような気持ち悪さが、ちょっとイヤです。

　

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