幹事クリタのコーカイ日誌2026

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8月22日 ● コピーライターの時代があった。

 僕は1983年に広告会社に入って、特に希望もしていなかったのにコピーライターとして制作部門に配属されました。入社してから3ヵ月間は会社のトップクラスのめちゃくちゃ優秀な先輩たちに毎日指導を受けました。いま思えばとても贅沢な新人研修だったのですが、当時はそもそもコピーライターにあまり興味がなかったので、右も左もわかっていない状態で、とにかく右往左往しながら懸命についていく日々でした。子どもの頃から文章を書くのは好きで、小説家でも記者でも編集者でも良いので、そういう方面の仕事につけたらと思っていましたから、偶然とは言え「ライター」という肩書がついたことは素直に嬉しかったです。

 当時のコピーライターは最先端でオシャレで華やかな憧れの職業でした。1983年はまさに後に「コピーライターブーム」と呼ばれるような時代が始まった頃で、糸井重里が文化人として世の中に出始めていて、その後に続くように林真理子や中島らもなどコピーライター出身の作家が有名になりました。コピーライターの特集をした雑誌やムックがたくさん書店に並んでいて、糸井以外にも有名なコピーライターが何人も誌面を飾っていました。当時僕が流行のカフェバーで「コピーライター」だと名乗ると、若い女子たちが目をキラキラさせて「どうやったらコピーライターになれるの?」と近寄ってきたのは嘘偽りのない事実です。

 それから幾星霜、というか43年という時間が過ぎたのですが、今や誰もコピーライターに憧れていないと思います。そもそも今は広告自体がそれほど注目されていませんし、広告が世の中の話題になることも以前に比べて随分と少なくなりました。若者がテレビを見なくなったのですからヒットCMが生まれることもありません。もう広告はカルチャーの最先端でも発信源でもなくなってしまいました。そんな時代に誰がコピーライターになりたいと思うことやら。

 さらにとどめを刺しにきたのがAIの普及です。日進月歩どころか秒進分歩で進むAIの成長によって、今では文章は自分で書かなくてもAIが書いてくれます。著者が明記される小説でもAIが書いたのではないかと疑われる時代に、そもそも著作物でもない広告コピーなんてAIが書けば十分です。僕が会社を辞めたのは今年2月ですが、コピーライターとしてはもう11年前に現場を離れていました。当時はまだAIがキャッチコピーすらまともに作れなかった時代でしたが、僕自身は30年くらい前からコピーはコンピュータが書く時代が来るだろうと予想していたので、いよいよそういう時代が近づいてきたと感じていた頃です。なので人事異動で現場を離れることになったのは、心では残念でしたが、頭では潮時かなと判断していました。

 11年も前に現場を離れているので、いま広告制作の現場でどこまでAIがコピーを書いているか実態はわかりません。まだ完全に人の手を離れてはいるわけではないでしょう。誰かがAIに指示を出して書かせているし、ジャッジもしているはずですが、人によって、チームによってAIの使い方はいろいろでしょうから、相当な部分をAIが担当している可能性は十分に考えられます。今から思えば僕が新人時代に「訓練」と言われて書いていたカタログやパンフレットなどのページもののコピーなんて、AIが書けば良いし、訓練としては効率が悪すぎます。43年前に僕が学んだ広告制作のイロハは全く役に立たなくなりました。時代は常に進歩していくし、今が当時思っていた未来なんだなとしみじみ感じます。



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