幹事クリタのコーカイ日誌2021 |
1月17日 ● 水島新司が逝った。 マンガファン歴55年ですが、水島新司はそのファン歴の大半を一緒に過ごしてきたマンガ家です。最初のヒット作である「男どアホウ甲子園」が1970年。当時の少年サンデーの中でも異色の野球マンガでした。僕は小4でしたがいっぱしの野球ファンでした。当時は「巨人の星」が少年マガジンで連載されていて、ライバル誌のサンデーではそれに対抗するような関西を舞台にした野球マンガを始めたなと子ども心に感じていました。 水島マンガにのめりこんだのは「ドカベン」と「野球狂の詩」でした。「ドカベン」の緻密でリアルな野球観はそれまでの魔球ばかりの野球マンガになかったものでしたし、「野球狂の詩」のロマンやペーソスは勝負にばかり偏った野球マンガとは一線を画していました。とどめは「あぶさん」で、完全に大人向けの内容である上に、実在のプロ野球の中に架空のキャラクターをはめ込んだ「仮想現実」的な作品世界にすっかりはまってしまいました。 野球マンガの幅を広げて大きなひとつのジャンルに成長させたのは水島新司の功績ですし、水島作品なくして「キャプテン」も「タッチ」も「すすめ!!パイレーツ」も「がんばれ!!タブチくん!!」も「ROOKIES」も「MAJOR」も「グラゼニ」もなかったでしょう。水島マンガの影響を受けずに野球マンガを描くことは不可能だったと思います。 さらに言えば日本の野球ファンのすそ野を広げたという功績もあります。水島マンガを読んで子どもたちは野球のルールを覚え、野球界の仕組みを知り、技術や戦術を学びました。昭和の日本における野球の普及に一番貢献したのは長嶋茂雄と水島新司です。我が家には水島マンガだけで数百冊もあります。もうこれ以上、それが増えないのが残念です。ご冥福をお祈りします。 |