幹事クリタのコーカイ日誌2020

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1月2日 ● 駅伝の思い出。

 箱根駅伝の往路で区間新記録が連発されました。高校駅伝やニューイヤー駅伝でも同じ現象が起きていましたので、予想はしていましたが、完全にこれまでの記録と次元が違います。一番の理由はナイキの厚底シューズだろうということですが、かつて水泳のレーザーレーサーで記録が続出した時には着用禁止になりましたが、今回はそうはいかないだろうと思いますので、駅伝も新時代に入ったと考える方が良いのでしょう。

 僕は駅伝を見るのが好きで、高校駅伝も大学駅伝も実業団駅伝もよく中継を見ています。駅伝好きの原点は中学生の時に出場した市が主催の駅伝大会でした。当時は一般部門と中学部門があり、中学1年、2年時とも出場しました(3年生は受験直前なので出ません)。特に2年の時には学校代表チームのエースとしてアンカーで走って準優勝だったので印象に残っています。

 もっとも準優勝と言えば聞こえはいいですが、実際にはトップで襷を受け取りながら僕が抜かれてしまっての2位だったので「負けた」という思いが強く、どちらかと言えば悔しい思い出です。あれから45年経ちましたが、未だに悔しい気持ちが先に立ちますし、あの時のことを誰かに話したいとも思えません。もちろん誰も僕のことを責めなかったし、むしろ頑張ったと誉めてくれましたが、自分ではせっかくトップで襷を繋いでくれたのに負けた責任を強く感じていました。

 駅伝というのは個人の結果がダイレクトにチームの結果に直結する怖い競技です。誰が活躍して、誰が足を引っ張ってしまったのかがタイムで可視化されてわかってしまいますし、何より自分自身が不甲斐なさを実感できるだけに、走ることの重さ怖さがひしひしと迫ってきます。だからこそ真剣に競っている駅伝の選手たちを見ていると、みんなに頑張れと思ってしまいます。

 ちなみにこんなことを書いているとまるで陸上部だったみたいですが、中学時代はバスケット部でした。駅伝は校内長距離走大会の結果で代表選手が選ばれたので、バスケ部ながら選ばれただけです。ただバスケ部は弱小でしたが、駅伝は強かったので、市で優勝できるチャンスを逃した悔しさはやはり未だに忘れられません。


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