幹事クリタのコーカイ日誌2011

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10月8日 ● ヤキモチとネット。

 嫉妬というか、ヤキモチについてちょっと考えてみました。男女の恋愛関係におけるヤキモチのことです。別に寒くなってきたからお餅を焼いて食べたいなとか、そういうことではありません。多分。

 ヤキモチは恋愛において適度な場合は良いスパイスになるけれど、過剰になると毒になるということは大抵の人は実感しているだろうと思います。全然ヤキモチを妬かれないのも寂しいし「愛情がないのかな」と疑いたくなりますが、ひどくなると相手も自分も縛ってしまって身動き取れなくなってしまいます。お互いに別人格の独立した「個」なのですから、全てを独占することなど無理なのに、頭でわかっていても心がコントロールできない状態に陥るとピンチです。

 ヤキモチは不安が種になります。だから不安を取り除いて安心させてあげれば相手は落ち着きます。ただ本当に大丈夫だからと正直に話しても、それで納得するかどうかはわかりません。だったら、何も気づかれないように黙っておいてわからないようにする方が良いかなとか、適当に嘘をついて誤魔化しておけば揉めないかなとか、ついついそういう方向に考えてしまいます。これもまた多くの人が感じていることだろうし、実際に黙秘していたり嘘をついたりしている人も多いことでしょう。

 ところが時代が進み文明の機器が次々と登場してきたことで、どんどん隠したり嘘をついたりすることが難しくなってきました。最初は携帯電話でした。アリバイ工作に便利な反面、どこにいても捕まるというリスクが生じました。さらに携帯の機能が進化すると、履歴やメールをチェックされるというリスキーな道具になりました。そしてインターネットの発達で誰でも簡単に探偵まがいの調べ物ができるようになり、下手なアリバイ工作はすぐにバレるようになりました。とどめにSNSです。誰とどこで何をやっているのか、facebookやtwitterですぐにバレてしまいます。「仕事」と偽って合コンに行っても、友人の誰かが一言呟けばアウト。なまじ誤魔化そうとしていただけに、追及がより厳しくなります。

 ヤキモチを妬く側にとっては会っていない時の相手の行動をチェックできて便利とも言えますが、知らなくてもいいことまで知ってしまう可能性もあります。妬かれる側からすると、誤魔化せないだけではなく、痛くもない腹を探られることも多々あるし、最後にはストーカー化される可能性まで考えると、どんどん人生が窮屈になっていくことでしょう。

 携帯電話も、もちろんメールもない大昔は不便でしたが心はかえって平穏でした。会えない時は家に電話をかけなければ話もできないのですが、家には怖いお父さんがいて娘になかなか取り次いでくれなかったりしたものです。そうなると連絡を取るのも大変。だからデートの最後に必ず次回の約束をしておくのが決まりで、次のデートまではお互いの生活にはほとんど関与できなかったので、相手が何をしているか全然わからなかったし、相手を信じるしかありませんでした。

 まあそういう状況を利用して複数の異性と交遊する悪い男女もかなりいましたけど、今みたいにストーカーまがいに行動を逐一チェックされるよりは牧歌的で幸せでした。まあこういうことを言うと「後ろ暗いことがあるからだな」と思われがちですが、それは「ない」というのが、当然僕の公式声明です。




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