幹事クリタのコーカイ日誌2011

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4月1日 ● 今日だけは自粛しても良い日。

 世の中まことに自粛だらけです。僕が参加するはずだった来週のテニスの大会も延期になりました。すでにクレジットカードで払った参加費は戻ってこないようですが、延期された日程の都合がつかなかった場合はどうしてくれるんでしょう?そもそもその大会は被災地とは全く関係ないところで行われるはずだったのに(浜岡原発はちょっと近いですけど)、なぜ延期するのか理由がわかりません。

 自粛するにはいろいろな理由や事情があるのだろうと思いますが、僕の見るところ大きく3タイプの自粛のパターンがありそうです。1つ目は「共感」による自粛。いわゆる「被災地の人が大変な時にそんな気持ちになれない」というやつです。復興の足を引っぱる行為だから自粛する必要はないと言われても、心情的に忍びないというのをひっくりかえすのは理屈では難しいでしょう。「喪に服す」延長線上にあるだけに自然なことだという気もしますし。

 2つ目は「様子見」の自粛。「目立つことをして出る杭になりたくない」ということです。いかにも日本的と言えばそれまでですが、同調圧力の強い日本では生存のために身に付いた振る舞いです。よほど確固たる信念を持っていないと「不謹慎」という非難や抗議を受けるのは面倒だからやめておこう、ということになってしまいます。

 そして3つ目の自粛は「便乗」です。本当は震災前からやめたかったことを、この震災の自粛ブームに便乗してやめてしまおうということ。これは意外と多いのではないかと思います。慣例に従ってやっていたけどもうあまり意味はないとか、付き合いでしぶしぶやっていたとか、うるさ方がいるからやめるにはやめられなかったとか、そういうことを打ち切るには震災は絶好の口実です。もちろんその裏には経済的な理由があることでしょうし。

 こうして見ていくと、いずれの理由にせよ(理由が複合している場合も)「自粛は経済の足を引っぱる」と訴えたところでその流れを止めるのがいかに難しいかがわかります。少なくともはっきりと「これからは復興だ」という底を打ったポイントがこないと、なかなか前向きな気持ちにはなりにくいことでしょう。今はまだ被災が進行中というところですから。ただできたら1つ目と2つ目が理由の自粛はそろそろやめて欲しいとは思いますけどね。

 ところで今日はエイプリールフールですが、このイベントだけは自粛しても良いかも知れません。たださえいろいろなデマが飛び交って問題になっているご時世に、意図的な嘘をみんながどんどん流したらどんな混乱が起きるかわかりません。もともとあまり日本人向きではないイベントだと思うし、エイプリールフールを商戦のネタにしているという話も聞きませんから、今年くらい自粛しても大きな影響はないでしょう。




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