幹事クリタのコーカイ日誌2003

[ 前日翌日最新今月 ]


 
1月11日 ● M下さんのこと。

 実は昨日「突然死」のことを考えたのは、仕事上の知り合いのM下さんが突然自殺したことが頭に残っていたからです。M下さんは僕と同い年でした。同じ名古屋で生まれ育って、そして同じように広告を仕事にしました。ただし僕は大手広告代理店のコピーライターであり、彼はクライアントの大手家電販売チェーンの広告宣伝担当者という立場の違いはありましたが。

 M下さんはまだ20代の若さでその会社の広告担当者に抜擢されました。元々広告代理店に入りたかった彼は、大張り切りで思い切った広告戦略を立案していきました。それまでは当たり前のチラシ的販売広告しかやってこなかったその家電チェーン店は、M下さんの大胆な戦略で一気に競合店に差をつけ始めました。僕がそのクライアントを担当してM下さんと出会ったのは、今から10年ちょっと前のその頃です。

 当時の彼は僕と僕の会社に対してかなり屈折した思いを抱えていたように感じられました。実は彼は僕の会社を受けて落ちていたのです。他社も受けていたかも知れませんが、結局広告業界を諦めてその家電販売店に入社しました。ですから、自分を落とした広告代理店の人間が、クライアントである自分に対して頭を下げ、おべっかを使い、自分の言葉で右往左往する。その様子は最初はかなり気持ち良かったことでしょう。特に同い年の僕に対しては、親しみとライバル意識の拮抗した奇妙な感情を抱いているように感じられました。

 ある時、M下さんの指示で家電量販店としては珍しい、売りには直接結びつかないメッセージ広告を作ったことがあります。新聞1ページに子どもが登場し、「壊れたらまた買えば良いと教えますか、それとも直せるかどうか聞いてみようねと言いますか。」というキャッチフレーズで、家電の修理も親身になって対応します、と言うことをメッセージする広告です。

 イケイケ一辺倒のバブルまっ盛りの頃だからこそ、直して使うことを提案する広告は意味がありましたし、実際に出来の良い広告で、いくつかの広告賞にも入賞しました。ただし地元新聞社の広告賞では最高賞ではなかったので、M下さんはかなり憤慨していて、「絶対にうちの広告の方が良い、新聞社は大スポンサー(地元の某自動車会社と某百貨店の連合広告でした)に媚びを売ったんだ。でもクリタさん、僕はクリタさんが作った広告の方がずっと良いと思っていますよ」と言ってくれました。

 もちろん、そんな優しいところを見せる半面、「クリタさんのところみたいな大きな会社は、他社と同じレベルの企画だったら落とします。倍以上良い企画を出してくれて初めて検討させててもらいますから」と常に厳しい成果を求められました。実際、うちの会社をダシにして他の広告代理店にハッパをかけるようなこともいつもやっていましたし、余りにも厳しく競わせるので、音を上げてしまう広告代理店もいくつもありました。そんな時、彼はかつて自分を落とした広告業界に対してリベンジ気分を味わっていたのではないかと思います。

 しかし、頭の良いM下さんはそこから間もなく抜け出してしまいました。クライアントとして威張っている自分は、結局その立場を利用しているだけに過ぎないことに気づいたのだと思います。そして自分が本当にやりたかったのは、企画運営していく仕事であると思い立って、彼は会社から出て自ら社長になって事業を展開し始めました。

 数年間にわたって僕とM下さんは一緒に仕事をしてきましたが、そうして徐々に彼は僕たちから離れていき、僕たちもそのクライアントとの仕事が少なくなってしまいました。なんだかんだと言っても、M下さんは僕たちのことを好いていてくれたのかな、と今振り返れば思います。

 先日某都内ホテルで突然自殺したM下さん。スポーツ紙では大きく取り上げられているし、彼の自殺で格闘技ブームは終わるとまで言われているらしいですが、僕たちが知っているM下さんは、そんな大物ではなく、人なつっこい笑顔と裏腹に、いつも厳しいこと言って僕たちを困らせる人でした。なぜ自殺なんてしてしまったのか全く僕たちにはわかりませんが、あの笑顔が二度と見られないのは、本当に寂しく哀しいことです。謹んでご冥福をお祈りいたします。


とりあえず、読むたびに(1日1回)

を押してください。 日記才人という人気ランキングに投票されます。
初めての方は、初回のみ投票者登録画面に飛びます。
結構更新の励みにしていますので、押していってくださると嬉しいです。


この日記をマイ日記才人に登録する