DO NOTHING ’TIL YOU HEAR FROM ME (RIVERSIDE)

JOHNNY GRIFFIN (1963/6)

DO NOTHING 'TIL YOU HEAR FROM ME


【パーソネル】

JOHNNY GRIFFIN (ts)  BUDDY MONTGOMERY (p,vib)  MONK MONTGOMERY (b)  ART TAYLOR (ds)
【収録曲】

DO NOTHING 'TIL YOU HEAR FROM ME / THE MIDNIGHT SUN WILL NEVER SET / THAT'S ALL
SLOW BURN / WONDER WHY / HEADS UP

【解説】

 “仏の顔も三度まで” という諺がありますよね。ホットケーキが好きな僕は “仏の顔” というのも嫌いでなくて、思わず何度も見たくなっちゃうんですが、と言っても、せいぜい2回までですよね。仏の顔も三度見ると、ちょっと飽きちゃうよねー。 僕はこの諺をずっとこのように解釈していたんですが、違ってました。 いくら温厚な仏様でも、顔をしつこく何度も撫でられれば、しまいには怒る。ええ加減にせぇ!ばしっ! そういう意味なんだそうです。三度目でキレるのか、三度までは許すのか、そこのところはちょっと微妙なんですが、僕としては “三度でキレる説” を採用したいと思います。世の中、同じようなことをして許されるのは、せいぜい2回までだと思います。 ヒロシ&キーボーが 「三年目の浮気」 の続編として 「五年目の破局」 という歌を出したのはまだ許せるとして、これが 「七年目の再会」 まで来ると、明らかにやりすぎです。 その点、田中康夫クンはさすがにその辺りの事情はよくわきまえていて、 「なんとなく、クリスタル」 に続く第2弾は 「ブリリアントな午後」 と、微妙にネーミングのパターンを変えて来ているんですよね。 が、その本はあまり話題に上らなかったのか、その後で 「たまらなく、アーベイン」 などという作品を出したりしておりますが、ヤケを起こして連発で 「どことなく、ドコサヘキサ塩酸」 というのを書かなかった分だけ、ヤスオ君はヒロシやキーボーよりも賢明であったと言えるでしょう。

 とまあそれはそうと、僕はマツナガの しるこサンド がけっこう好きだったりします。 ビスケットの塩気と、しるこの微妙な甘味とのバランスが絶妙でありまして、三度の飯の代わりに食べても、ぜんぜん飽きないよね。…とか思っていたんですが、実際に三度の飯の代わりに “しるこサンド” を食べてみたところ、やっぱり飽きました。朝と昼まではよかったんですが、三度目の夕食の時点で、胸焼けがしました。  “しるこサンドも三度まで” やな。…と、実感した次第でありますが、ということで前回から3回シリーズでお届けしている 『さば家周辺写真散策』 の企画、今回でまだ2度目なので、きっとまだ大丈夫だよね? いや、世の中には “二番煎じ” とか “二匹目のドジョウ” などという、2回目にして駄目!…という、大変に厳しい言葉もあったりするんですけどー。


<新屋敷公園・スーパー一号館> (←クリックすると写真ページに飛びます。)

 僕が住んでいる新屋敷というところは新しい屋敷が立ち並んでおります。…ということも無くて、古くっさい家もたくさんあったりするんですが、とりあえず住宅密集地であると言っていいと思います。 どれくらい住宅が密集しているのかというと、夏場、家の窓を開けっぱなしにしておくと、隣の家でつけているテレビの音声が鮮明に聞こえてくるほどなんですが、ちなみに先ほどは落語の出囃子のような音が聞こえておりました。土曜日の朝10時に、いったい何を見とるねん?…と、気になってしかたがないんですが、かつては隣の家の女児が、「おかあさん、うんちでたーっ♪」…と、元気に報告している声がよく聞こえたりしていました。そっかぁ。出たかぁ。…と、こちらまで何だか嬉しくなったものでありますが、その女児も今ではかなり成長したようでありまして、最近では夜更しをしておとうさんに叱られて、反抗的な態度を取っている様子が漏れ聞こえてきたりします。こうしてみんな大人になっていくんですなぁ。 …と、かように住宅密集地というのはプライバシーの点でかなり問題があるんですが、隣家には年頃の娘が3人から4人ほどいるようなので、僕もうかつに窓のカーテンを全開にしたままパンツを脱いだり出来なくて、ちょっぴり困っております。ま、向こうの家でそういった行動に出られる分には、僕はまったく苦にはしないんですけどー。

 で、住宅密集地で困ることと言えば、一度出火するとすぐに両隣に燃え移ってしまうことなんですが、のぞきスポットとは反対側の隣の家は、かつて電気屋さんを営んでおりました。電球が切れてもすぐに買いにいけるので、とっても便利だったんですが、そのもう1件隣は溶接屋さんとなっておりました。流量計ピットの蓋だとか、配管サポートとかは頼めばすぐに作ってくれそうなんですが、ま、普通の家で生活するにあたって、急に流量計ピットの蓋やら配管サポートやらが必要になるという事態はまず考えられないので、近所に溶接屋さんがあるからといって、さほど便利でもなかったんですけどね。 ただある日、この溶接屋さんの前にダイドーの自販機が設置されることになって、わざわざ “いよさん” までチェリオ買いにいかんでエエやん♪…ということになったのは、僕にとっては大きな喜びでありました。 “かみかみオレンヂ” とか、よく買って飲んだものでありますなー。 で、この電気屋さんには “みゆき” と “ともこ” という、僕と同じくらいの年代の姉妹が住んでおりまして、僕はよくお医者さんごっこなどをして一緒に遊んだものでありますが、残念なことにある日、この一家は店を畳んでどこかへ引っ越して行ってしましました。 それから数年後、この空き家から火が出て、サバ家と溶接屋さんが全焼することになるんですが、溶接工場に置いてあった鉄鋼材料が、すべて焼入れ加工されてしまったではないか!…と、溶接屋としてはさぞや不満であったことでしょう。その後、サバ家と溶接屋は再建されることになるんですが、溶接屋のほうはやがて経営が行き詰ってしまったのか、ある日突然 “夜逃げ” をして、行方がわからなくなってしまいました。 前の日の夜までは確かにそこで生活していたのに、朝になったら誰もいなくなっていたんですよね。まるで絵に書いたような “夜逃げ” やな。…と、コドモ心にも深く感心したものでございます。

 …と、この調子でいつまでも昔を懐かしんでいると、いつまでたっても本題に入れなくて、またしても後半部分が前半ネタが浸食することになるので先に進みますが、僕の住んでいる新屋敷には公園がひとつありました。その名も “新屋敷公園” って、ひねりも何もあったものではありませんが、この正式名称で呼ぶ人はあまりいませんでした。 “アトム公園” 。やっぱりこう呼ばないと、感じが出まへんなー。 どうしてアトム公園なのかと言うと、おそらく遊具に鉄腕アトムの絵が書かれていたからではないかと思うんですが、記憶によると僕の小学生時代には、既にアトムの絵は無くなっていたと思うんですけど。その代わりに何の絵が書かれていたのかというと、恐らく “落花君 (らっかくん) ” ではなかったか?…という気がするんですが、ちなみに落花君というのはサバ兄が考え出したオリジナルキャラクターなんですけどね。公共の公園にどうしてそのような極私的な描かれていたのかというと、僕が落書きをしたからなんですが、大きくなったらこの公園を “落花君公園” と呼ばせてやるぅ!…というのが当時の僕の夢だったんですが、鉛筆で小さくちょこちょこっと描いただけなので、僕以外にその絵の存在を知っているものはおらず、アトム公園と呼ばれ続けて、現在に至る。…というのが実情であります。いやあ、コドモの頃の夢というのは、なかなか実現しないものでありますなぁ。。。

 で、アトム公園と言えば “迷路” やね。…というのは衆目の一致するところだと思いますが、 この公園には鉄のパイプを組んで作った迷路が設えられていました。実物を目にしないと、どういうものなのかあまりピンと来ないかも知れませんが、えーと、ジャングルジムというのがありますよね? アレの枠を人が通れるくらいの大きさにして、平面的にして、迷路にしたものだと思ってください。…という説明を聞いても、やっぱりそれがどういうものなのか、あまりピンと来ないぢゃないか!…という気がしないでもないんですが、とにかくまあ、そういった遊具です。この迷路の特徴はですね、壁の部分が壁ではなくて、人が通れるくらいの大きさの鉄パイプの枠で出来ているということなんですが、つまりまあ、行き止まりで前に進めなくなっても枠の真ん中をすり抜ければ、隣の通路に抜けることが出来るという。 そんなん、子供だましやん!…と思われるかも知れませんが、所詮はコドモ相手の遊具でありますので、これくらいアバウトで丁度いいんですよね。ただ、コドモにも色々な性格のコドモがおりまして、平気でズルをする子供もいれば、頑ななまでに決められた通路だけでゴールに辿り着こうとする真面目な子供もいたりして、大人からの評価としては後者の子供のほうが圧倒的に優位ということになるんですが、そういう子供はあまりにも融通が利かなさ過ぎて、ちっとも出世しない大人になっているに違いありません。清濁併せ呑むような、度量の広い人間になって欲しいものだと思います。

 …とまあ、子供たちにとって、ある種の試金石となっていた “迷路” でありますが、老朽化のため、かなり前に取り壊されてしまいました。結果、アトム公園は何の変哲も無い普通の公園に成り下がってしまったわけでありますが、かつて迷路があったスペースの空虚なまでの広がりが諸行無常を感じさせます。かつての面影を留めているものと言えば、2枚目の写真でピンボケ気味に見えているコンクリート製の塀のような遊具だけと言えるでしょう。 四角や三角の穴の部分をくぐらせたいのか、それとも塀の上の部分を歩かせたいのか、今ひとつその意図がつかめない遊具でありますが、その昔は鮮やかなアトムの絵があったと思われる壁の部分には、現在、ぱちもん臭いドラえもんが描かれているのでありました。下手やなぁ。。。 で、話を上の写真に戻すとですね、いちばん手前の “飛び出しくん” がよく目立つんですが、いや、飛び出し注意を呼びかけるこのキャラクター看板を、僕は勝手に “飛び出しくん” と呼んでいるんですけど。 が、 “飛び出しくん” でググってみると実に20万件を超えるサイトがヒットして、全国的にこのネーミングで正解だったようですね。ちなみに女の子バージョンのほうは “飛び出しちゃん” ですか。 概して、飛び出しちゃんのほうが礼儀正しく、手を挙げて左右を確認してから道路を横断しようとする姿勢が感じられるのに対して、飛び出しくんのほうは名前の通り、前後左右の見境もなく、問答無用で飛び出してくる傾向にあるようです。 こんなん、飛び出したアンタのほうが悪いんやろ!?…みたいな。 クルマに轢かれても、自業自得という感じですよね。 で、この飛び出しくん、地方によっては “飛び出し坊や” だったり、 “飛び出し注意くん” だったりするようですが、 写真集 も出ているようなので、興味のある人は買ってみるといいかも知れません。 いや、僕はいりませんけどね。 “飛び出しちゃんパンチラ・バージョン♪” とかなら、ちょっと見てみたいような気もするんですけど。

 ということで、続きましては “スーパー一号館” です。 日進地区の住民にとって、スーパーと言えば一号館でありました。 一号館と言えばスーパーである。…と言い換えてもよくて、例えば、おかんから 「スーパーで牛乳買うてきてー。」 と、おつかいを頼まれた場合、それは即ち、一号館まで行け。…ということを意味しておりました。僕はよく買い物のお手伝いをするとっても感心な子供だったんですが、スーパーと言えば一号館、八百屋と言えば大森屋、魚屋と言えば魚常、お茶屋さんと言えばお茶屋さん、大元と言えば、これは砂糖を売っていて蜂蜜とかを買いにいかされる大元と、 “助六” というブランドの便所紙を買いに行かされる大元の、2つのパターンがありました。どちらかの大元のほうは勝手に小元と呼んでいた。…という話はどこかに書いたと思いますが、お茶屋さんというのはですね、麦茶とか、番茶とか、ほうじ茶なんかを量り売りしてくれるお店なんですが、当時でもかなり珍しかった、片側に錘を乗せて釣り合いを取るタイプの天秤でお茶の重さを測ってくれるところが、子供心にも興味深かったです。 お茶っ葉を100グラム単位で売るような商売で食っていけるのか?…と、他人事ながら心配になってしまったんですが、ここのおばさんは他人とは言え、サバ家とは遠い親戚関係にあるようなので、まったくの他人事というわけにも行きませんしね。 ただ、この家は同時に大森屋という名前の不動産屋も営んでおりましたので、そちらのほうの商売で何とか食っていたのえありましょう。 大森屋と言えば八百屋のほうの名前も大森屋なんですが、こちらは近い親戚のおじさんが経営している店でありました。 ここのおじさんはとても気前がよくて、僕が買い物にいくといつも 「好きなもん持ってけー!」 と言って、お菓子をサービスしてくれるんですが、店にいるのが運悪くおばさんだったりすると、 「好きなもん持ってけー!」 とは言ってくれないんですよね。 仕方がないので僕はおばさんの目をかすめて、自主的に好きなものを持っていくことにしたんですが、いや、今から思えばそれは、立派な万引きではないか?…という気がしないでもないんですけど。

 とまあそんなことでスーパー一号館でありますが、今から思うとちょっと変な名前のスーパーでありますなぁ。一号館は四日市が本拠で、近隣の桑名市や鈴鹿市あたりまで勢力を伸ばしているわけでありますが、その記念すべき一号店が “一号館” で、以下 “二号館” “三号館” “四号館” と続く。…というわけではなくて、どの店も “一号館” だったりします。うちの近所にあるのは “深夜スーパー一号館日進店” というのが正式名称でありまして、深夜スーパーという名前に相応しく、夜中の11時までやっているというのが当時では画期的でしたな。もう、桑名で夜遊びするなら、ここしかないやろ?…みたいな。 野菜や果物やお菓子の値段も大森屋と比べるとリーズナブルでありまして、ただその分、品質的には今ひとつやな。…と、よく言われてましたけどね。 例えば牛乳なんかは味がとっても薄くて、スーパー用に水で薄めた牛乳を作っとるんやろ。…とか言われておりましたが、真偽のほどはサダカでありません。 ただ今でも、亀田の “カレーせん” なんかはコンビニで買ったものと比較して、明らかに味がにすい (←方言?) ような気もするし、でも、スーパー用にわざわざ別のラインで “味がにすいカレーせん” を作るというのもかえって不経済なような気もしますしね。 ま、それはともかくとして、僕は先ほど、スーパー一号館までマツナガの “しるこサンド” を買いに行ってしまったんですが、いや、書いているうちに懐かしくなって、どうしても食べてみたくなったもんで。 ビスケットと呼ぶにはかなり薄っぺらかったりするんですが、その癖、かなりしっかりとした噛み応えがありまして、いやあ、久しぶりに食べたんですが、やっぱり美味ちい♪…ですなー。 ただ、思ったよりも腹が膨れる食い物でありまして、3時過ぎに3分の2袋くらい食べたんですが、午後5時を回った時点でまだ胃もたれしておりまして、晩飯、食えるのか?…というのがかなり心配だったりします。三度の食事の代わりに、しるこサンド。…というのは、絶対にやめておいたほうがいいと 思わずにはいられません。


<伝馬公園> (←クリックすると写真ページに飛びます。)

 今回も写真ページへのリンクを3つ分用意しているんですが、 (3分の1) の時点で既に前半ネタの規定量を超過してしまいました。このままではまた (3分の3) が後半部を浸食しちゃうか、あるいは (2分の2) までで抑える代わりに、3回シリーズの予定を4回まで延長するか。 が、それはあまりにもナニな話でありますので、泣いて馬謖を斬る思いで、掲載する写真の数を減らすことにします。そもそも、アイスまんじゅう好きギャルからリクエストがあったのは、日進の歩道橋とか、ミドリ屋さんや栗山歯科はまだあるのかとか、健太郎んちのケンポン寺とか、一号館とアトム公園とか、パルの跡はどうなったかとか…。ということでありましたので、残すところ “ミドリ屋さん” と “パルの跡” を紹介しておけば、僕の任務としてはコンプリートなんですよね。 ということで、今日のところは全然関係の無い “伝馬公園” を紹介して終わりにしておこうと思うんですが、僕のうちからは南に1分歩けば日進小学校のグラウンド、北に5分歩けばアトム公園、西に5分歩けば伝馬公園、東に5分歩けば、ま、こちらはハマバタ外科くらいしかありませんでしたが、遊び場所とか夏休みのラジオ体操の会場とかには事欠かない便利な環境にありました。盲腸になってもハマバタで切ってもらえばいいよね。…という安心感もありましたしね。 で、僕はどちらかというとアトム公園よりも伝馬公園で遊ぶことのほうが多かったんですが、迷路くらいしか目玉が無いアトムと比べて、こちらのほうが遊具が充実していましたからね。

 で、まず最初は、 “何だかよく分からないんだけど、とにかく汽車を模したもの” という遊具でありまして、これで一体どうやって遊べばいいのかというと、とりあえず土管をくぐってみるくらいしか思いつかないんですけど。 で、アトム公園の穴を潜ったり、塀の上を歩いたりする遊具と同様、ここにもドラえもんの絵が描かれているんですが、こちらのほうが3割ほど上等なような気がします。あとはえーと…、こいつに関しては、そんだけ。 で、続いて2枚目の写真はと言うと、これはですね。伝馬公園を代表する遊び道具であった “何だかよく分からないんだけど、とにかく船を模したもの” の残骸でありまして、僕の子供の頃はちゃんと船を形をしていたんですけどねぇ。どうやら老朽化で倒壊の危険があったらしく、船体後部の滑り台の部分だけを残して取り壊された模様ですが、あれだけ立派で上部そうだった船が、こんな姿になっちゃうなんて〜。 28年という月日 (←小学4年生当時から数えて) を感じずにはいられませんなぁ。。。 ただ、船の周りの海を模した砂場を元気に飛び跳ねるイルカちゃん達はまだ健在でありまして、いや、これが20年前と同じイルカかどうかはサダカではないんですが、このイルカの後ろのほうにまたがったら、ちょうど背びれが股間のあたりを刺激しそうで、いいかな?…と、ふと思ってしまいました。いやあ、大人になると考えることが下品になって、嫌ですねー。 あっ、そこのお嬢ちゃん、ちょっとこのイルカにまたがってみない〜?

 ということで、最後の写真でありますが、これは28年前の姿をそのまま現在まで留めている “何だかよく分からないんだけど、とにかくお城を模したもの” ではありませんかー。 子供の頃、こんなお城のようなおうちに住むのが夢だったんですよねー。 ま、その夢は一部、お城のような姿の休憩施設で一夜を過ごすことにより、ある程度は実現することが出来たわけなんですが、この土管の部分がてっぺんの三角屋根のところまでつながっているんでしたっけ? あるいは、外の石垣の部分とか、フリークライミングみたいな壁のところをよじ登っていくのでありましたか? いずれにせよ、高所恐怖症で高いところが大嫌いな僕にとっては、かなり嫌な遊具だったりしたんですが、もう、てっぺんの部分は高くて、怖くて、おしっこちびりそうで、ほとんど半泣き状態でしたからね。 が、久しぶりに来てみると、ずいぶんと低くてチャチなお城であったということが判明しました。何だか子供の頃の半分くらいのサイズになってませんかね? もしかしたら僕の身長が2倍くらいになって、相対的にお城のほうが2分の1になってしまったということなのかも知れませんが、大人になった僕はもう、大丈夫です。てっぺんに上っても、おしっこなんかちびりません。きっと、尿漏れ寸前…というところで我慢出来ると思います。 で、強くなった僕は決して半泣きになんかなったりしません。 相対的に高さが半分になったので、半泣きの半分の “4分の1泣き” くらいで耐えられると思います。おかあさん、先生、そしてクラスのみんな、僕はこんな立派なオトナになったよ!!

 …とまあそんなことで、 (3分の2編) は、これでおしまい。

 さ、今日はジョニー・グリフィンですね。伝馬公園の砂場ではドルフィンが跳躍しておりましたが、ジャズ・テナーの世界ではグリフィンが頑張っています。後はまあ、蝋燭はパラフィンだよね。…とか、脳や下垂体に存在するモルヒネ作用を持つペプチドはエンドルフィンだよね。…とか、いろいろな “○○フィン” のパターンがあるんですが、うちのおかんは小さなパンの一種のマフィンのことを、いつも “まひん” と言ったりしております。ま、年配の方に “ふぃん” の発音というのは、ちょっぴり難しいですからなぁ。 で、今日は 『ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー』 という、年配の方には絶対に覚えられないような長ったらしい名前のアルバムを紹介したいと思います。 名前が長ったらしい上に、ジャケットのほうも、ジャケ絵を手書きしている人間の立場を考えたことがあるのか?…と言いたくなるほど凝ったものとなっておりまして、グリフィン他、計4名のメンバーを黒塗りの漫画風にしてくれたところまではよかったものの、背後に配された無数の顔写真はいったい何なんすかね? このジャケットを忠実に模写するというのは、アトム公園の迷路を一度もズルしないでゴールまで辿り着けるような根気のある子供が成長して大人になったような人でないと無理であるに違いなく、果たしてどうなることかと、今から気分が重くて憂鬱になってしまいます。ま、最悪、背景の顔の部分は全部、ドラえもんにするしかないか?…と思っているんですが、それもかえって面倒なような気がするので、おそらく “のっぺらぼう” になるであろう公算が大きいものと思われます。

 それはそうとこのアルバム、レコーディング場所のデータを見たらバークレーの “ツボ” とクレジットされておりまして、ちょっぴり意外な感じがしました。この、刺激すると血行がよくなりそうな名前のナイトクラブを記憶している人もいるかも知れませんが、そう、これはアレです。 かの熱狂のライブ・セッション、ウエス・モンゴメリーの 『フル・ハウス』 が収録された場所なんですよね。 そういえば 『フル・ハウス』 にはグリフィンも参加していたわけなんですが、それから1年後、同じ “ツボ” で今度はウエスの同胞であるバディとモンクのモンゴメリー兄弟を従えて、こんな地味なアルバムを吹き込んでいたんですな。ナイトクラブでの吹き込みなんですが、観客がいるような気配はまったく感じられなくて、おそらくアフター・アワーズにひっそりと挙行されたセッションだったんでしょう。なら、ジャケットの背後にたくさん顔写真なんか載せるなって! …とまあそんなことで、まず最初の曲でありますが、アルバム・タイトル曲の 「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」 でありますか。 これはアレですよね。エリントンのナンバーですよね。 くつろいだ雰囲気の、いかにもアフター・アワーズ向きの曲やな。…といった感じのナンバーなんですが、イントロ無しでいきなりテーマを吹き始めるグリフィンの、ひしゃげたような独特のトーンがいいですよね。色気があるというか、エロ系というか、サックスというのはこういうトーンで吹くのが正しいんだよね。…という模範からはもっとも掛け離れたところにあるんですが、ただ、ここでのバディ・モンゴメリーのピアノのコンピングは、どうか?…という気がしないでもないんですけど。スリー・サウンズのジーン・ハリスを彷彿させる、日本人はあまりジーンと感動しないスタイルでありまして、でもまあ、くつろぎのアフター・アワーズですからね。粟津温泉で宴会をしている気分で聴けば、それなりに楽しめるかも知れません。 で、テーマに続いてグリフィンのソロになるわけですが、肩肘の張らないツボを押さえた吹きっぷりが実にいい感じでありまして、時折、ちょっぴり下品に走ったりするところもこの人らしくていいですよね。この人の魅力は山菜にも似た灰汁 (あく) の強さにあるんですが、決して三歳児には理解の出来ない大人の魅力であると言えましょう。ま、時として羽目を外し過ぎてワヤになったりするところが玉に瑕なんですが、ここでは概ね、節度を踏まえた適切なブロウに止まっていて、好感が持てます。 で、ソロ2番手はバディのモンちゃんなんですが、コンピングでの軽いノリと比較して、アドリブではなかなか締まった演奏を披露しておりますな。どことなく、ドコサヘキサ塩酸…ではなく、どことなく、ウイントン・ケリーを思わせるようなところがあって、ま、よく考えたらケリーとジーン・ハリスのスタイルというのは大きく違っているように見えて、その実、紙一重だったりしますからね。 とまあそんなことで、再びグリフィンのテナー・ソロが出て来たりした後、くつろいだ雰囲気のテーマに戻って、おしまい。

 2曲目の 「ザ・ミッドナイト・サン・ウィル・ネバー・セット」 はバディ・モンのヴァイブをフィーチャーしたバラードであります。バディ君はピアノとヴァイブの両刀使いなんですが、あまりテクニックの感じられない素直な作風のヴァイブ演奏も、なかなか味があって悪くないと思います。 演奏のほうはあれですね。バディ君がしみじみとテーマを演奏した後、アドリブ・パートに入ってグリフィンのテナーが登場するというパターンなんですが、哀愁を感じさせるグリフィンの控えめな吹きっぷりが実にしみじみ、味わい深いですなぁ。 で、テーマの再現部を今度はテナーが歌い上げるというアレンジもツボにはまっておりまして、4分59秒という微妙に短めな演奏時間も実に適切であったな。…という気がするのでありました。バラードというのはあまり長すぎると飽きますからね。しるこサンドも、あまり食べ過ぎると飽きますけどー。 いや、先ほど晩ご飯を食べたんですが、間食がタタってあまり腹が減っていなくて、ちょっぴり食べるのが苦痛だったりしました。こうなってくると、しるこサンドは飢えを凌ぐための非常食として考えておいたほうがいいのかも知れません。乾パンよりは美味しいような気もするしー。

 で、3曲目は 「ザッツ・オール」 という曲なんですが、ここでまたしてもバラードを持って来たというのは、ちょっぴり意外な感じがしました。ジャズのアルバムというのは6曲入りのものがいちばん多かったりするんですが、そのうち、バラードの占める割合は少ない場合で0〜1曲、個人的には2曲というのが一番バランスがいいかな?…という気がするんですよね。多くても3曲で、急・緩・急・緩・急緩と交互に登場するのが座りとしてはいいと思います。 例えば缶入りのサクマドロップというのがありますが、いろいろな味のドロップの中で、僕は白いハッカ味というのが一番好きだったりします。 が、6粒のうち3粒がハッカだったりするのはちょっと多過ぎでありまして、最初の1粒がいきなりハッカだったりするのもちょっと興醒めですよね。1粒目は無難なオレンジ味か何かで、次にハッカが出るのがベストなんですが、3つめに続けてハッカが出たりすると、ちょっと不安になってしまいます。 バラードをハッカだと考えると、2曲目までは実にいい調子だったんですが、ここに来て連続ハッカになっちゃいましたかぁ。 でもまあ、先ほどヴァイブを演奏していたバディ・モンゴメリーが、今度はピアノにスイッチしているし、元来、僕はハッカが好きなわけなので、連続攻撃というのは考えようによっては喜ばしい事態であるわけなんですよね。 もしかしたらこのアルバムはバラード集というコンセプトだったりするのかも知れず、となると、1曲目のナンバーはハッカ飴の中にオマケで入っていたオレンジ味だったのかも知れません。 となると、それなりの心構えで望まなければならなくなるわけですが、純粋に曲単位で耳を傾けてみると、これは実に素晴らしいバラード演奏でありますな。 グリフィンの持つ下品な一面が完璧なまでに浄化されて、上澄みの綺麗な部分だけをすくい取ったようなナンバーでありまして、テーマに続いて聴かれるバディ・モンゴメリーのピアノ・ソロも、ラブリーにしてキュートでありますな。いやあ、いいですよね、ラブリー&キュート。羽振りのいい舅というのも、いろいろと好きなものを買って貰えそうで、嫁としては嬉しいところでありますが、もし僕が嫁の立場だったとしたら、アーモンドグリコとかスポロガムが欲しいところでありますな。…って、大森屋で買い物のお手伝いのお駄賃を貰うレベルの話ではないんですけど。 もし、舅の羽振りがよくても、とってもケチな性格で、何も好きなものを買ってくれなかったりしたら、とりあえず家のお金をくすねて、自分の力でスーパー一号館まで買いに行こうと思うんですが、何でもいいけど前半部分をパソコンで書いた後で、後半の原稿書きをザウルスに切り替えたら、 “いちごうかん” の漢字変換が最初 “位置強姦” になったりして、ちょっぴり焦りました。布団に寝っ転がりながら書けるという点ではザウルスは非常に重宝なんですが、日本語入力という点では、ちょっぴり難がありますなぁ。 とまあそんなことで3曲目はテーマに戻って、おしまい。

 4曲目はグリフィンのオリジナルで、 「スロー・バーン」 という曲です。 タイトルはスロー・バーンなんですが、スローではなくて、バーンとした感じのテンポ設定になっていて、別段、バラード曲集というコンセプトというわけでもなかったみたいですね。2曲目に続いてこの曲ではバディ・モンゴメリーがヴァイブラフォンを演奏しておりますが、ヴァイブを弾く曲はバラードで。…という方針でもなかったようです。ラテン・タッチの派手目な仕上がりとなっておりまして、ソロ先発はバディ君のヴァイブでありますか。相変わらず、あまりテクのほうは感じられず、ああん、ヴァイブの使い方は今ひとつなのぉ。。。 といった気がしないでもないんですが、その不器用なところが母性本能をくすぐって、いいかも知れません。年上のお姉さんから可愛がられるタイプであると言えましょう。 で、続くグリフィンは “シカゴいちの早撃ち男” の異名を取るテクニシャンなんですが、ここでのプレイは本アルバムの中では最もその素性がよく表れているといっていいかも知れません。が、決してオーバーブロウに陥ることはなく、あくまでも知性の範囲内に止まっておりまして、あとはえーと…、ま、そんなところでありますか。 で、テナー・ソロに続いて、同じモンゴメリー兄弟でありながら、ここまでほとんど前に出てくることのなかったモンク・モンゴメリーのベース・ソロもフィーチャーされたりしておりまして、これでモンク君としても文句は無いでしょう。 ここまでまったく前に出てくることがなかったんですが、なかなかのテクニックを感じさせるピチカート・ソロが披露されるわけですが、そんなことでまあ、テーマに戻って、おしまい。

 で、5曲目の 「ワンダー・ホワイ」 はトータルして3曲目のバラードでありますな。 サクマドロップに譬えると、ここでまたハッカが出て来たという事になるんですが、基本的に甘い味のものばかりの中で、唯一あまり甘くなくてスースーするハッカ味をバラードの譬えに用いるというのは、あまり適切ではないような気もしてきました。 今後は、冷や麦の一束の中に交じって入る赤いヤツ。…という位置付けにしようと思うんですが、バディ・モンゴメリーのブルージーなイントロで始まるこのバラードは実に素晴らしい仕上がりとなっておりまして、グリフィンの何ともスケベったらしいサブトーンが官能的ですらあります。 “さぶ” の気がまったくない僕でも、このサブトーンには思わずさぶぼろが出そうになっちゃいますが、中間部で聴かれるバディ君のピアノ・ソロもリリカルにして、スキカルでありますなぁ。いやあ、ナショナルのスキカル、欲しかったんですよね。もう、自宅で刈り上げたろかい?…みたいな。海星高校は後頭部刈り上げが校則でしたからね。何でも、後ろの髪をあまり長く伸ばしたりすると不良になる。…という考えがスペインのバスク地方出身者にはあったみたいですが、アルバムの最後を飾るのはグリフィンのオリジナル、 「ヘッズ・アップ」 でありますか。シンプルで、ストレートで、ハード・バピッシュな佳曲に仕上がっておりまして、アルバムの最後を飾るには、ま、適切ではあると言えましょう。最初にソロを取るグリフィンのフレージングは実にスムーズでありまして、続くバディ・モンゴメリーのソロもケリー・ライクなファンキーさが実に素晴らしく、ま、時おり音飛びしたりするのがネックだったりするんですが、それはうちのCDプレイヤーの問題でありまして、バディ君に罪はありません。 で、最後はきっちり ts→ds→ts→ds の4バースでハード・バップ的に盛り上げて、テーマに戻って、いや、エンディングも完璧でありますな。 とまあそんなことで、今日のところはおしまい。

【総合評価】

 これはアレです。グリフィンの渋系の傑作として知られる 『ザ・ケリー・ダンサーズ』 が好きな人であれば、間違いなく楽しめる作品です。 幾分、バラード系に選局が片寄り過ぎか?…という気がしないでもないんですが、終わってみたら3曲対3曲ということで、緩急のバランスも許容範囲内であると言えるでしょう。あと問題は、このジャケ絵をどのようにして片付けるかだけなんですけど。。。



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