HUB CAP (BLUE NOTE)

FREDDIE HUBBARD (1961/4/9)

HUB CAP


【パーソネル】

FREDDIE HUBBARD (tp) JULIAN PRIESTER (tb) CEDAR WALTON (p)
LARRY RIDLEY (b) PHILLY JOE JONES (ds)

【収録曲】

HUB CAP / CRY ME NOT / LUANA
OSIE MAE / PLEXUS / ERMON JR.

【解説】

 今日は“”について考えてみたいと思います。というのもですね、この前の日曜日、愛知県の犬山市というところに泊まったんですよね。翌日、岐阜の白川町というところでシゴトがあって、集合時間がわりと早めだったので面倒になって、どこかで泊まっちゃえ。…と思って泊まった次第でありますが、いや本当は美濃加茂あたりに泊まって、カモ鍋でも?…と思ったんですが、何せ思い立ったのが金曜日の夜でしたからね。頼みの綱の“旅の窓口”も、どこも予約でいっぱいでありました。仕方なく、「ま、犬山でいっかぁ。」と思って犬山に泊まることになったわけですが、知ってますか?犬山。名古屋圏ではわりと有名なんですが、何せ“国際観光都市”を標榜しているらしいですからね。“こくさいかんこうとし”。これはもう、“うんこくさいやんか、トシ(89歳)”などというのは次元の違う話でありまして、いや先日、ラジオで“介護Q&A(痴呆老人編)”という電話相談を聞いていたんですが、いろいろと大変そうなんですよね。お風呂に入って温まると括約筋が緩んじゃうのか、思わず湯船の中でウンコを漏らしてしまって、次に入る人がびっくりするんですぅ。…などという深刻な相談が寄せられておりました。そら、びっくりしますわな、次に入った人は。あら〜、今日の入浴剤は“ウンコの香り”ねっ♪…って、言ってる場合じゃなくてぇ!…と、思わず自分で自分にツッコミを入れているシーンが目に浮かぶようですね。他にも、「ウンコを手すりや階段になすりつけて歩く。」だとか、「肛門をさわった手で目をこする。」だとか、「陰部をさわった手をしゃぶる。」などといった症例も紹介されておりましたが、いや、最後のヤツは「ちょっとイイかも?」と思ってしまいましたけどね。いや、トシさん(89歳)なんてのは嫌ですけど。

 で、国際観光都市犬山です。どのように国際観光都市なのかというと、この日もヘルメットをかぶったガイジンの兄ちゃんが2人、“けった”にまたがっているシーンに遭遇しました。また、全国的に有名だと思われる“明治村”というのもこの犬山市にあるんですが、小学生の時に社会見学で訪れた際にも外人のお兄さんが総計で4名ほど来ておりました。あまりに物珍しいので思わずサインを貰ってしまったんですが、確か「大阪外国語大学・なんとかかんとか・オーストラリア人」…とありました。外国人が外国語大学に通っているというのはものすごく理に適っていることのような気もするし、意味無いやん!…という気もするし、その評価は判断の分かれるところではないかと思われますが、あるいは講師として働いているということなのかも知れませんけどね。とにかくまあ、ヘルメットを被った“けった外国人”と、小学生からサインをねだられる“大阪外大外国人”が跳梁跋扈しているとなると、これはもう“国際観光都市”を宣言したところで誰からも後ろ指をさされる恐れは無いわけでありまして。で、犬山には“犬山城”というのもあります。国宝です。日本にあるお城で国宝に指定されているのは、この犬山城以外には松本城彦根城姫路城しかありません。いや、あるいは他にも2〜3個くらいはあるのかも知れませんが、少なくとも桑名にある“しぐれ城”は違います。“桑名名物ハマグリラーメン”の店になったと思ったら、いつの間にか“九州どんたくラーメン”に変わったりして、国宝と呼ぶにはあまりにも節操が無さ過ぎる。…というのが指定が見送られた原因ではなかろうかと思われますが、で、この犬山城の凄いところは個人の持ち物であるということですよね。昔の殿様の子孫が今もって城の所有者であるということですが、さすがの僕も“”は持ってませんからね。いや、“痔瘻”の気はありますけど。

 で、あとはえーと、“リトルワールド”なんてのもありますな。キーワードは“野外民族博物館”でしたか、要するに“明治村”の「明治時代じゃなくて、今の時代の世界の民族に目を向けたバージョン」とでも言いましょうか、モンゴル民族の“パオ”だとか、牛のウンコを乾燥させて積み上げた“うんこハウス”なんかを展示しているところなのではないかと思われます。いや、子供心にも「まるで面白くもなんともなさそうだな。。。」という気がしたので、行ってみたことはないんですよね。今後の人生においても“リト・ワー”にだけは行くのをヤメよう。…と心に誓ったほどなんですが、一度も訪れるチャンスが得られぬまま、この度、閉鎖されることが決まったようですな。いや、事業主の名鉄グループには申し訳ないんですが、いい気味だと思いますね。つまらん企画を考えたのが悪いわけでありまして。同様に“犬山の鵜飼”と“犬山ライン下り”もヤメちゃうみたいです。“ライン下り”というのは、この付近を流れている木曽川の景観がドイツのライン川にそっくりだねっ♪…と言えないこともないような気がしないでもないよね?…ということから名付けられた川下りの企画でありまして、“鵜飼”同様、大して面白くもないよね?…ということが明らかになって乗船客が激減して、廃業を余儀なくされた。…ということのようです。“鵜飼”のほうは他の事業体への業務委託を模索しているようですが、この際、きっぱりとヤメちゃったほうがさっぱりすると思うんですけどね。飼われていた鵜は“鵜祭り要員”に転用して、鵜匠のほうは出家させて和尚にでも転職させれば、ま、何とかなるって、どうせ人事だしー。

 が、“日本モンキーセンター”は大丈夫です。チンパンジーのアイちゃんがいる限り、ここは不滅でしょう。息子のアユムくんも頑張ってるみたいだしー。結局のところ、犬山犬猿の仲であるサルの力に頼らなければならないのが実情のようですが、それはともかく、“犬山ミヤコホテル”というところに泊まった時の話なんですけどね。ホテル自体は小綺麗でも小汚くも無く、小普通でありましたが、食堂のおばちゃんは親切でした。いや、晩飯は近くのスーパーで“ネギトロ巻き”と“若鶏竜田揚げ”を買って済ませ、朝食はパン持参だったので、その食堂のお世話になることはなかったんですが、朝、車のフロントガラスが霜で真っ白になっていたのでスクレーパーでこそいでいると、おばちゃんがやかんに入ったお湯を持ってきてくれました。おばちゃんには“シモ”のほうでお世話になった次第でありますが、隣の部屋に泊まっていたおっさんがよくなかったですな。何がよくないって、「ぐほっ、ぐほっ。」と、いかにもおっさん丸出しといった感じの咳を頻発して、やかましいことこの上なし。ま、それだけならまだしも、時折、「ぐあーっ、ぺっ!」と痰を吐いてくれるのには参りましたな。それでなくても、こっちは“ネギトロ”を食っているわけです。ネギトロとろとろ具合と“”の粘り具合がオーバーラップして、いや、実に有意義な一夜を過ごすことが出来ました。同じ“”を吐くにしろ、もっとこう、エレガントで、淡々とした痰の吐きかたというのは出来ないものか?…と、僕はおじさんに言いたいです。そんだけ。

 ということでフレディ・ハバードでありますが、ちなみにこのホテルの“すけべビデオ”はコイン投入式でありました。フロント自動通報式のように、朝、金額を清算する際に気まずい思いをしなくても済むし、30分くらい見れば気がすむにも関わらず1000円分のテレビカードを買わされることもないし、個人的にはこの古典的な方式がベストではないかと思っているんですが、100円分ではちょっと物足りないから、思い切って500円玉を…と思って投入したら、新500円玉には対応してなくて、まるっきり無駄になっちゃったじゃないか!…というようなこともあって、油断ならないんですよね。で、僕は“一般番組”は普段からまるっきり見ないほうなので、時間潰しに“有料放送”というのを見てみるのもヤブサカではないな。…という気がしてたんですが、番組表でその日の放映内容をチェックして、僕は愕然としましたね。『東京人妻物語』『プチミセス』『奥さん、そんなに欲しけりゃオ○ニーしてみろ!』『美熟女ミセス』『美熟女プレミアム』『特選あやしい人妻』『発情ミセス図鑑6』『人妻が熟れて我慢できない午後3時』…って、今日は“熟女企画”の日やん!いや、マニアにはたまらんラインアップなのかも知れませんが、1日しか宿泊しない人も多いはずなので、このような偏向した企画はやめて欲しいですなぁ。いや、200円分は見ましたけど。ということでフレディ・ハバードでありますが、この人は新主流派のトランペッターという印象が強いですよね。が、出発点はブラウニー直系でありまして、初リーダー作(だっけ?)の『オープン・セサミ』あたりは、あたり前田のセサミハイチ的なハード・バップ…とでも言うべき作品に仕上がっておりまして、興味深いですね。で、今回紹介する『ハブ・キャップ』というアルバムはBNにおける彼のリーダー作としては第3弾(だっけ?)にあたりまして、ハード・バップからモード路線への過渡期にあたるカトキチの冷凍さぬきうどん。…と、ま、そういった位置付けになるんじゃないですかね?サイドマンも新旧入り混じるアルマジロ。…といった感じでありまして、旧路線からはジミー・ヒースにフィリー・ジョー、新路線からはシダー・ウォルトン、ラリー・リドレイといったところが参加しております。トロンボーンのジュリアン・プリースターは新旧どちらでも対応できる中道派と見ることが出来るでしょう。ということで、では1曲目から。

 まずはタイトル曲の「ハブ・キャップ」ですね。アップテンポのナンバーでありまして、モーダルというよりはハード・バピッシュな感じの曲でありますな。あら、こんなところに牛肉が、玉ねぎ玉ねぎあったわねっ♪…って、それはハッシュドビーフの曲ですね。ハッシュドビーフなどと小洒落た名前が付いてるものだからどんな料理かと思ったら、ただのハヤシライスやん!…と思わずにはいられませんでしたが、いや、おいしいですけどね、ハヤシ。少なくともコヤシよりは好きなんですが、演奏のほうはフィリー・ジョーのタイコで幕を開け、3管のハーモニーによってテーマが低痔されます。いや、提示されます。いや今回、会社からノートパソコンを持ちかえったのはいいんですが、ACアダプターを忘れてきて、すけべ動画を5分ほど鑑賞したらバッテリーが無くなってしまったので、久しぶりに“じょるなだ”で書いているんですが、WindowsCEの“IME”は漢字変換がアホ過ぎぃ。。。で、テーマ自体はハード・バピッシュなんですが、サビの部分のハモリ具合は、特にトロンボーンの動きなんかはけっこうモーダルな感じがありますな。で、曲の構成なんかもわりと凝っておりまして、フレディ、なかなかやるじゃん。…といった感じです。で、ソロ先発はフレディです。かなりのアップ・テンポをもろともせず、モロ動画にも動ぜず、よどみのないフレーズを繰り出す様はなかなか立派なものだと思います。そんだけ。で、2番手はジミー・ヒースですね。いかにもこの人らしい無難な仕上がりだと思います。そんだけ。続くジュリアン・プリースターのソロは、言われなければカーティス・フラーかな?…と思っちゃうようなソロを繰り広げております。そんだけ。…って、今日はなんだか原稿を書いていても、ヤル気というものが心のウチから湧き上がってきませんな。ま、そういう日もありますよね。僕って根がネガティブだしー。で、ソロ4番手はシダーです。この人は手堅いですね。手形を乱発して不渡りを出したりしないキャラ。…と評価することが出来ようかと思いますが、嫌いな言葉は“不渡り”で、好きな言葉は“ありのとわたり”。そうして上手に世渡りをしていくという、そういう人ではないかと思われます。で、トランペットとドラムスの4バースがあって、テーマに戻って、おしまい。以上、元気ハツラツとしたなかなかの名演ではなかろうかと、かように思われる日永カヨー。…といった演奏でありました。

 2曲目の「クライ・ミー・ノット」はランディ・ウエストン作のバラードなんですが、いや、これは暗いですなぁ。3管のハモリ具合は実に重厚でモーダルなんですが、いかんせん、暗すぎます。特にジュリアン・プリースターのトロンボーンが陰鬱なムードに華を添えております。根がネガティブな僕は、聴いているだけで気分が落ち込んできちゃいますね。ブッカー・リトルがこの手の暗いハーモナイズド・バラードを得意としておりますが、それに触発されたフレディ・ハバードが剃髪して仏門に下って托鉢行脚。…といった感じの演奏でありまして、ま、聴きようによってはクールで知的で斬新なハーモニーである。…と評価することも出来ようかと思いますが、同じモーダル路線なら僕は3曲目の「ルアーナ」のほうを支持しますね。何というか、実にいい曲ですな。…としか言いようがないんですが、知的な哀感というか、素敵な伊予柑というか、不敵な痴漢というか、無敵なヨウカンというか、書いているうちにどんどんワケがわからなくなってきましたが、シダー・ウォルトンのピアノによるイントロから、3管ハーモニーによるテーマに至る流れが実に自然であります。で、特筆すべきはフィリー・ジョーのタイコですね。普通、モード演奏というとエルヴィン・ジョーンズのような、“ねちこい”ドラミングを連想するんですが、フィリーの能天気な叩きっぷりが演奏に“キレ”を加味しております。スインギーなモード演奏って、ありそうでなかなか無いんですよね。フィリーとハバードという組み合わせの妙でありましょう。で、ソロ先発はフレディです。モデラートな中庸テンポというのはこの人に限らず、フレージングに歌心が最も発揮されるのではないか?…というのが僕の持論なんですが、ごめんね持論。…って、ぜんぜん関係ないですね。ぜんぜん面白くもないしー。で、ここでのフレディのソロもとってもよく歌心が現れていて、いいと思います。続くジミー・ヒースのソロはいかにもこの人らしく、無難な出来ですね。で、ソロ3番手のジュリ・プリは息苦しげなトーンで人生の苦悩を表現しておりまして、とってもいいと思います。いいですよね、悲哀。個人的にはどちらかというと“卑猥”のほうが好きなんですが、そこからシダーのピアノ・ソロへと続いていく流れが、僕は好きです。いいですなぁ、シダーのソロ。全体的にソニー・クラーク的な“後ろ髪ひかれる思い”が感じられ、途中に一部、アラビックな荒挽きフランク的なフレーズも交えたりして、頑張っております。で、そこからラリー・リドレイのピチカート・ソロへとつながっていく流れも絶妙ですね。フィリーのドラミングもシャープです。で、セカンド・テーマ的なホーン・アンサンブルとフィリーのソロとの絡みで大いに盛り上がって、哀愁味に富んだテーマに戻って、おしまい。以上、実によくデケた1曲なのでありました。

 で、4曲目です。フレディのオリジナルで、「オジー・メエ」という曲です。これまた3曲目に続いて、キャッチーなメロディを持ったキャッチャーの矢野。…といったナンバーでありまして、3管のアレンジもよく出来ております。モーダルでいて、ファンキーな味わいもあって、ヒースのトーンがサムハウ・シームズ・パーティキュラリーで、マイナーなテーマとウェル・スーティッド。…というようなことが原文ライナーに書いてあるような気がします。で、ソロ・オーダーはフレディ→ヒース→ジュリ・プリ→シダーの順でありまして、琴にジュリ・プリのソロに関してはジェイ・ジェイの影響がうんぬん。…というようなことが原文ライナーに書いてあるような気がします。で、相変わらずシダーのソロが悪くありません。地味ながら逸材でありますなぁ。…と、僕は彼の才能を高く評価している次第でありますが、5曲目の「プレクサス」はそのシダーのオリジナルでございます。3、4曲目と同じく、浣腸はいちぢく、これまたキャッチーなナンバーですな。アンサンブル・パートとフレディのアドリブ風フレーズの絡み。…といった構図で成り立っておりまして、曲にぴったりフィットするフィリーのドラミングもさすがです。で、ソロ先発はジミー・ヒース。教科書的なこの人のフレージングはさほど評価が高くはないんですが、ここでの彼はわりとアウトな吹きっぷりでありまして、よいですな。こういう演奏を聴いていると、まったくもってアオダイショウはヘビだなぁ。…と思ってしまいますね。いや、書いている本人、まったくもって意味がよくわかりませんけど。ちなみに「プレクサス」という、あまり意味のよくわからないタイトルはヘンリー・ミラーの小説から取ったものだそうですが、いや、あれはなかなかいい小説でしたな。読んだことはありませんけど。で、ソロ2番手はジュリアン・プリースターです。ヒースのフレーズの流れをうまく継承しているな。…という気がします。…といったソロを展開しております。ぼくとつ(←そぼくの“ぼく”と、とつべんの“とつ”という字)と前衛がないまぜになったような独特の世界を展開する人でありますが、いや、WindowsCEの“IME”では“ぼくとつ”という漢字が出てこなくて、わかりにくい説明になっちゃいましたね。僕と津。…とか、ぜんぜん駄目な変換しちゃいますからね。で、ソロ3番手はシダーです。今までとはまったく違ったソロ・オーダーで、アルバム全体の雰囲気の変化を模索した。…ということなんだろうと思いますが、その意図は成功している。…と、僕は評価しております。で、4番手にフレディが出てきて派手に吹きまくって、5番手にフィリーが出てきて派手に叩きまくって、で、テーマに戻って、おしまい。以上、実によくデケた1曲なのでありました。

 で、ラストです。気分が乗らないなりに、何とか最後まで漕ぎ着けました。「アーモン・ジュニア」という曲なんですが、タイトルはインディアナポリスでピアニストとして働いているフレディの兄弟の名前なんだそうです。で、アルバムの最後の曲となると、書くことは毎回決まっておりまして、アルバムの最後を飾るに相応しい寛いだ演奏が展開されております。…と書いておけばそれでおしまいなんですが、この曲もだいたいそんな感じですな。テンポはミディアムで、3管のハモリ具合がなかなか絶妙です。ソロはフレディ、ヒース、プリースター、シダー、リドレイの順です。最後にきておなじみのオーダーに戻しましたな。ま、鳥肌を立てて聴くほど、とりたてて突出した演奏ではありませんが、アルバムの最後を飾るに相応しいリラックスしたムードには好感が持てますね。そんだけ。

【総合評価】

 いや、なかなかよいアルバムでありましたな。1、2曲目あたりまでは、まあまあかな?…といった程度の認識でありましたが、3曲目以降はなかなかの名曲・名演揃いではなかろうかと。それにしても今日は、「そんだけ。」の多い原稿でありましたな。そんだけ。


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