UP AND DOWN (BLUE NOTE)

HORACE PARLAN (1961/6/18)

UP AND DOWN


【パーソネル】

BOOKER ERVIN (ts) GRANT GREEN (g) HORACE PARLAN (p)
GEORGE TUCKER (b) AL HAREWOOD (ds)

【収録曲】

THE BOOK'S BEAT / UP AND DOWN / FUGEE
THE OTHER PART OF TOWN / LONELY ONE / LIGHT BLUE

【解説】

 先日、電車に乗って名古屋に行きました。苦痛でした。何がイヤって、暑いのが辛いですよね。カレーは辛いですけどね。ただ、僕の後ろにやたらバランス感覚の悪いギャルが立っておりまして、揺れるたびに僕のほうによろめいてきたり、腕をつかまれそうになった時には「電車って、ちょっとイイかも?」と思ってしまいましたが、それ以外にはいいことなど何もありませんでした。毎日電車で通勤されている皆さま、ご苦労様です。僕は冷房のよく効いたクルマで通勤しております。ブルマだとちょっぴり寒いくらいです。しかし何ですな。JRの桑名駅はいつの間にやら小綺麗になりましたな。桑名駅というのはJRと近鉄が同じ構内にあるんですが、JRのホームのほうだけエスカレータが付きましたもんね。ただ、自動改札になったのは近鉄のほうが早かったです。桑名駅は東口がJR、西口が近鉄の管轄になっているんですが、西口のほうは僕が高校生の頃から既に自動化されておりました。東口が自動改札になったのはつい最近のことです。どうやら自動改札の導入は関西系の私鉄が先行していたようなんですよね。…とまあそんなことで、今日は「自動改札」をテーマにお届けしたいと思います。どうでもいいけど「改札」と「猥褻」はちょっとだけ言葉の響きが似てますよね。ま、似ていると言ってもほんのちょっとだし、ホントにどうでもいいことなんですけどね。

 自動改札機をはじめて作ったのは立石電機なんだそうです。いや、もしかしたら違うのかも知れませんが、ま、当たらずと言えども遠からずということで、あまり細かいことを気にしてはいけません。立石電機というのは今でいうオムロンですね。ところでオムロンはどうしてオムロンというのか、知ってますか?僕は知ってます。立石電機発祥の地は京都の「御室(おむろ)」というところなんですが、その「御室」に感極まって「ん〜♪」という感嘆符が付けられたあげく、「御室、ん〜♪」となった。…というのがその商標の由来なんだそうです。知らなかったっしょ?いや、僕もつい先ほどオムロンのHPを見て、始めて知ったんですけどね。ちなみに三重県には「玉城(たまき)」という町があるんですが、もしそこが創業の地だったりしたら会社の名前が「タマキン」になっちゃうところでした。危ないところでした。で、日本で初めて自動改札機が導入されたのは阪急電鉄の北千里駅なんだそうです。いつのことかというと、1967年の3月だそうです。僕の生まれる1年ほど前ですな。ちなみに首都圏のJRで自動改札が導入されるようになったのは1990年のことらしいですね。中学の頃に東京へ遊びに行って、いまだに駅の改札におじさんが立っているのを見て「遅れてるぅ!」と思ってしまいましたが、それほど僕たちって進んでたわけなんだよねー。いや、桑名駅の東口にはずっとおじさんが立ってましたけどね。

 で、自動改札の歴史というのは「キセルとの戦い」の歴史なんだそうです。キセル。えーと…特に何も思いつかなかったので先に進みますが、語尾に「せる」がつく言葉というのは「ランドセル」くらいしかありませんもんね。ちょっとマニアックなところでは「カドミウム・セル」というのもあるんですが、これは何かというと光の強さによって抵抗値が変わる半導体素子でありますな。「マイキット150」に付いておりましたので、よく覚えています。これはいったいどういうところに用いられるのかというと、例えば「夜になると静かになる電子小鳥」とかには必要不可欠なデバイスですよね。電子小鳥というのは「ぴよぴよぴよぴよ」と小鳥のさえずりのような音が出ます。そんだけ。…というような実験だったんですが、カドミウム・セルが組み込まれているおかげで、夜になってあたりが暗くなってくるにつれて、音がだんだん小さくなっていくんですよね。そこはそれ、夜になっても「ぴよぴよぴよぴよ」と大きな声で鳴いてたりすると、近所にも迷惑だしー。で、例えば朝の10時過ぎにこの実験を始めた少年がカドミウム・セルの働きを確認するためには、夜の7時になるまで9時間ほどじっと待ち続けることを余儀なくされるわけでありますが、そこはそれ、当時のコドモというのは辛抱強かったわけでありまして。もっとも僕の場合は賢い少年だったので、「何もわざわざ夜まで待たなくても、“かどみうむ・せる”の上に手をかざして、じんこう的に暗いじょうたいを作ってやればいいんじゃないか?」ということに実験を始めて30分足らずで気が付きましたけどね。機転の利くコドモというのは、こういうところで真価を発揮するわけでありますな。で、こういう機転の利くコドモが成長した場合、必ずずる賢いオトナになるというのが常でありまして、で、こういうオトナが「ズルをして自動改札機を通り抜ける方法はないものか?」などと小賢しいことを企んだりするんですよね。で、まず最初に誰でも考え付くのが「子供切符で通れないか?」という方法なんですが、結論から申しましょう。通れます。

 おじさんが改札している場合、切符や定期券の持ち主が大人であるか子供であるかというのは、ある程度は判断がつきます。ま、世の中には妙におっさんくさい子供とか若作りしているおばさんとかがいて、一瞬判断に困ることもあるかも知れませんが、どう見ても40過ぎのおばはんがセーラー服を着て通学定期で改札を通ろうとすれば、怪しまれて駅員に呼び止められるであろうことはまず間違いありません。もし仮に、そのおばはんが40を過ぎてから定時制の高校に通うようになったとっても勉強熱心で感心なおばはんであるにしても、セーラー服を着ている時点でアウトです。が、自動改札機の場合、いくらテクノロジーが進歩したとはいっても、自分の隙間を通過しつつある人物が大人であるか子供であるかを判断するというところにまでは至ってないというのが実情のようでありまして。自動改札機が出始めた頃にはメーカーサイドとしても「体重や身長で子供を見分けることが出来ないものか?」といった野望を抱いていたようでありますが、結局のところ、うまくはいかなかったようです。結論を言うと、自動改札機自体には大人か子供かを見分けるような機能はついておりません。だから50を過ぎたおっさんが子供切符で自動改札を通ろうとしても何のお咎めもなく、フリーパスで、だいじゃぶです。少し話はそれますが、自動改札機の親戚筋にあたる自動販売機の業界では既に「大人を見分けるテクノロジー」というのを確立しておりますよね。例えばある種のビデオだとかおもちゃ関係などを取り扱う自動販売機の場合、「年齢確認装置」というのが取り付けられております。これはどのようにして年齢を確認するものなのかというと、自動車の運転免許証を使うんですよね。子供は免許を取れないということを利用して、「免許を持っている大人である」というロジックによって、それらの商品に悪い影響を受けるおそれのある健全な青少年を排除する仕組みになっております。この装置が付けられるようになったばかりに、まったく自分でクルマを運転する気などなかったにもかかわらず、免許を取ることを余儀なくされたおじさんがどれほどいることでありましょうか?

 …といった問題もありますので、この方法をそのまま自動改札機に応用するというわけにはいきません。鉄道網が発達している都市部ほどクルマの免許を持っていない人の割合も多いでしょうし、それになにより面倒です。なんだか調子悪いんですよねぇ、「年齢確認装置」って。ちゃんと免許証を入れているにもかかわらず「販売不可」のランプが付いちゃうことも稀ではなく、そういう時は思わず「蹴り」を入れたくなっちゃいますよね。調子が悪いと言えば、この手の自販機はお釣りが出る機構にもかなり問題があります。ある種のビデオだとかおもちゃ関係というのは決して安いものではないので、この手の自販機は1万円札が使えるようになっているんですが、そのお金を挿入する口とお釣りが出てくる口とが共用になっているんですよね。そこのところのメカニズムが複雑で難しいからなのか、お釣りが出てこないということがよくあります。「うぃーん、うぃーん、うぃーん」とモーターの音がして、なんとかそこから千円札を排出しようと努力している形跡は窺えるんですが、諦めが早いんですよね。もう何と言うか、諦観しきっております。5回ほど「うぃーん、うぃーん」とチャレンジしてみて、それでいて千円札が排出不可であると判断されると、「ま、いっかぁ。」と簡単に諦めてしまって、それっきり。後は知らん顔をして、新たなる1万円札が挿入されるのを待つばかりです。「俺の6000円、返せぇ!」…とドンドン機械を叩いて見ても、まったく何の反応もありません。根性が座っているというか、何というか。。。こちらには「すけべビデオを買ってしまった。。。」という引け目があるので、まさか警察に文句を言いに行くこともあるまい…と見透かした上での確信犯としか思えないほどよく壊れる自動販売機でありまして、…って、何だか書いているうちに思い出して不愉快になってきましたので、今日はおしまいっ。

 

 ということで、そんな夜には心を落ち着かせて古いジャズにでも耳を傾けましょう。あ、自動改札機の「子供料金問題」なんですが、その対策というのは至って簡単であります。自動改札機には自分の隙間を通っている人間が大人であるか子供であるかを判別するだけの才能はありませんが、挿入された切符が大人用であるか子供用であるかというのは簡単に見分けることが出来ます。そして子供用の切符であると判断した場合にはランプが付けるなり、ブザーを鳴らせたりするくらいの器量は持ち合わせております。で、おじさんが子供切符で改札を通ろうとして「ぴかっ」とランプが点灯すれば、駅員さんに呼び止められることになります。何のお咎めもなく通過できるが、通過した後で駅員さんに叱られると、そういうシステムになっているわけですね。同様に自動改札機のバーの上を背面跳びで飛び越えたり、バーの下を匍匐前進で潜り抜けようとした場合にも、自動改札機は無事に通過することが出来たとしても、その後で駅員さんに捕まることになります。結局のところ、最後の砦はおじさんに任されることになるんですよね。ああ、おじさん、フォーエバー。ということで、ホレス・パーラン。彼の場合は何と言っても『アス・スリー』が人気ですよね。ある種のおもちゃの中には“Ass Hole(アス・ホール)”と呼ばれるものがあって、一部のマニアの間では人気が高いそうですが、それはともかく。『アス・スリー』以外にも彼がブルーノートに残したリーダー作には傾聴に値するものが少なくありませんよね。時系列的に見ていくと、まずトリオによるものが2枚あって(『ムーヴィン・アンド・グルーヴィン』『アス・スリー』)、続いてトミーとスタンリーのタレンタイン兄弟をフロントに据えたものが2枚(『スピーキン・マイ・ピース』『オン・ザ・スパー・オブ・ザ・モーメント』)、で、トリオにコンガを加えたものを1枚挟んで(『ヘディン・サウス』)、その次がこの『アップ・アンド・ダウン』ということになります。フロントを飾るのはブッカー・アービン&グラント・グリーンです。バックを固めるのパーラン、ジョージ・タッカー、アル・ヘアウッドという、不動の“アス・スリー・トリオ”でございます。もう、メンバーを見ただけでワクワクしちゃうよね?…ということで、では1曲目から聴いてまいりましょう。

 「わくわく」と言えばもうかなり前のことになりますが、僕が大垣にある「北部水源」というところに行かされることになって、たまたまそこに居合わせた配管職人A(60歳)と配管職人B(59歳)に道順を尋ねたことがありました。「北部水源?ああ行って、こう行って…、ここんところにボーリング場があったなぁ?何ていう名前やった?北部ボウルぅ?」「ほぉ。」(配管職人Bのいかにもテキトーな相槌。)…ということだったので、僕は「北部ボウル、北部ボウル…」と頭の中で繰り返しながらクルマを走らせておりました。で、言われたところには確かにボーリング場があったんですが、それは北部ボウルではなくて、わくわくボウルという名前でありました。北部水源の近くだから北部ボウル…って、何て安直な記憶力っ!…と思ってしまいましたが、ま、高齢者の言ったことですんで大目に見なければなりませんね。無事、北部水源の場所も分かったことですしね。

 ということで1曲目は「ザ・ブックス・ビート」です。曲名に「BOOK」が付いてることから、おそらくブッカー・アービンのオリジナルではないかと思うんですが、なんせ中年の記憶力ですんで、もしかしたら違うかも知れません。で、調べてみたところ、あ、正解でした。僕もまだ捨てたものでもありませんね。で、曲自体はとってもシンプルなブルースです。テーマ部はギターとテナーのユニゾンによる呼びかけ→リズム隊の応答→呼びかけ→応答→呼びかけ→応答→呼びかけ→応答→そして全員で合奏、そしてそれを2回繰り返す。…というパターンになっております。で、その後にアービンのソロが続きます。彼特有の、幾分投げやりなフレージングがよいですな。吹けば吹くほど調子に乗ってきて、しまいには名古屋弁で言うとことの「ちょーすいとる」といった状態になっちゃうのはいつものことです。これはまあ一種の風土病のようなものだと思われますので、諦観するより他に手立てはありません。続くグリーンは「ブルース弾かせりゃ、さすが。」といった感じですね。彼のホーン・ライクなプレイというのは僕はけっこう好きです。アービンのイッちゃったソロに比べれば全体的に抑えたタッチではありますが、4分12秒から約22秒間に渡り、延々と同じフレーズを繰り返すという病癖を露呈しております。このしつこさこそがブルースなんだよね。…と、僕は彼に対して好意的なんですが、人によっては「しつこい。」の一言で切り捨てられちゃうかも知れません。で、続くパーランのソロも彼らしいです。ちょっとくぐもったようなピアノのタッチがブルースなんだよね。…と、僕は彼に対しても親切なんですが、「人に対して親切に、規律守りて正直に。」…というのは日進小学校の校歌にも歌われた精神ですからね。で、パーランのブルース魂はジョージ・タッカーのウォーキング・ベースがあってこそだと、僕は影で地道に頑張っている人に対しても正当な評価を下しているわけでありますが、そのジョー・タツの上達したピチカート・ソロも聴くことが出来ます。いや、彼のベースはその筋の人が聴けば、「音、ハズしっぱなし」なんだそうですが、それがジャズなんだってば。…と、僕はあくまでも寛容なのでありました。以上、各自の持ち味が存分に発揮されておりまして、曲そのものは今ひとつぱっとしませんが、演奏のほうは完璧だったと思います。

 はい2曲目。アルバム・タイトル曲の「アップ・アンド・ダウン」はパーランのオリジナルですね。冒頭、タッカーのピチカートが黒いです。さすがです。で、アービンの吹くテーマも黒いです。ダーティな魅力に溢れております。“”と“”のあいだを揺れ動くようなテーマからその名がついたそうでありますが、そんなことはどうだっていいです。僕はこれがもし、「アッペ(盲腸)とタ○キン」というタイトルだったとしても、それはそれでかまわないと思います。いや、自分でも言ってる意味がわかりませんけど。要はタイトルの意味なんかじゃなく、盲腸の手術の時に剃毛されたりすると、タマ○ンのあたりが涼しいだろうなぁ。…ということが大切なんですよね。…って、ますます意味がわからなくなってきましたが、ソロ先発のグリーンがいいですね。もう、ノリノリです。彼のソロに関して言えば1曲目よりもずっといいですね。…というほどでもないんですが、ま、悪くはない出来ですよね。で、続くアービンがいいです。もう、最初からノリノリです。フレージング自体はそれほど無茶をやってるわけでもないんですが、それでも一聴して彼と分かる、ずば抜けた個性は立派だと思います。いや、好き嫌いは別にして。僕は好きですけどね、アービンと尿瓶。で、パーランのソロもいいと思います。…と、付け足しのように書いておいて、さ、次ですね。

 3曲目の「ファギー」は6/4拍子のブルース。「この数ヶ月、ジョージ・タ ッカーは作曲に入れ込んでるんだ。」…とパーランは証言しておりますが、入れ込んでいるわりには普通のブルースだなぁ。…といった気がしないでもありません。ベースのピチカートで始まる導入部はなかなかイイ感じなんですけどね。で、一聴するとわりと普通のブルース風ではありますが、よく聴いてみると、わりと手が込んでないこともないブルースといった感じでありまして、タッカーの入れ込み具合もまんざらではなかったな。…という感慨に耽る程度のことは可能ではないかと思います。で、ソロ先発はパーランなんですが、「アス・スリー」でのプレイを思わせるようなフレーズの展開もあって、とってもいいと思います。黒いです。続くグリーンは緑です。アービンは相変わらずです。バックで聞こえるタッカーのピチカートが強力無比ですな。自身のオリジナルだけあってちゃんとソロ・スペースも用意されておりまして、アル・ヘアウッドとの絡みもよくて、心の底からグルーヴィ。…といったナンバーでありました。

 はい4曲目です。今日の後半はシンプルです。このところ無駄に後半部分が長かったですからね。「ジ・アザー・パート・オブ・タウン」はグリーンのオリジナルです。とっても緑だよね。…と、みどレンジャーも言っておりましたが、僕もその意見には同感です。みどレンジャーごときと意見が同じというのは、何だか冴えない話ではありますが…って、そういったみどレンジャー差別的な発言はよくありませんね。みどレンジャーだって頑張って生きているわけだし、まだ経験が浅くて技量が未熟な様は「駆け出し」。相撲でまわしが取れるのは「もろ出し」。ストリップで特別によく見せてくれるのは「特ダシ」で、あとは、えーと…かつお風味のほんだし。あ、最後はわりと普通でしたね。で、これまたディープでアーシーなブルースでありまして、聴いてるだけで呼吸困難に陥りそうでありますが、ソロの先陣を切るグリーンのプレイはさすがでありますな。「グラントの腕の見せどころって感じだね。まさに彼の導独擅場さ。」と、原文ライナーでパーランが典型的な原文ライナーの日本語訳口調で語っておりますが、ゆったりしたテンポにあって、いきなり飛び出す2分45秒から約18秒間に渡る反復フレーズが凄いですね。その後、何もなかったかのように平然と元のタッチに戻ってソロを続けるところも凄いです。全部で11分40秒もあるから、グリーンのソロだけでも相当に長いですね。ちょっぴり飽きてきたところで、いいタイミングでパーランにタッチされました。ここでの彼は原文ライナーでレナ・フェザが指摘しているとおり、どちらかというとシンプルなスタイルでソロを取り始めております。が、グリーン同様に得意としている反復フレーズを効果的に用いて次第にグルーヴを高めていくところはさすがですね。で、ソロ3番手はアービンです。この人にこのようなダウン・トゥ・アースな素材を与えてはいけません。まさに鬼に金棒、ひなのに肉棒、あ、例えがストレート過ぎましたね。とにかく、その「くどさ」により一層磨きがかかって、息詰まるような身欠きニシン的なプレイを展開しております。で、ジョー・タツのピチカート・ソロがあって、おしまい。さ、残るところあと2曲です。頑張りましょう。

 「ロンリー・ワン」はバブ・ゴンこと、バブス・ゴンザレスの作った失敗作 であります。僕の大好きなアルバムにジョニー・グリフィンの『ザ・リトル・ジャイアント』があるんですが、あの中でこの「ロンリー・ワン」の演奏だけは今ひとつでしたからね。以来、僕はこの曲にあまりいい印象を持っていないんですが、ホレス自身は「特にこの曲は、昔から僕のお気に入りでね。レディー・デイのために書かれた歌らしいよ。そうさ、この曲には歌詞も付いている。彼女はレコーディングもしたみたいだけど、リリースはされていないんじゃないかな。」と、かなり馴れ馴れしい口調で語っております。そう言えばこの曲を誰かが歌っているのを耳にしたような覚えもありますな。どのアルバムでしたっけ?…と思って調べてみたところ、えーと…わかりませんね。この曲は誰も歌ってはおりません。で、グリフィンはこれを速いテンポでやって、結果として失敗しました。人のふり見て、我がふり直せ。(意 : 人がフリチンなのを見て笑っていたら、自分もフリチンだった。慌ててぱんつを穿いたことだなぁ。。。)ここでのパーランは原曲どおりにバラードでやっております。アービンがストレートにテーマを歌い上げます。悪くないんですよねぇ、アービンのバラード。何だか人間の哀しみの根元に触れたかのような感じがして。ただ、テーマを吹くところまではいいんですが、ソロに入ると途端にくどくなってやりきれないところがネックなんですよねぇ。。。ただここではアービンがテーマを吹いた後、ただちにパーランのソロになって、続いてはグリーンのソロで、結局のところアービンは後テーマになるまで登場しませんで、それが結果「良」と出ましたね。さすがはパーラン、ミンガスのワークショップで同じ釜の飯を食っただけのことはあって、よくわかってますね。ということで、さ、いよいよラストです。

 「ライト・ブルー」。これはトミ・タレこと、トミー・タレンタインが作曲した名曲でありますな。いかにも日本人好みのマイナー・チューンでありまして、確か彼の弟のスタ・タレも録音を残していたのではなかったかと思われますが、ここでのアービンはそれを意識してか、かなりオーソドックスな吹きっぷりになっているところが面白いですね。あははははは。えーと、調べてみたらスタ・タレは『ザッツ・ホエア・イッツ・アット』というアルバムでこの曲を取り上げておりまして、これは1962年1月の録音なのでパーラン版のほうが半年ほど早いということになりますね。アービンはタレンタインのプレイはまったく意識しておりません。おまけにオーソドックスだったのはテーマ部だけでありまして、アドリブ・パートに入った途端、「今までの君はいったい何だったんだ?」と思わずにはいられない、いつものアービン節、バリバリ全開っ!…といったプレイに戻ってしまっております。哀愁を帯びたテーマとかそういったことはまったく関係なく、この人はただ自分がやりたいように楽器を吹いているだけなんだね。…と、ちょっぴり哀しい気分になってしまいますが、ま、それがアービンのアービンたる所以なんですけどね。で、続いてグリーンとパーランのソロになるんですが、こういったストレートなハード・バップ曲になってくると、このヒトたちはちょっぴり場違い?…といった気がしないでもありません。もうちょっとコテコテした曲のほうが彼らの持ち味が発揮されるような気がしますね。根っからのソウル派、略して根ウル派ということなんでしょうか。それに対してジョージ・タッカーのピチカート・ソロはよいですな。力強くて、それでいて哀愁があります。土建屋的です。で、印象的なテーマに戻って、おしまい。今日は以上です。

【総合評価】

 悪くないですね。いいです。ただ、メンバー全員が相当のくせ者揃いでありまして、ぎゃる受けしないことだけは確かです。


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