風の吹く草原。

魔法の森の奥に少しだけ開いたその空間の入り口に一人の少女の姿があった。

真っ白な肌に薄いピンクで統一された長いワンピースドレスと、鮮やかなリボン。片手には分厚い魔法書のようなものを抱えている。

見たままの通り体の弱いパチュリーだが、今日はある地点からここまで歩いてやってきた。

ゆっくり歩いてきたため持病の喘息も無く、軽くあがった息を整える。

「…ふぅ…。」

しばらく風を感じ、空を見上げる。

雲ひとつ無い綺麗な青空。外に出ることなど稀もいいところ。

日陰の少女と謳われる程青空の下に姿を晒すことのない彼女の、一年に一度のお出かけ。

ゆっくりとその草原に足を踏み入れる。まだ真上にある太陽の日差しは森の木々の遮りから開放されパチュリーに燦々と降り注ぐ。

草原の真ん中にある小さな石のところまで行くと腰を下ろし、ゆっくりと撫でた。

しばらくそうしていると背後に何かの気配を感じ、身構えて振り返る。

「こんにちは。何度見ても慣れないわね、日の下であんたをみるのは。」

しかし、声の主はまったくの無防備な様子でこちらに近寄ってくる。

「そうね、私もそう思うわ。」

構えをとき、少し笑いながら紅と白の巫女服を着た女性に返事を返した。

 

しばらくするとアリスが姿を現し、それを皮切りに様々な姿を見ることが出来た。

日傘を差した姉妹とそのお側役。

亡霊の姫とその従者。

永遠の姫とその付き人、また同じ運命を持つ永遠人。

黒猫とその主、またその主。

普段はいがみ合う仲の者もこの日この場では鎮め、皆思い思いに振舞う。

数刻後。

「じゃ、そろそろ行きましょうか。」

パチュリーの一声でその場の行動が変化した。

流れは森のパチュリーが歩いてきた方向へ向かう。

一番最後を歩くパチュリーが皆が去り行く草原を振り返り、呟いた。

「もう何年になるのかしらね…20からは覚えてないわ。」

 

皆が辿り着いたのは…少し不自然に開いた森の中の空間。

パチュリーが全員の先頭に立ち、首から提げた鍵を取り出す。

低い詠唱の声と供に光が辺りを包み…結界が姿を消す。

目の前に現れた…小さな家。

玄関のところまで歩いていく。立てかけてある箒を見、戸を開けて中に入る。

いつまでも変わらない、生活感溢れる匂いと雰囲気。

しかし…主無きその家。

霧雨邸。

 

パチュリーは皆と離れて別の部屋に居た。

この部屋の主であった少女が愛用していたであろうゆったりとした椅子に身を預け、何を考えるでもなくゆらゆらと揺られている。

コンコン。

扉を叩くノックの音。しばらくの間を置いてその扉がゆっくり開いた。

開いた隙間から騒ぐ声や物音が聞こえる。

「パチュリー、準備できたわよ。」

姿を現したのは霊夢だった。広間では今皆の晩餐の準備が行われている。

「主役…じゃないわね。準主役が来ないとはじまらないし。」

「…いつもいつも、準備だけさせちゃって申し訳ないわ。」

「気にしない気にしない。」

霊夢が部屋の中に足を踏み入れる。扉が閉まると喧騒が止み、また静寂が訪れた。

「…純血の魔法使いを差し置いて最強の魔法使いとなった彼女でも、最後はあっけないものだったわね…。」

もし共に歩んでいたら彼女はどう成長していたのだろうか。であったときよりその背丈を伸ばし成長した姿の霊夢を見て呟く。

「…私達は一応人間だもの。姿すらほとんど変わってないあなた達とは違うわ。」

最後まで人間であることを誇りに思い、それを貫き通した。

そんな気丈な彼女を好きになり…愛した。最後まで彼女は彼女のままだった。

 

原因は最後までわからなかった。ただ、気がついたときにはもう全てが遅すぎた…。

 

 

 

『…ねぇ、顔色悪いみたいだけど…最近ちゃんと寝てるの?』

―当たり前だ。ちょっと疲れてるのは確かだけどな。

 

数日間、それから魔理沙は姿を現さなかった。

 

 

『なんで…もっと早く言わなかったのっ!!!』

怒鳴るアリスの声。隣に居たパチュリーすらその声に圧倒された。

―自分の事は分かってるつもりさ。私だってそこまで莫迦じゃあない。

『だったら…だったらなんで!』

―分かってるさ、治らない事もな。

 

パチュリーが隣にいるにもかかわらず大声で泣き崩れるアリス。

ぐらぐらする頭をなんとか抑え、パチュリーは考えていた。

最後まで諦めない。彼女もそのはず。私にできることは…。

 

『本当に…?』

―あぁ…認めたくは無いけどな。

いつもの調子でいつものおどけたセリフ。

霊夢も何と言って良いか分からない様子で窓の外を見る。

『私が、血を吸って魔理沙を殺せば…一緒になれるんだよね!?』

魔理沙と霊夢に会い、外の世界を知ったフランドール。

魔理沙に直線的な好意をぶつけよく懐いていた。

―はは…嬉しい申し出だがそれは無しだ。私は人間だ。それを誇りに思ってるからな。

駄々をこね、泣き叫ぶフラン。咲夜とレミリアは気が気ではなく、なだめるのに必死だった。

暴れられては自分達の身すら危うい。

魔理沙の膝の上で泣きつかれた寝顔を見せていたのが印象的だった。

 

『治す方法、無い事は無いんだけど…』

―おっと。永遠に生きたい訳じゃないからな。それは無しだぜ?

月の従者からのかくまいから開放されるきっかけを貰った二人。

―蓬莱の薬…興味はあったけどな。

『珍しい人ねあなたも…それだけの力を持ちながらもう満足したの?』

―誰が。まだまだ知りたい事もたくさんあるし探したいものだって山ほど有るさ。

『じゃあ、どうして…』

椅子から立ち上がり、窓を開ける。涼しい風が室内の空気を入れ替えてくれる。

―死を捨てた人は人じゃなくなるからな。

『あら、それは私達がそうだと分かってて言ってるのよね?』

―妹紅が言ってたぜ。自分でな。

悔しそうな輝夜の顔と終始俯いていた永琳が気になった。

 

『私の従者になるー?』

ぽやっとした笑顔。

―はは、それも楽しそうだけど遠慮させてもらおう。私は死んで白玉楼にとどまるつもりは無いからな。

幽々子の表情が少し暗くなる。

『…まだお花見し足りないんだけどねぇ…』

『幽々子様!』

『やぁねぇ、冗談よ、冗談。』

マイペースだがどこか表情はいつもの笑顔じゃない幽々子と妖夢。

 

『愛されてるのね。』

この3日間、静かだったこの霧雨邸が賑やかなことこの上ない。

にぎやかと言っても、内容は歓迎できることではないが。

―なんだ、嫉妬か?

くくっ、と笑う。からかってる時の彼女のしぐさ。

『だ、誰が…!』

―私がパチュリーの立場だったら間違いなく嫉妬するけどな。

『…』

顔が真っ赤になるのが分かる。ずるい。いつも思う。けどそれに弱い自分がいる。

嬉しいのだが口には出さない。出さなくても伝わるから。

『…ごほん。』

一つ咳払い。まだ顔は熱を持っている。窓の外は暗く、もうとっぷり日は暮れている。

『…思い当たる節は?』

―私だって人間だ。いくら魔力があろうと魔法の技術が高かろうと不死の病とかは治せないさ。

『治す方法は?酷くなる前に図書館からあれこれ大量の本持って行ったでしょう。』

―色々調べた。けど魔法でもどうにもなるものじゃないらしいな。

『…治せるのは、蓬莱の薬…だけ?』

―そういうことになるな。

しばらく重い沈黙が落ちる。

―…すまないが、私は人間を辞める気はない。私は私のままだ。

『分かってるわ。私も魔理沙のそういうところを好きになったんだから。』

―…ありがとう。そしてやっぱり、すまない。

『謝らないで…私だって……色々教えてもらった。

正直、妖怪の私がこういう形の楽しい思い出なんて持つとは思わなかったけど…。』

―そういう悲しい気持ちも、教えちまったな。

『…う…っく、わた…私…でも、こっ…こういうのも…』

魔理沙が無言で手を広げる。穏やかな表情。

耐え切れずに思いっきりその胸に飛び込む。

―…ほら、泣けよ。私しか居ない、遠慮しなくていいぜ。

いくら泣いたか覚えて居ない。恥ずかしげも無く、私が私として存在してから初めてここまで泣いた。

しかも他人のことで。自分でも驚いたが…止まらなかった。

 

『ねぇ…起きてる?』

大きくない魔理沙のベッドだが小柄な二人が一緒に寝るくらい差し支えない。

―あぁ。

『いつから?』

―…一月半ほど前だな。気がついたのは一月前だが。

『本当に治らないの?』

―…治るんだったら黙って治してるさ。

沈黙。ふと、思った。

魔理沙はいつもいたずらやくだらない事にその力を惜しみなく注ぐ。

ゆえに、騒ぎの中心には大抵いるのだがこの広くない幻想郷。

みんななんだかんだでその騒ぎに乗り、一種の楽しみとしてすごしてきた。

やはり、愛されているのだろうと。

『ねぇ…魔理沙、やっぱり…』

―パチュリー。

少し強めの言葉で遮られる。弱気になった自分を恥じ、目を閉じる。

『ごめん。…でも…怖くないの?ほらその…死ぬの。』

―怖くないわけないだろう。

少し苦笑交じりの声。

―だが私は人間だ。パチュやレミリア達と違って長く生きるものでもなければ輝夜や永琳みたいに不老不死でもない。

 …いつかはやってくるものさ。

『…もう会えなくなると思うとどうしようもなく悲しくなるの、初めて…。』

―はは…。困ったな。初めて会ったときは殺されるかと思ったけど。

『だって…』

懐かしい話をすると止まることを知らない。

静かな寝息が聞こえたのはカーテン越しに上った太陽が輝きだしてからだった。

 

5日後。

―もう体が動かないと着たもんだ。

『…』

ベッドに横たわり力なく笑う。

―最後になるかもしれないがな、お願いがある。

最後。その言葉に反応してびくっと体を起こす。

―その机の引き出しを開けてくれ。一番上だ。

言われたとおりにあけると、小さなハート型のアクセサリーが入っていた。

持ち上げるとチェーンも付いてくる。長さ的にネックレスだろう。

―プレゼント。同時にこの結界の鍵だ。私が…その、死ぬとこの家は消える。

封印されるようにした。時間が止まって今のままの状態が維持される仕組みだ。

話を聞きながら元のベッドの横の椅子に座る。

―この家の中のものは全てパチュに任せる。…パチュに貰って欲しい。物は貰っていくも、誰かに上げるも。

煮るなり焼くなり好きにしてくれ。飽きたらそのままにしてもらって良い。

長い年月を生きるんだ、色々変わる考えもあるだろう。

ペンダントを握り締め、ゆっくり首をふる。

―…後、キスして欲しい。もう自分で体が動かせないんだ…。

その時自分で涙を流している事に気が付いた。ぬぐうことはせず、そのままゆっくりと魔理沙の顔に自分の顔を近づけ…。

 

 

「…ん…」

段々と意識が覚醒してくる。

いつのまにか眠っていたのか。よく覚えてないが夢のせいか、寝ていた魔理沙の枕がぬれ

ていた。頬を拭う。

宴会騒ぎの途中から記憶が無い。誰かが運んできてくれたのだろうか。

かろうじて夢の最後の方だけおぼろげに覚えていた。

年一回、魔理沙の居なくなった今日の日にこうして集まり、騒ぐようになったもののパチ

ュは魔理沙の書斎を兼ねた倉庫の一室のみ封印したままにしてある。

魔理沙の生きた証と影での想像できないほどの積み重ねられた努力のカタチ。

普段見ることのない彼女の一面を色濃く表したその部屋は彼女だけのものになっていた。

部屋を出て客間に足を向ける。

と、振り向き逆側の廊下の先を見る。暗くてよく見えない。が。

―…サンキュ。

確かに、笑顔と共に声が聞こえた気がした。愛しい人の。

「…。」

ふっ、と笑顔を返し。

次の季節へ。共に歩く人はもう居ないけれども。

いつまでも忘れない、彼女の証を胸に掲げて。

 

 

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