「ふぅ…」

広いヴアル図書館の数あるテーブルの一つ。

咲夜が置いていった紅茶を一口含んで、図書館の主であるパチュリー・ノーレッジは小さくため息をついた。

先ほどまでのやり取りを思い出し、頬杖を付いたまま視線は宙へ。

本を勝手に持っていかないでよ。

あぁ。

聞いているのか居ないのか。視線は手元に開いてる本に。

ふと思い出す、いつもの言葉。いつものやり取り。

最後は、結局持っていかれてしまう。が、返って来る事は稀かというとそうでもない。

本当に大事な本や読むつもりだったものはしっかりと返してきてくれる。

かと思うとあまり必要なさそうな本はほとんどかえってこない。

返って来るのは大抵彼女の中から興味が失せたとき…かつ、量がありすぎて自室を圧迫したとき。

別に持っていくのは構わない。だから特に追求もしない。

口には出さないが、前提として相手が彼女…霧雨魔理沙ならば。なのだが。

 

〜春の風〜

 

「…はぁ。」

またため息が漏れる。

本来なら彼女の家に行ったりして、みたことの無い本や蒐集品を手にとって見てみたい。

そうすれば図書館の本だってそれこそいつでも持って行っていいし、必要な時に自分も見ることが出来る。

…別に禁止されているわけではない。むしろ魔理沙には何時でも家に着て良いとは言われている。

しかし図書館から出ることは滅多に叶わない。

普段は精々紅魔館の周りに出るくらいであり、優れない体調と強くない体のせいで随分と行動が抑制されてしまうからである。

別にそれを知って、来れないからと魔理沙が言っているのではないのは十分に分かっている。

実際、彼女の箒の後ろに乗せてもらって連れて行ってもらったことは何度でもあるし、道も位置も覚えた。

曰く、研究に没頭して奥に篭っていると気がつかないらしく、玄関の扉の開け方も教えてもらった。

すべては自分のせい。外に出たいとこんなに強く思ったのは初めてで、だからこそ余計にこの体が妬ましい。

もっと体が強かったら。体調がよかったら…。

人間の生きる時間は自分達が生きる時間に比べれば遥かに短く。

だから、もっともっと彼女と過ごせる時を大切にしたい。出きる限りの時間を過ごしたい。

…ふと思う。

何故、ここまで彼女に…霧雨魔理沙に惹かれるのか。

普段なら相手にするどころか、気にも留めない人間という弱い種族。

咲夜のように妙な力を生まれ持ったわけでもない、ただの人間。

目にしたものが居るわけではないので真実は定かではないが、魔理沙の能力…魔力は先天的なものも多少なりともあったようだが、

大部分は知識として蓄え試行錯誤と努力の結果培われたものらしい。

彼女にそれとなく聞いても笑って軽く否定されて流されるだけだが。

人間とは思えない魔力の大きさ。

自由気ままなその姿。

仲間を大切にする思いやり。

明るい笑顔。

しかし時々見せる寂しそうな表情。

考え出すとキリがなく、やがてその思考は堂々巡りを始める。

既に文字をただの記号としか認識していない本を閉じ、机に突っ伏す。

初めて会ったあの日。

突然進入してきて何事かと思っていたら後日、再び現れた。目的は本。

最初は来るたびに追い返そうと試み、尽く失敗。

下手に本を持っていかれるよりはと思い、一部を制限付きで開放。

それ以来定期的に訪れては本を漁り、時々話をして、結局読みきれなかったと言って本を持っていかれる。

気がつけばパチュリーと一緒なら自室に居る事も珍しくなくなっている。

そういえば最近話をする量が増えた。いつからだろうか。

永夜の時?宴会騒ぎの時?

いや、おそらくは…春。

咲夜が館を数日留守にした後、その時一緒に行動していた魔理沙に話を聞いた時からか。

思わず苦笑した。やっぱりしっかり覚えている。

その時一緒に居た紅白の巫女…霊夢の名前は良く彼女の口から出てくる。

同じ人間であり気が許せる仲間であるからだろう。霊夢を上回る力をつける事が目標だと言っていたのを思い出した。

仲が良いのね…。その時はそう言ったが、何故か少し気分が重かった。

次から次へと浮かんでくる思考はすべて魔理沙の事。

頭を大きく振り、顔を上げる。窓の外を見るといつの間にか日が落ち、薄暗い図書館にも淡いランプが灯っていた。

頭の中がひどく混乱していて何がなんだかよくわからない。

一度頭を冷やそうと思い席を立つ。扉の前に立ち、振り返ると丁度小悪魔がパチュリーのカップを下げようとするところだった。

「…次は、冷たいのをお願い。すっきりできるようなのをね。」

かしこまりました、と笑顔で一礼し小悪魔は図書館の奥に姿を消した。

後ろを向いていたせいだろか。

僅かな図書館の扉の動きに気がつかなかった。

「…よっ。」

不意に開いた扉。

「っ…!?」

いつも彼女の訪問は急ではある。が、パチュリーはずっと考え事をしており…しかもその考えていた対象が急に目の前に現れた。

その一通りの出来事は彼女の頭を真っ白にさせるに十分な事だった。

いつもなら『なに、また来たの?』なる言葉が飛んでくるはずなのだが、目の前で口をぱくぱくさせているパチュリーの姿に魔理沙は思

わずこみ上げた笑いを堪えられなかった。

「ははっ、どうしたんだ。そんなに慌てて。…都合悪かったか?」

魔理沙とて同じ魔女として研究中等に急に来られるとためらうことがある。

…最も、そういう場合の多くは失敗した時の事なのだが。

「…な、なんでもないわ。」

体を翻し図書館の中へ戻るように足を進める。

と、何かが引っかかった。頭を後ろに向け、魔理沙の姿を見る。

さっきは驚いていたのと、図書館の明かりをパチュリーが遮りその影で魔理沙の姿が良く見えなかったが。

「…服、濡れてるようだけど?」

黒と白のエプロンドレスが水を吸ったような色に変わっている。

「これか?んー、雲はなかったはずなんだけどなぁ。途中通り雨にやられたんだ。」

ちょっと重いぜ、と冗談っぽく笑う。

パチュリーは一つため息をついた。

「まったく…乾かさないと風邪引くでしょ。ちょっと部屋に来て。」

「あぁ…悪いな。」

足を奥の自室に向けるパチュリー。そしてそれに続く魔理沙。

「別に…本とか濡らされても困るし。」

何故だろう、パチュリーは少し照れているような自分を感じた。

少し歩みを早め、部屋に向かった。

 

 

濡れたエプロンドレスとスカートを脱ぎ、パチュのベッドに身を投げると柔らかい弾力が体を包んだ。

「中までは濡れてないみたいね。」

手にした服は水分を含んでいて結構な重みを感じる。が、不思議なことに魔理沙の下着等には水の後や濡れている形跡が見られない。

「そりゃ通り雨だからな。それくらいの、体くらいは守るようにしてあるさ。」

そういいながら、早速枕元に積んであった本を手に取り読み始めていた。

真っ白な薄手の下着とドロワーズだけだが全く気にしないようでベッドに転がりながらページをめくっている。

「…今度その方法を聞いて見たいものね。」

そういうところに着目し、方法を探るあたり彼女らしい。苦笑しながら部屋の前に待たせておいた小悪魔に魔理沙の服を預けた。

少し嬉しそうな小悪魔の笑顔が気になる。

部屋の扉を閉め、ゆっくりとベッドに近づく。

本を読んでいるときの魔理沙は無防備というかその集中力ゆえあまり周りを気にしないため、静かに彼女の肢体を眺めてみる。

箒にのってあの速度で常に移動をしなければならないためかなりの力を要するはずなのだが、魔理沙の腕や足には無駄な肉が無いどころ

か、ともすれば簡単に折れてしまいそうなほど細い。

その白い首元に、ゆっくりと指を伸ばし。

パンッ!

魔理沙の手前、常に張ってある魔理沙を守る魔力の膜に触れ、真っ白な光がはじけ飛んだ。

風圧でお互いの髪が軽く揺れる。

「なんだ、私を殺したいのか?」

特に気にするでもなく本から顔をあげ。

「まさか。これくらいで死ぬとは思ってないわ。」

人差し指でくるくると宙に円を書きながら。

二人顔をあわせ、小さく、楽しそうに笑った。

結構な衝撃だったにも関わらず御互い何も無かったように。

魔理沙はまた本に視線を落とし。

パチュリーはベッドの端に腰掛けた。

ベッドはあまり大きくないが二人で寝るような分には十分な広さがある。

左手を付き、本を読む事に集中している魔理沙に視線を向ける。

彼女は本を読み出すと咲夜に注意されても生返事しか返さないほど没頭し、出された紅茶などを本人が気がつかない内に飲み終えている

事も多々ある。

綺麗な金色の髪。大きな瞳。目が合っているわけでもないのに引き寄せられる。

あぁ…。

気がついて、内心小さく頷く。

私が惹かれていたもの…この瞳だ。

自分の信念を貫き。

常に前に進み続けるその強さ。

そして黒猫のように黄金色に輝く大きな瞳。

捕まえてもすぐに腕をすり抜け、気まぐれに消えたり現れたりやきもきさせられる。

恐らく今、自分はすごく嬉しそうな表情をしているだろう。

そんな事を思いながらパチュリーは口を開いた。

「ねぇ…」

「んー?」

相変わらず聞いているのか居ないのか、無意識的な返事が返ってきた。

構わず続ける。聞いてはいることを知っているから。

「…魔理沙の家につれて行ってくれない?」

自然に口をついて出た一言。

「んー。」

気の抜けた返事と一瞬の間。

「…ん?私の家?」

「……そう、貴女の家。」

少し戸惑ったような表情の…パチュリー。

魔理沙は本から視線を外し、また少しの間を置いて答え。

「別に構わないぜ。んじゃ、服が乾いたらな。」

そして再び視線を本に戻す。

「あのね…。」

パチュリーはゆっくりと姿勢を倒し、魔理沙をまたぐように右手をついて。

左手で読んでいる本をどけて。

静かに…魔理沙に口づけをした。

数秒してゆっくりと離す。

固まっている魔理沙の顔が視野に入る。

二人の視線が絡み合う。

パチュリーは、少しだけ嬉しそうに。

魔理沙は、目をぱちぱちと。

「…こういう意味を汲んで欲しいんだけど。もう一度聞くわ。魔理沙の家につれて行ってくれない?」

「…ん…んー…?」

いつもと違うパチュリーの様子。しばらくの間。沈黙の空間。

と。

「パチュリー様。魔理沙様のお洋服があがりましたよー。」

ノックと共に小悪魔の声がした。

「…やっぱり、ダメかしらね。残念。」

魔理沙に背を向け扉に向かう。彼女に見えない位置になって、冷静に自分の行為を思い出し急に恥ずかしさと後悔の念がこみ上げてき

た。顔を真っ赤にしながら一度扉の外に出る。

「あ、ありがとう。」

魔理沙のエプロンドレス一式を受け取り、扉に手をかける。

が、まだ早い鼓動を感じ、大きく二度深呼吸。

後ろではにこにこと小悪魔がその様子を見ているが、気にかけている余裕はあまりない。

三度目の深呼吸をして再び自室に舞い戻る。

「はい、服。風邪引くといけないから早く着ちゃいなさい。」

「おぉ、すまんな。ありがとう。」

先ほどの事はなんだったのか、屈託の無い笑顔でお礼を述べる。

渡された服を順に着て行き、帽子を手に取った。それは何時もの帰るときの合図。

「…もう帰るの?」

今まで繰り返した行為の中からの、わかりきった質問。

そう言うものの、先ほどの行為を思い出し自己嫌悪に陥る。

「そうだな。」

あっさりとした返事。もう来てはくれないだろうか。

次はいつ来るの?聞きたいけど、聞けない。大きな窓にかかるカーテンを開いて夜空を見上げる。雲は既になく、綺麗な星が見える。

もちろん誤魔化し。気を抜くと涙が零れ落ちそうだった。

何故あんなこと言ったんだろう。気がついたら…発していた言葉。

何故あんなことしたんだろう。気がついたら…体がそう動いていた。

自分でも分からない。後の事は考えられなかった。

自分が分からない。ただ分かるのは…私は、彼女の事が好き。なのだろう。

考えれば考えるほど涙が溢れそうになり、目を閉じた。

「…気をつけてね。」

窓の外への視線をそのままに、背を向けたまま言葉を投げる。

コツ、コツ…。

ゆっくりと歩く音。

コツ、コツ、コツ…。

後ろを通り、後は扉を開けて…それからどうなるんだろう。

扉が閉じてからの事を考えると、胸が潰れそうだった。

と。

くしゃくしゃっ。

「ひゃぁ!?」

帽子ごしに頭を強く撫でられた。

思わず変な声があがる。

「ほら、行くぞ。服装はそのままでいいのか?」

「え?え?」

意味が分からず軽くパニック。驚いて振り向く。

「え…って、家に来るんだろ?自分で言ったじゃないか。」

可笑しそうな魔理沙の笑顔。徐々に、その言葉の意味が全身に伝わっていった。

「あ…」

「て、え?ちょっとまて、なんで泣いてるんだ?」

急にオロオロする魔理沙。びっくりした拍子に溜まっていた雫が頬を伝っていた。

「…なんでもないわ。」

慌ててその筋を拭う。

と、不意に魔理沙がパチュリーの体をゆっくりと抱いた。

「…いいの?」

それだけ発する。

「良いも何も…私はパチュの事好きだが。私の事が嫌いか?」

分かりきった質問。だって、先にそれを伝えたのは…誰でもない、パチュリー自身。

「馬鹿…。」

すっ、っと体が離される。

「ちょっと待ってて、すぐ準備するから。」

出会ってから今までで一番の笑顔。

魔理沙は『やれやれ』といった感じで笑うと、部屋の奥の棚を開けるパチュリーに図書館の入り口にいるからと声をかけて部屋から出て

行った。

 

「あら、もう帰るの?珍しい。」

図書館から出るとメイド長の咲夜と鉢合わせになった。

珍しいというのは魔理沙が手ぶらだということだろう。いつも最低34冊は持っている本が今日はない。

「あぁ、色々あってな。」

「何かしてパチュリー様に追い出されたの?」

首をかしげ、悪戯っぽく笑う咲夜に苦笑し、口を開いた。

「ん?いや。あー、そうだ。」

続きを言おうとしたところ、図書館の扉がゆっくりと開いた。

いつもの淡いピンクの服ではなく、真っ白な膝まである上着。

その下から覗く薄い水色の長めのスカート。

いつもとは違う服装に二人とも少し驚いた。

「お待たせ。」

「まぁそういうわけで、御宅の図書館の御姫様、お借りするぜ。」

少し照れたような表情で俯くパチュリー。

そんな二人の様子を見て、咲夜は嬉しそうに笑うと。

「はいはい。丁重にお願いね。お嬢様の大事なご友人なんだから。」

そういって、忽然と目の前から姿を消した。

「言われなくても、だぜ。」

二人しか居なくなった廊下の先。恐らく主人であるレミリアの部屋へ向かったのだろう。

その先の見えない闇に向かって、小さく呟いた。

 

「あ、パチュリー様おでかけですか?」

紅魔館入り口。

日も沈んでしばらく経つというのにあいもかわらず紅美鈴は門の前にいた。

「えぇ。」

「門番も御疲れだなぁ。」

右手に持つ箒にまたがり、魔理沙は振り向いて美鈴に笑いかけた。

「えぇ、誰かさんみたいに強行突破してくる者も居ますし?ね。」

言葉に棘はあるものの美鈴の表情も柔らかい。

パチュリーを通じて魔理沙の紅魔館の出入りは今でこそ認められているがそれまでは何時も美鈴を踏み越えて進入していた。

魔理沙の力を考えると止められない美鈴に重責はないのだがそれでも門番としての自信をちょっぴり無くしたもの事実。

「じゃ、またな中国。パチュ、しっかり捕まってろよ。」

右手の人差し指をこめかみににコンと当ててウインク。

言うが早いが、パチュリーを後ろに乗せて魔理沙は夜空へ飛び出していった。

「いーってらっしゃいませー!というか、私は紅美鈴ですよーだ!!」

叫びながら大きく手を振る。

 

通り雨はなんだったのか、夜空に雲は無く。

「綺麗ね。」

「そうだな。たまには表にでて見ると気持ち良いもんだぜ?」

魔理沙の腰に回した手に力をいれ。体を背中に預ける

春の風が頬を抜け、二人の長い髪を揺らした。

「…そうね、気持ちよさそうね。」

その答えに満足したのか。

「さて、ちょいと飛ばすぜ。捕まってろよ。」

そう言うと、懐から一枚の符を取り出した。

「へ…?」

「『彗星!』ブレイジングスター!!」

「わ…!!」

辺りに白い光が浮き出たかと思うと、急加速する。

周りの景色の流れが追いつかないほど速い。

二人は流れ星のように真っ白な光の帯を夜空に残しながら進んでいく。

回した手にさらに力を入れ、頬に感じる魔理沙の体温に身を委ね。

ゆっくりと目を閉じた。

 

 

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