毛布の下
4/7

 かつては庭園であったらしいが、手入れもされぬまま生い茂った木々がそれぞれ枝を広げていき、陰気な雑木林になっていた。その中を細い車道が通っている。現在は道の真ん中にステンレス製の車止めポールが立っているため車は走れないが、かつては患者の送迎に来る車や救急車が走った道である。アスファルトはでこぼこと波打ち、そこここに割れ目が生じていた。その割れ目から生えた雑草が、膝の高さまで育っている。道の左右から延びた雑木の枝が曇り空を覆って、昼だというのに夕暮れ時のように薄暗かった。車道を歩いていくと、やがて灰色の建物が現れた。例の病院の廃墟である。

 

 「ここ、違うかな」と稔が声を上げた。

 地面に雑草の茂みがなくなり、ちょっとした広場になっていた。幽霊屋敷の門のすぐ内側だ。飛び石が置かれていてちょうど四畳半ぐらいの広さがある。その中央に、かつては丸く刈り込まれていたとおぼしき夾竹桃の木が枝を広げていた。薄桃色の花がいくつも咲いている。葉が茂っているのは日の当たる外側だけで、茂みの中は意外に広い空間があった。潜り込むと、枝で支えられた葉っぱのテントのようだ。

 木の根本にミカン箱が置いてあった。木が雨を防いでいたらしく、汚れてはいたが腐るほどではない。

 「これだ!」と伸介が叫んだ。

 地面にかがみ込みながら箱の蓋を開けると、底の方に、少年サンデーの表紙が見えた。湿気で膨らんだ後に乾いたらしく、倍ぐらいの厚さになっている。サンデーの下からは、表面がうっすらと赤く錆びた森永ビスケットの缶が出てきた。それに色も形もばらばらなレゴブロックが数個と、何の模様も入っていない青いビー玉が三個出てきた。

 「あっ、"サブマリン707"の第一話だよ、これ」と、マンガを手にした稔が懐かしそうに言った。今はもう、続編「青の六号」の連載が終了してさらに二年以上が経っていた。

 伸介はビスケットの缶を取り出すと手でその重さを確かめた後、左右に振って音を確かめた。ごとごとという音がする。

 「あまり入っていないみたいだなあ」と言って、蓋を開けようとしたが、錆びているせいか少し固いようだ。

 「貸してみな」と言って稔は伸介から缶を受け取ると、ズボンのポケットから小さなナイフを出し、蓋と缶の間に刃を入れた。

 ざらっ、という音がして、蓋が取れた。

 僕たちは中を覗いて、おおっ、と小さく歓声を上げた。本当は大きく叫びたかったのだが、大声をあげると外を通りかかった大人に聞こえるかもしれなかったからだ。そこには輪ゴムでとめられたショーヤの束が入っていたのだ。

 マンガのショーヤが中心だったが、その枚数は百枚近くあった。僕たちはきっちりと枚数を分けた。稔は「エイトマン」と「まぼろし探偵」を手に入れた。伸介は「ビッグX」と「Wスリー」を取った。僕たちは満足だった。

 伸介は「これ」と言って、箱から青いビー玉を一つ取り出すと稔に差し出した。そして一つを自分が取った。

 (そうか)と思って、僕もビー玉を手にした。

 「僕たちこの夏でお別れだろ」と伸介が言った。夏休みの間に、僕も稔も引っ越すのだ。

 「ありがとう」と稔は珍しくしんみりとした口調で言うと頭を下げた。

 そうやって僕たちは、箱に入っていたビー玉を一つずつ取ったんだ。それはただのビー玉ではなく、僕たちにはルビーやダイヤとかのように特別の、何というかちょっと照れくさいけど、友情の証だったと思う。

 それから僕たちは空き地の中を探検した。他の宝はまだ発見できなかったけど、すごく楽しかった。だいぶ日が傾いたころ、学校から五時のチャイムが聞こえてきた。

 「そろそろ帰らんとあかんな」と稔が言った。稔の家もけっこう厳しいのだ。

 僕たちは、明日以降の探検について話しながら家に向かった。やはり、幽霊屋敷の探検は避けて通れなかったし、避けて通るつもりもなかった。なぜなら、空き地の外には工事告知の看板が掲げられていたのだ。その「鳩岡マンション建設工事のお知らせ」と題された看板には、十二階立てのマンションが描かれていた。僕たちの団地でもっとも背が高いアパートでも五階建てだから、十二階という高さには仰天した。そして工事の開始日は夏休みの後半に入ってすぐだった。つまり今探検しておかなければこの幽霊屋敷は跡形もなく取り壊されてしまうのだ。