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第四章 「女必殺拳」
工場内は轟音に満ちている。それでも一定のリズムで繰り返される
と、どんなに大きな音も子守歌に変わってしまうようだ。
肇はプレス機のペダルを踏みながらそう思った。左側の作業台に積
み上げられた板金を取り、プレス機に差し込むとペダルを一踏み、ガ
ッシャーン、素早くひっくり返してもう一踏み、ガッシャーン。する
と一瞬にして平らな板金に凹凸が生まれる。そうやって完成したパー
ツを右側の作業台に置くと、右隣の工員が待ってましたとばかりにそ
れを次の工程に流していく。
以上が一セットだ。実に簡単。しかし、これを一定のスピードで一
日中繰り返すのは実につらかった。だいいち板金が重い。
(モダンタイムスだな、チャップリンの)
ペースを落とすと、左側には大量に板金が積み上げられてしまう。
それがある程度の限度を越えた時は目の前にぶら下がったスイッチを
入れる。そうすると「あんどん」と呼ばれる頭上のランプが点滅し、
熟練工が飛んできて助けてくれるのだ。
肇は器用な方ではない。むしろ不器用な方である。そのためよく板
金を溜め、しばしば「あんどん」を灯した。大半の学生アルバイトが
半日程でこつをつかんで、簡単にこなしているのを見ると、我ながら
情けないものがある。
点滅する「あんどん」が「くずだよ、ぐずだよ」と言っているよう
にも見えた。第一、「あんどん」という名前自体、「ひるあんどん」
という言葉を思い出させてばかにされたような気がする。
現在、肇が作っているのはスチールデスクの部品らしいが、一日に
いったいどれだけの数量を作らねばならないか、といった詳細は一バ
イトの知るところではなかった。
肇は下宿に近いプレス工場でアルバイトをしていたのだ。もちろん
七月から八月までの短期工として働いている。学期中はどうしても一
日の中心に道場での練習が座り込んでいるため、バイトは家庭教師が
一件だけだ。大金を手にするような労働は長期休暇にまとめてやるし
かなかったのだ。
その給与の一部が、少林寺拳法部の夏合宿費用になる。地獄のよう
な合宿のために額に汗して働いているわけだ。
いくら不器用でも三日程で仕事のペースには慣れた。が、本当の試
練はそのあとやってきたのだ。
「退屈」である。
まさにその退屈さは、仕事ではなく、宗教におけるある種の「行」
を思わせるものがあった。
肇は仕方なく、プレス機に合わせて一・二・三とリズムを取りなが
ら、歌を歌った。最初は井上陽水の「氷の世界」から始めて、かぐや
姫、チューリップなどフォーク・ヒットパレードを二まわりほどして
昼休みが来る。
午後は、かつて見た映画を頭の中でリプレイしたり、読みかけの小
説の先を想像する。そういった名画・名作劇場を二順ほどさせると、
最後はこれから描こうとする漫画のシノプシスやコマ割までしてしま
うのだ。そうしなければ眠ってしまいそうになる。思えばこういった
仕事の合間にフランス語の単語を覚えるとか、轟音に紛れて発音の練
習でもすれば大学の成績は上がったのだろうが、肇のような体育会の
一年生にそれを期待するのはまちがいだろう。
今日は最初の土曜日だった。この日は朝から、おなじみ頭の中の思
い出の名画劇場を始めた。
三本目を終わりかけたところで昼休みのサイレンが鳴った。フェリ
ーニの「道」でザンパノが酔いしれて砂浜に倒れるシーンだった。こ
のシーンではザンパノの泣き声が聞こえてきたのか、それとも波の音
しかしなかったか記憶があいまいだったが、波の音だけの方が演出と
してはいいなと思った。
サイレンと同時に各種工作機械が電気を落とすので、工場はいきな
り静かになる。
肇もプレス機のスイッチを切るとハンドルに作業帽をひっかけ、早
足で一番近い出口に歩いた。構内では走ってはいけないからだ。
バイト・本工員の区別なく皆が急いでいる。
禁煙の構内でタバコをくわえて、外へ出ると同時に火を着けて一服
するニコチン中毒者、肇のように食堂へ一目散に駆ける者・・・。
食堂に駆け込んで順番待ちの列の一番後ろに並ぶと、すぐ後ろに同
じ職場の木村が走って来た。中卒でこの工場に入った木村は、肇と年
は同じだが風格といい仕事といい、もう十分に大人であった。
「栗さん速いね」と木村が言った。
「すぐ腹が減るんですわ」と肇は笑った。
トレイにおかずを乗せると、味噌汁と御飯を取ってテーブルについ
た。
同じ作業服の人間が何百人と座っている様は迫力があった。
おかずと味噌汁でどんぶり二杯の御飯をかきこんだ。三杯目はテー
ブルの上のボウルに山盛りになっているたくあんをどんぶりにのせて、
お茶漬けにして流し込んだ。このたくあんが空腹にはまたうまいのだ。
考えてみると入学以来まずい食べものの記憶がないのだ
から、肇は慢性的に腹を減らしているのだろう。食堂に入ってからか
っきり十五分で食事を終えた。これで外の芝生で三十分は昼寝ができ
る。
「本当に速い」と木村が驚いたように言った。
「君は走るのも食うのも速い。後は仕事が速けりゃ完全だ」
肇は思わず苦笑した。遅れるといつも木村に助けられているからだ。
「君はこのバイト代で旅行でもするんかい」
「まあ、旅行と言えば旅行ですが、部の合宿です」
「何部」
「少林寺拳法です」
「そりゃ厳しいだろう」
「想像以上でした」
肇は体育会の縦社会に関して少しだけ愚痴った。
「大変だね」
そう言った木村の声は、それでも明らかにうらやましそうだった。
(ああ、)と肇は気づいた。
木村にとってはたとえしごかれようと、好きなことを模索する四年
間は贅沢なのである。肇の行は四年で終わりだ。しかし、この木村の
行は定年まで続くのである。
肇の愚痴なんぞ勤労青年の彼から見れば、「いい気なもんだ」にす
ぎないだろう。
生涯の中で(この四年間は重い)と思った。
だからこそ、この四年間を徹底して遊び呆ける連中の気持ちも十分
にわかる気がした。
工場はいちおう五時半に終了した。肇はバイトの特権を生かして残
業をせずに帰宅していた。自転車のペダルを漕いでいると、時々潮の
香が漂ってくる。工場は三河湾に面した神野埠頭の近くにあったのだ。
傾いた太陽に長くのびた自分の影が運河の中ほどにまで届
いていた。
バイトとはいえ工場からの帰りにはいつも働いているという実感が
あった。本当に体を動かしているからだろう。家庭教師のバイトには
こういう充実感はなかった。「車輪の下」で、ハンス・ギーベンラー
トが神学校を中退したあと肉体労働で魂の救済を得るのと同
じことだと思った。少し違うのはハンスが神学校に通う微熱がちな少
年だったことに対し、肇は進学校に通う肥満がちな少年であったこと
だ。
港近くの工場から下宿までは、ゆるやかな上り坂になっていたが、
それほど苦にならなくなっていた。あきらかに入学当初より筋力がつ
いているのだ。
ジーンズを買うときも、腰回りでサイズを合わせると太股が入らな
いというほど足が太くなっていた。ならばリーバイスの**番という
ように細かく自分のサイズに合ったのを探せばよいのだが、肇はジー
ンズ専門店には行ったことがなかった。高かったからである。
そのため彼のジーンズはいつも腰が少しだぶつき気味の情けないもの
で、ブランドもスーパーなどで買った無名のものであった。いづれも
既存ブランドのロゴに似せてある。「LEE」に似せた「REE」と
か「EDWIN」に似せた「EDWARD」とか、とにかくどことも
知れぬ偽ブランドが多かった。まさに当時はディスカウントストアが
流行り出したころで、そういった笑える商品が多かったのである。
足の筋肉に偏りが出ないよう、愛車「出前号」もペダルだけは足先
を固定できるスポーツ車のものに取り替えてあった。このペダルだと
ただ踏むだけでなく、踏足の逆足でペダルを持ち上げる筋肉も鍛える
ことができた。
この漕ぎ方のおかげでかなりの急坂をクリアできた。豊橋市内なら
もう行けない場所はなかった。そして急速に足が太くなっていったの
だ。
下宿へ戻ると、難波の部屋のドアが開いていて、バックパックから
溢れ出たコッフェルや携行食などが廊下に散乱していた。
どうやらまた山へ行くらしい。
自分の部屋に入ると、途中で買ってきたアイスクリームにプロテイ
ンのパウダーを大匙に一杯ほど振りかけて食べた。病人用のプロテイ
ンなので実にまずい。それでもスポーツ用のプロテインなど豊橋のス
ポーツショップにはまだ置いてないのだからしかたない。
夕食まで、まだ多少の時間がある。
本棚から「キネマ旬報」の最新号を出すと、再録されているシナリ
オをカッターで切り離した。
ボールペンで気になる箇所にチェックを入れると、ホチキスで綴じ
てデイパックに入れた。デイパックにはビニール袋に入った銭湯の道
具も入っている。
一階へ行くと夕飯の準備ができていた。
下宿生の大半は実家へ帰っていたが、大石と難波は残っていた。難
波はバイト、大石は教職試験に備えてだろう。
「難波さん、そろそろ山ですか」と肇が聞くと、「おお、明後日か
ら山だ」と答えた。
「死ぬなよ」と大石。
「夏山ですから死ぬことはないと思いますが、まあ気をつけて行っ
てきますよ」と難波は笑った。
難波の日常は、ほとんど山に捧げられているといってよかった。ク
ラブも山旅愛好会である。愛好会とはいうものの、その実態は限りな
く山岳部に近かった。
愛知大学では、かつて薬師岳遭難事件というのがあり、現在は山岳
部がない。が、実際にはワンダーフォーゲル部と山旅が、その血を色
濃く継いでいる。蛇足だが、ワンゲルの登山ウェアは黒色で、袖にエ
ーデルワイスのエンブレムを付けている。学内で見るたびに肇はかつ
て望月三起也の漫画で見たナチスのSS山岳部隊を思い出してしまう
のだった。
どうやら難波は、今年も薬師に行くのだろう。
「俺はいよいよ教職試験だな」と大石が言った。
「大石先生ってわけですか?ぷっ・・・」と肇は吹き出した。
「笑うな」と言った大石自身が笑っている。
「あの大石さんが先生ですからね」と難波。
「なんだよ、その、あのってのは」と不安気な大石に、「ゆかりさ
ん事件」と答えて難波は爆笑した。
「あっ」と大石は青ざめた。
「ゆかりさんってのは恋人ですか」
大石は「うわっ」と叫んで逃げ出した。
「大石さんが入れ上げて、通いつめたストリッパーだよ」
「えっ、あの真面目な大石さんが・・・」
「すごかったな、花束だもんな、それも毎日」と難波はまだ笑っている。
「もうそれ以上言わないでくれ」という声が廊下から聞こえてきた。
「ビール一本で話をやめます」と難波。
「わかった、お前が山から帰ったら宴会だ」
難波は肇を見てにやりと笑った。
浴室から出ると扇風機の前に立って体を冷やした。まだ九時前だという
のに客が少ない。下宿の近くの銭湯だった。
壁に貼られたプロレス興行のポスターを見ながらフルーツ牛乳を飲んだ。
番台の婆さんは暇そうにテレビで「ドリフの全員集合」を見ていた。
体を拭いてから壁ぎわの体重計に乗った。もとはえんじ色らしいが今は
表面を細かく錆が覆っていて茶色になった体重計だ。
(うむ、落ちはとまったな)
針は七十キロちょうどを指していた。高校・浪人とスポーツから離れて
いた肉体は、四月からの練習で余分の脂肪をすべて落とし終えたようであ
る。
(今度は筋肉をつける番だ)
工場でのバイトもそのためだった。筋肉がつけばつくほど練習について
いける。長期休暇のバイトは、練習のない分、きついものを選んだつもり
だった。プロテインパウダーを食べるのもそのためだ。
壁の鏡の前に立つと、自分に不足している筋肉がよくわかった。
(腕と胸にもう少し筋肉が欲しいところだ)と思った。
ちょうど「ポパイ」で「マッチョになる」という特集が組まれたばかり
だったのである。 生活は硬派であったが、志向は充分にミーハーだった。
この硬派な実生活とミーハーな流行志向との大きなギャップが、(俺の下
らぬジレンマの元だ)と感じていた。
たとえば高御堂のように硬派に酔ってしまえば迷いはないし、一般の大
学生のように軟派に徹するのも、空しいかもしれないがやはり迷いはない
だろう。
「さてと」と小さくつぶやきながら肇は銭湯を後にした。
外は相変らず蒸し暑いが、自転車を走らすと湯上がりの肌に向かい風が
爽快だった。髪はもう乾いている。角刈りはこれが(これだけが)よかっ
た。
自転車は下宿には帰らず、豊橋の中心街に向かって緩やかに下って行く。
今夜は土曜日、先行オールナイトの映画を見るのだ。
豊橋には映画館が全部で八軒しかなかった。つまり最大でも八日あれば
全部の映画を見つくしてしまうことになる。だから先行ロードショーは楽
しみで楽しみでしかたなかったのだ。特に「人間の証明」とかの、退屈な
大作がロングランでもしようものなら、映画に対する飢餓感は無限大にな
った。
豊橋駅から東へ向かうと広小路と呼ばれる賑やかな通りがある。多くの
商店とともに、酒・パチンコ・映画など「レジャー産業」が集まっていた。
その通りを自転車で走っていくと、ナンパ目的の車が何台ものろのろと
通り過ぎていく。すでに何往復もしているらしい。
「ポパイ」から抜け出したようなサーファーカットの若者がカブト虫に
乗っているかと思えば、リーゼントで決めたロックンロール野郎たちが車
高を下げたローレルを空ぶかしさせていたりする。それぞれの趣味で飾り
立てた車を流しているのだ。
車のウインドーからはボリュームを上げた音楽が「しゃりしゃり」と漏
れてくる。
(まるでアメリカングラフィティだな)
リーゼントの連中は、オールデイズナンバーか元キャロルの矢沢永吉が
多かった。たいてい車のボディやウインドーにE・YAZAWAとステッ
カーが貼ってある。
サーファーは新人グループのサザンオールスターズを流していた。
歩いている女の子たち(主にミスタードーナツの前がナンパスポットだ)
に「ヘイ、彼女」と声をかけている連中を横目に見ながら、肇は自転車の
ペダルをこいだ。
きらびやかな洋画上映館の前を通り過ぎ、一本奥の通りを松葉公園の方
に入っていくと、いかにも小便臭そうな邦画上映館があった。
よく見ると隣がお寺で、日当たりの悪い墓地と背中合わせだ。半地下の
トイレに入ると、窓から卒塔婆が見えたりする。風向きによっては線香の
煙がトイレに流れてくることもあった。
豊橋東映である。今夜は来週封切る映画の先行オールナイト興行なのだ。
映画館の前に自転車を止めると、肇はポスターを見た。
松田優作の初主演映画である。二本立ての添え物にすぎないのだが、そ
のポスターはかっこよかった。
革のジャケットを着た優作が、右手にライフルを下げて、すっくと立っ
ている。
タイトルは「最も危険な遊戯」、確かギャビン・ライアルの冒険小説に
「最も危険なゲーム」というのがあったなと思い出した。
(関係あるんかな)
切符を買って劇場の中に入った。もぎりと同じ場所が売店になっている。
そこで夜食用のあんパンと牛乳を買いホールへ入った。スクリーンには豊
橋駅前のパブ・レストラン・パチンコなど、本編前のCMフィルムが流れ
ている。写真だけで作られた泥臭い地方CMが、この映画館にはぴったり
していた。東京の大学ならもっと映画が観れるのになと思った。豊橋には
ここを含めて八軒しか小屋がく、しかもその八軒には、日活ロマンポルノ
や大蔵・新東宝・東活といったピンク映画まで含めてなのである。肇は毎
回、そのすべてを見ていた。
豊橋東映の休憩時間のBGMはベンチャーズの「ウォーク・ドント・ラ
ン」だった。ただし演奏はブルー・ジーンズらしい。
中央、前から四列目のいつもの定位置に腰を降ろすと、CMの間に素早
く牛乳の栓を抜きパンの包装を開いた。
ブザーが鳴って照明が落ちた。この劇場はお世辞にも清潔ではないが、
照明が落ちると本当に暗くなった。つまりその分映像がクリアなのだ。こ
の点、肇の好きな劇場である。ただし音はあまりよくない。劇場のせいで
はなく、邦画はもともと音が悪いのだ。
スクリーンでは、波涛の彼方からおなじみ東映の三角形マークがやって
きた。予告編の始まりだ。肇は予告編もじっくり見る方だった。
(あっ、悦っちゃん!)
あんパンをくわえかけていた手が止まった。志穂美悦子のアクション映
画が次回の二本立ての添え物になっているではないか。旧作ではあるが、
(これは、見ていない!)
「女必殺拳」の記念すべきシリーズ第一作だ。「燃えよドラゴン」と同
様、肇が少林寺拳法を始めるきっかけとなった「因縁」のシリーズであっ
た。
修業の動機としてはまさにミーハーの極み。カンフー映画狂の都築を笑
うことはできなかった。
都築は主に香港のカンフー映画を愛好していた。一方、肇は千葉真一、
倉田保昭などの東映空手映画を好んでいる。
(うーん、まさに戦う天使・・・)
スクリーンの中では悦っちゃんが戦っている。華麗であった。そしてそ
の華麗さは決してまがいものではなく、あきらかに本当の練習で身に付い
たものとわかった。
ともすれば日常の練習に音を上げたくなるとき、こんなことでは「悦っ
ちゃん」のファンとして恥ずかしい、と自らを鼓舞する肇であった。もっ
とも、そんな自分が少し恥ずかしいのも確かではある。
(さすがにサニー千葉のJACだ)
肇は真田なんとかという新人もかっていた。
悦っちゃんと千葉真一が天津敏の悪の巣窟に乗り込むところで予告編は
終わった。そのシーンはかつての鶴田浩二と池部良を思わせる、おなじみ
東映パターンだ。
(伝統の重みってやつかな)と肇は思ったが、今思えばむしろそれは東
映という会社にとっての伝統の呪縛と言ったほうがよいかもしれない。
「最も危険な遊戯」の本編が始まった。
ギャビン・ライアルとは無関係だったが、佳作ではあった。拾い物、と
思った。休憩時間にデイパックから「キネ旬」のスクラップを取り出し、
再録シナリオをざっと読み返した。事前にチェックを入れた場所に印象を
メモした。空白の部分には特に気に入ったシーンの構図を素早くスケッチ
した。
二本目の本編は印象の薄い作品であった。頭の中は「最も・・」のイメ
ージに犯されている。
(これはシリーズになるかもしれん)と思った。
翌日は日曜日だった。かねてからの約束どおり、少林寺拳法部の一年だ
けで、合宿に備えての自主トレをすることになっていた。
部室に入ると、すでに全員が着替えているところだ。
「よう」と都築が声をかけた。
彼は早く来たらしく道着のまま寝転がって創元推理文庫を読んでいた。
「すごいぞ、これ」と言って見せた表紙には、ラブクラフト短編集と記
されていた。彼はSFマニアでもあった。
「おっ、それ読んでない、後で貸してくれ」と言った肇に、「怖いぞ」
と笑った。
「特にインスマスの話がぞっとする」
「久しぶり」と言いながら高御堂が入ってきた。道場の隣の芝生で鉄下
駄によるストレッチをやっていたようだ。
市川と深尾はすでに道場の中だ。二人で組んで柔軟体操をやっているよ
うに見えたが、よく見ると、肩を寄せ合って、隣のテニスコートにいる女
の子を見ながらくすくすとHな笑いをもらしている。
三浦は「ふっふっ」と笑いながら幹部の席に腰を降ろしてタバコをふか
していた。駅で買ったらしい平凡パンチのグラビアを見ながら、時折、「え
え尻しとる」などとコメントを述べている。そして一国の将来を憂えるよ
うな悲しげな表情で、「ポケットパンチOh
って何でなくなっちまったんだろう」と言った。
三浦は肇同様に老けて見えるタイプなので幹部の貫禄があった。いやO
Bの貫禄と言ったほうが正確かも知れない。
中原は、本棚にある中国拳法の原書を何冊も出してきて拾い読みしなが
らパンをかじっている。時折パンをくわえたまま、本の中の図と同じポー
ズを取っていた。
彼は第二外語に中国語をとっていた。中日大辞典を出している愛知大学
だけに、中国語を学ぶ学生は多かったが、どうやら中原はこういった拳法
関係の原書を読むために中国語をとっている気配があった。
同じような先輩がいたのであろう。それらの本にはすでに色々なメモや、
技術的な事に関する走り書きが残されていた。
夏休みに入ってから一週間しか経っていないが、学期中はほとんど毎日
のように顔を合わせていた連中なので、ずいぶん長い間会っていないよう
な気がした。
「先輩のいない道場はまったく別の表情をしとる。道場ってやつは普段
は眠っていて、俺達が来るときだけ目を覚ますのかもしれんな」と高御堂
は言った。
国文科だけに表現が詩的だ。そういえば、彼は以前、好きになった女子
学生に歌を送ったことがある。こんな歌だ。
君想う夜の吐息の空しさに
涙流るる頬のほてりよ
まるで大正時代のような叙情短歌ではないか。
「現代感覚を欠いとったせいか、まったく通じんでかんわ」と高御堂は
嘆いていたが、肇は歌の現代感覚より高御堂の外見に問題があるのではな
いかと思った。
当然、思っただけで口にはしなかった。傷つけたくなかったからだ。
高御堂のファッションの定番アイテムを「ポパイ」風に言えば、どすの
効いた長い学ランに筋者風の角刈りがマッチ、とどめのワンポイントはレ
イバンのサングラスで決まりだ、という具合で、どう見ても右翼学生。お
まけに顔が市ケ谷で激を飛ばす三島由起夫なのだ。
こんな男から、いきなり情熱的な短歌を送られた女子学生に肇は少し同
情した。
(さぞ怖かったろう)
以来、彼は硬派の美学に殉じることにしたのか先に述べた服装にプラス
して素足に下駄で通学している。そして、「怖さ」にいっそう磨きがかか
った。
高御堂に言われて肇も道場を見渡した。
しん、と静まりかえっている。
壁に架かった部員たちの名札の中に、太い筆文字で書かれた「栗山肇」
という自分の札を見て、ああ俺は武道をやっているという実感がわいてき
た。まるで小学校のころにテレビで観た柔道一直線だ。
「さて、やるか」と中原が言った。
いつもの練習と同様に整列すると、中原の号令で基本をやった。突きや
蹴りなどを各種百本ずつやって四十分ぐらいで休憩になる。しばらく使っ
ていなかった筋肉が妙に重い。
「ずいぶん鈍っとるわ」と三浦が言った。肇もそう感じていた。上級生
のプレッシャーがないせいかもしれない。
「伊古部まで走ろうか」と深尾が言った。
伊古部の浜はキャンパスから十キロほど離れたところにある。
「そういやバイト、バイトで海にも行ってないな」と市川。
「よしっ、行こうぜ」
全員が部室のタオルを手にすると道場の前に集まった。
合宿のマラソン大会に備えて、全員がランニング用のシューズを用意し
ていた。
「こいつはソールが厚くていいぞ」と市川が靴を見せた。
最近出たばかりのジョギングシューズというやつではないか。確かにソ
ールが厚くて、膝や足首の間接に優しそうだ。ただし値段の方もかなり「分
厚い」。肇は高校時代から使っていたスニーカーで代用していた。
「小部旗はなしにしようぜ」
「同感」
練習中に長距離を走る場合は、大小二種類の部旗のうち小さな方を掲揚
して走った。
二メーターのポールに天地一メーター五十、左右二メーターの旗をなび
かせて、一年生が交代で旗を持って走るのだ。
風をはらんだ部旗は、電柱・木の枝などに絡み、いたるところが裂けた
り破れたりしている。それをその度に繕うこともまた一年生の仕事なので
ある。
旗は重く、ただ走ることの数倍疲れた。しかも、先頭を走る幹部は恐ろ
しく速いペースで飛ばしていく。さらに、走っている間は気合いを会わせ
て声を上げ続けるのだ。
ここには個人の呼吸の違い、心臓の力の違いなどは、いっこうに考慮さ
れていなかった。
今日は一年だけの自主トレだ。部旗も気合いもなしで走っている。街道
沿いの町並みの中、全員が一列になって黙々と走った。
走っているうちに肇は、「ただただ走る」という行為は、本当に個人的
で瞑想的なことなのだな、と思った。なにしろ走る以外には「考える」こ
としかできないからだ。
汗が流れ始めると、都築は財布を帯に挟んで道着の上を脱いで手に持っ
た。肇は脱がずに風になびかせた。深尾は持参したタオルを首に巻いてい
る。三浦は捩じって頭に巻いていた。
ランニングにタフなのは中原だった。ただ一人道着を乱さず平然と走っ
ている。時折、冗談すら飛ばした。
市街を抜けると、西瓜の畑が青青と続いている。カマボコ型のビニール
ハウスは、渥美半島の名物であるメロンと電照菊だ。農家も金持ちが多く、
当然その子弟も贅沢な連中が多かった。彼らの乗るスポーツカーが畑の中
で燦然と輝いている。
肇たちはなだらかにアップダウンする国道を黙々と走った。
国道は伊良湖岬やサーフスポット赤羽へ通じるドライブコースにもなっ
ている。家族連れやカップルを乗せた車が、びゅんびゅんと通り過ぎてい
った。
豪華なワゴン車にサーフボードを積んだ連中も多い。最近の流行(これ
もポパイが流行させた)でサーフィンを始めた連中だ。
赤羽は全国でも指折のサーフスポットだ。当然ロングボードの昔からの
連中もいるらしい。そういった伝統を受け継ごうという気骨のあるサーフ
ァーは、波の高い日の出直後を活動の時間と決めているので、今ごろこの
あたりの国道を海に向かって走っているのはフ
ァッションとしてサーフィンをやっている軟弱者に違いなかった。波より
も女に乗るというやつだろう。
道路沿いの喫茶店のウインドーに、走っている自分たちが映っていた。
ちらりとそれを見ながら、(まさに青春ドラマだな)と思った。そしてす
ぐその後に(十年前の)とつけ加えて、思わず心の中で、にやっ、と笑っ
た。
肇は徐々に遅れていった。各自の走行能力に応じて、走る順位が決まり、
間隔が開いていくのだ。
風に潮の匂いが混じってきた。漁港のようなすえた匂いではなく、砂浜
の潮の匂いだ。
気合いを入れて速度を上げる。少しみんなに追いついた
最後の下り坂で波の音が聞こえてきた。その音に誘われて、みんながペ
ースを上げるのがわかった。
肇も全力疾走した。それでも伊古部の浜に着いたときには、先頭の中原
とは百メーター以上の差が開いていた。
「やっぱり中原にはかなわん」と市川が言った。呼吸が荒く、深呼吸を
繰り返している。
「高校の時、走り込んでるからな」と中原は笑った。
(それでも自分のペースで走ると意外と楽だな)と肇は思った。
練習中ではどうしてもばててしまうが、今日は走り抜くことができたか
らだ。考えてみると、入部するまで十キロ以上の距離を走ることなどなか
ったのだ。その必要もなかったし、その気もなかった。最初から「自分に
はできないこと」と決めつけてもいた。
しごかれ、強制されて初めてできたことではあるが、それでも自分にも
そんな力があるとわかるのは嬉しかった。
四年間がんばれば、不可能と思っていたことから可能に転じることが、
もっともっとあるように思えた。
(要は、その気になることだ。その気になれば不可能なことは少ないだ
ろう)
肇たちは浜の後ろの草の上に腰を降ろして休んだ。日差しはきつかった
が、海からの風は爽快だった。
打ち寄せる波を見ているうちに、眠気が襲ってきた。仕事からも先輩か
らも解放されて、波の音を聞きながら目を閉じると、なんとものどかでい
い気分だ。至福というやつかもしれない。将来とか未来からさえ解放され
た時間だった。
遊泳禁止の浜ではあるが、日曜だけあって意外なほど人出がある。
ピクニックの家族連れ、肌を焼くカップル。帰りじたくのサーファーた
ち。
遠くから荒井由美の歌が聞こえてきた。「海を見ていた午後」だった。
誰かのカーステレオだろうか。
隣に寝ころんでいた都築がぽつりと言った。
「合宿、がんばろうな」
「おう」と肇は答えた。自信はなかったが、もう逃げることだけはやめ
ようと思った。