飛行機雲(後編)

 

 

「遠野ー! 行ったぞー!」

ボンヤリした顔を上げると、視界いっぱいを白と黒に埋め尽くされた。

パンダ人? ・・・違う、サッカーボールだ。

――バンッ!

それに気が付いたとき、俺の視界は今度こそ黒一色に埋め尽くされた。

 

 

「お、気が付いた」

目を開けると、柏木先生の顔。

ここは・・・保健室だ。

「あれ・・・? 俺・・・」

「授業中ボサッとしとらすであかんのだわ」

先生の言葉で思い出した。

そうだ、俺、サッカーボールを顔面で受け止めて・・・

「石崎君にでもなったつもりかね」

・・・誰?

俺の疑問を余所に、先生は煙草を吹かしている。

「先生」

「ん? まだどっか痛ゃーかね?」

「いえ。・・・保健室は禁煙です」

柏木先生は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 

 

食堂での事件から五日が過ぎた。

霧島は、今日も学校に来ていない。

そして俺はというと、何に関してもこんな調子だった。

授業中も、寮に帰ってからも、何もやる気が起きない。

・・・霧島・・・

『――おめえみてえにマジメぶったヤツは、大っキライだよ!!』

!!

あの時の言葉が、まるで呪いのように俺の身体を、心を縛り付けて離さない。

・・・な、なに、なんということはないさ。

元の鞘に収まっただけ。

俺は実際、不良なんて大嫌いだし、霧島の事もキライだったじゃないか。

いなくなってくれ、とさえ思ったほどだ。良かった、良かった。

・・・・・・。

それなのに、どうしてこうも心が重いのか。

・・・・・・。

わかってる。

そんな言葉で自分の心は誤魔化せない。

アイツは、この数日の間で俺のかけがえのない「友達」になっていたんだ。

「はぁ・・・」

深いため息をつくと、先生も暗い顔をしている。

・・・そう言えば、あれからどれくらい経ったのだろう?

そう訊ねると、先生は答えてくれた。あれから1時間。もうじき2時間目が終わる頃だ。

「遠野、顔色悪いで、今日はもう帰りゃあ」

「え、でも」

「ええから」

正直言って、授業に出ても集中できない。

だからといって、部屋に戻ってもベッドに突っ伏しているだけ。

靄のかかった頭では、どっちの方がマシなのか、その判断すら付かなかった。

「ああー、そうそうー」

なんだか妙に芝居がかった口調で、柏木先生が言う。

「霧島の反省文がまだなんだわ。遠野、悪いけどこのあとヒマなら取りに行ってもらえんか?」

霧島の?

あれ、反省文の提出期限って今月いっぱいじゃなかったっけ。

それに、早退を勧めた生徒に取りに行け、って・・・。

いくつかの疑問は残るけど、もちろん俺に異論はなかった。

霧島に会いに行く口実ができたのだ。これはまさしく願ってもいないチャンスだ。

謝らなきゃ。

食堂での言葉は本心じゃなかった、って。

でも。

俺は本心じゃなかったけど、霧島は?

アイツの言葉が本心だとしたら、俺はどうすればいいんだろう。

「なに考え込んどらすの? イヤならええけど」

「あ、違います。行きます!」

「ほうか? なら、チャッチャと行ってこやあ」

元気づけられるように背中をバシンと叩かれ、俺はベッドから降りた。

奇しくも、終業のチャイムが鳴って、上杉が駆け込んできた。

「あ、委員長、もう大丈夫なの?」

「う、うん、まあ。・・・でも早退はするけど」

「そう。よかった」

いや、良くないだろ。と心の中でツッコんだが、まあいい。

俺は保健室を出て・・・

「先生、上手く言ってくれたみたいだね」

「バッチリだわ」

立ち止まった。

「・・・でも、うまくいくかどうかはわからんよ?」

「大丈夫だよ。あの二人ならきっと仲直りできるって」

「ほうか?」

「うん。雨降って地固まるっていうし。・・・もしかしたら、それ以上になるかもね」

「心作がほう言うなら、ほうかもな」

「それもこれも、先生のおかげだよ」

「たわけ。ワシはおみゃあさんに言われたとおりに言っただけだがね」

・・・そういう事か。

っていうか、全部聞こえてるんだけど。

まあいいや。

今日の所は二人のお節介に甘えさせてもらうとしよう。

・・・それにしても。

なんだよ「それ以上」って。

 

 

とはいうものの、足は重かった。

霧島の言葉が耳に残って離れない。

大っキライ、か。

こんな幼稚な言葉が、こうも人を傷つけるなんて思ってもみなかった。

「とにかく。俺の言葉だけでも撤回しなきゃ」

もしかしたら、アイツも売り言葉に買い言葉でああ言っただけなのかもしれないし。

・・・たとえホントに嫌われているとしても、誤解だけは解いておきたい。一生このままなんて、絶対イヤだ。

先に進もうとしない足をなんとかなだめすかし、いつもよりたっぷり時間をかけて、俺は霧島の住む町に降り立った。

「・・・さて」

怖いけど、行かなきゃ。

俺は気合いを入れ直して歩き出す。

その時、声をかけられた。

「兄さん兄さん」

「え?」

見知らぬ熊人だった。

隣には、これまた知らない虎人がいる。

正直、あまりガラがよいとは言えない風体だけど・・・

「はい?」

「おまえさあ、こないだあのガキと一緒にいたよな?」

「ガキ? ・・・霧島の事ですか?」

「そうそう。霧島。アイツの事でさあ、ちょっと話あんだけど」

なんだろう。

まさかアイツ、ヤケになって暴れてるんじゃないだろうな。

不安になった俺は、言われたとおりに二人についていった。

 

案内された所は、しなびた廃工場だった。

いかにも不良がたむろしていそうな、ヤバげな雰囲気。

「ここに霧島が?」

「そうそう、ちょっと困ってるんだよね、俺ら」

全然困ってる様子には見えなかったけど、俺には状況がわからない。迷わずに工場の中に足を踏み入れた。

中は薄暗く、何に使うのかもわからないような大きな機械が埃をかぶって眠っている。

その暗がりの奥に、人影。

「霧島?」

・・・じゃなかった。

見た事もない狼人に、猪人。

「・・・え? どういうことです・・・」

言い終わる前に、俺は横っ面を殴られた。

目の前に星が飛んで、視界がぼやける。

あ、違う。眼鏡が外れて飛んでいったんだ。

「痛っ・・・な、なにするんですか!」

実を言うと、人に殴られたのは初めてだった。

痛みはそれほどでもない。今朝のサッカーボールの方がよほど強力だったが、すさまじい恐怖だった。自分に、こうまで明らかな敵意が向けられている事が恐ろしい。

知らず、体が震えていた。

「言ったじゃん。あのガキの事で困ってるってさあ」

「え・・・そ、それと俺が、なんのか、関係が・・・」

俺は周りを屈強な男達に囲まれて震え上がった。

ろれつが回らない。

「アイツにやられたキズ、いまだに痛むしさあ!」

背中から蹴飛ばされる。

たまらず倒れ込んで地面に手をついた。

そこを、横から蹴飛ばされた。

「や、やめ・・・て・・・」

俺、これからフクロにされるの?

なんだって俺がこんな目に・・・。

「橘のヤツ、まだ入院してるし」

「なにより俺達の腹の虫が治まらないんだよね」

な、なんの事・・・

そこで気付いた。

そうか、こいつらが。

こいつらが、神尾さんをレイプしようとした大学生達か。

「お、僕には、関係ないじゃ、な、ないですか・・・!」

復讐にしたって、そんなのは逆恨みだし、何より俺には関係ない。

「うん、関係ないね」

「でもさ、てめえのせいでオトモダチがボコボコにされたって聞いたら、あのガキさぞ悔しがるんじゃねえ?」

「ホントホント」

男達が間を詰める。

俺は短い悲鳴を上げて頭を抱えた。

パシャッ、と閃光が走り、目が眩む。

ケータイのカメラで撮影されたみたいだ。

「やめて・・・ください・・・!」

恐怖にすくんでしまって、大声を出す事すらできない。

俺はいまさら神尾さんの気持ちが理解できた。

「ヘッ。・・・なあ、どうせならコイツ犯したトコ撮ろうぜ?」

「お。今俺もそう思った」

「これ動画も撮れるしな」

虎人が俺の頭を掴んでムリヤリ顔を上げさせる。

「はいチーズ」

カシャッ、という電子的に作られたシャッター音が、とてつもなく無慈悲に響いた。

「いやだ、やめて・・・お願い・・・!」

顎を蹴り上げられ、黙らされる。

痛みに泣いていると、襟を捕まれた。

そのまま引き裂くように学ランの前を開けられる。ボタンが弾けて飛んでいくのが見えた。

「ひっ」

「へへっ。まずひん剥くトコから撮ろうぜ」

熊人に羽交い締めにされて立たされると、狼人がナイフを取り出し、俺の腹に当てる。

ベルトを切るつもりだ。

「暴れるなよ? 別のトコ切っちまうぜ?」

「俺達はそれでもいっこうに構わないけどな」

連中は下卑た笑いを浮かべるが、とてもじゃないけど暴れる気力なんて無かった。

ただ恐ろしくて、ガタガタ震える事しかできない。

情けなくて涙が出てきた。

ブツッと革のベルトはあっさり切られ、ズボンを締め付ける力を失った。

「許して・・・! や、やめて・・・」

泣きながら懇願するも、やはり効果はなかった。

「へへっ・・・いいねえ、その表情」

もうダメだ。

諦めかけて目をつぶったとき、「ぎゃっ」と悲鳴が聞こえて目の前がフッと明るくなった。

「・・・え?」

目を開くと、狼人が倒れている。

それを理解するより早く、今度は俺を羽交い締めにしていた熊人が殴り倒された。

解放された俺はその場にへたり込んで、熊人を殴った人物を見上げる。

「・・・霧・・・島・・・?」

霧島だった。

霧島が、助けに来てくれた・・・!

「大丈夫か!? 遠野!」

「あ・・・うん・・・」

といっても、あまり大丈夫とは言えないな。

「てめえ、このガキッ!」

身体が縮こまる程の大声を上げて、熊人が起き上がる。

しかし。

「てめぇら、遠野に何をした・・・!」

肺の底から絞り出すように低い霧島の声は、それよりもっとずっと恐ろしかった。

「クソガキ・・・!」

「――遠野に何をしたァッ!?」

「ひっ」

俺が思わず悲鳴を上げてしまったほど、霧島は怒り狂っていた。

そう、まさに狂っていた。

まるでその場から消えるような俊敏さで跳躍し、熊人に殴りかかる。

理性を無くした獣たちの咆吼が響き、廃工場は暴力のるつぼと化した。

 

 

殴る。

蹴る。

噛みつく。

解放された野生の力が吹き荒れている。

マンガのケンカシーンで、よく土煙から星が飛び出すっていう表現を見かけるけど、あれは間違いだ。

正直、俺は今日まで、あの表現は実に巧いものだと思っていたが、ホントのケンカはあんなに生易しいものではなかった。

意味を持たない大声を張り上げて、相手を倒すべく力を振るう。

手加減を知らない暴力の横行。

俺はそんな理不尽なほどの暴力に取り囲まれて、ただ震えている事しかできなかった。

本当のケンカというものが、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。

たとえその場に居合わせても、冷静に判断して対処できる。そう思っていた自分の愚かしさを呪った。

たぶんここにいる誰もが、格闘技はやっていなかったのだろう。

だから技術とか体力とかにそれほど大した差はなかったと思う。勝敗を決したのは、メンタルな部分に依るところが大きい。精神面。たとえば、勢いとか、気合いとか・・・怒りとか。

そしてその点で言えば、霧島は誰よりも勝っていた。

 

「クソッ!」

殴り倒された虎人が起き上がる。

そんな虎人を睨み付け、霧島はなにか光るものを拾った。

「・・・殺してやる」

ゾッとするような低い声。

霧島の手に握られているそれは、先ほど狼人が取り出したナイフだった。

「お、おいてめえ、そりゃシャレにならんぞ」

霧島の気迫に押され、虎人が後ずさった。

ホントにシャレにならない。

「――ブッ殺してやる!!」

でも霧島は本気だった。

本当に相手を殺すつもりで、そしてその手にはそうできる力が握られている。

「・・・!」

殺意に当てられ、連中は声を失った。

そう、人は本当に恐ろしい目に遭ったとき、悲鳴を上げる事さえできない。さっきの俺のように。

霧島の全身に力が漲った。走り出そうとしている。

「――ダメだっ!」

金縛りが解けたように、身体が反応した。

俺は必死に霧島の背中にしがみついていた。

「遠野!?」

「ダメだ! 殺しちゃダメだ!」

「離せ! こいつら、おめえを・・・!」

「イヤだ! 俺のせいで霧島が・・・! そんなのイヤだ!」

気持ちが先走ってしまって上手く言葉が出てこないけど、それ故に俺の気持ちは伝わったのだろう。

俺の腕の中に張りつめていた力が緩んでいくのがわかった。

霧島がナイフを落とす。

「ダメだよ・・・! 殺すなんて、絶対ダメだ!」

「遠野、遠野」

「ダメだって! お願い・・・!」

「いや、だからさ」

「・・・え?」

「アイツらなら、もうとっくに逃げてっちまったよ」

涙に濡れた顔を上げると、確かに。

連中の姿は見あたらなかった。

「・・・これに懲りて、もうバカな事しなきゃいいけど」

「たぶん・・・大丈夫・・・」

俺が止めるのがもうほんの少し遅かったら、少なくとも一人は間違いなく刺されていた。

あれだけ恐ろしい目にあったんだ。

もう二度と霧島にちょっかいは出さないだろう。

安心した俺は、地面にへたり込む。

「遠野・・・?」

心配そうに覗き込んでくる霧島の顔。

俺の目に涙が浮かぶ。

俺は霧島の首にかじりつくように抱きつくと、感極まって泣き出してしまった。

「お、おい・・・」

「怖かった・・・! 怖かったんだからぁ・・・!」

霧島は、子供のように泣きじゃくる俺の背中を、ポンポンと優しく叩いてくれた。

「大丈夫だ。もう、大丈夫だから」

そうじゃない。

霧島が、本当に殺人を犯してしまうんじゃないかって、それが怖かったんだ。

俺は霧島にしがみついたまま、泣き続けた。

 

 

しばらく泣いて落ち着くと、今度は恥ずかしさが襲ってきた。

ヤバイ。

俺、霧島に抱きついたまま、子供みたいに泣いてたんだ。

顔が赤いのがわかる。

俺は顔を見られたくなくて霧島を抱きしめ続けたけど、さすがに限界があった。

「・・・もう落ち着いたか?」

「あ・・・うん・・・」

霧島の身体が離れる。

俺は俯いて、視線を避けた。

「ホラ、メガネ」

霧島が俺のメガネを拾って渡してくれる。

「あ、ありがと」

「立てるか?」

「う、うん、なんとか・・・」

そう言ったけど、腰が抜けてしまったのか、うまく立てない。

立ったら立ったで、ガクガク膝が震えて、歩くなんてできそうになかった。おまけにベルトが切られていてズボンは下がるし。

「ホラ」

霧島がしゃがみ込み、その大きな背中を差し出す。

おぶってくれる、らしい。

「い、いいよ、お前ケガだらけじゃないか」

「でも遠野、歩けないんだろ」

「う・・・うん・・・」

「遠慮すんなよ」

遠慮じゃなくて、恥ずかしいんだけどな。

でも背に腹は代えられない。なにしろ、その背中はとても魅力的に思えた。

俺はそっと霧島の背中におぶさった。

「ん、さすがに重いな」

「・・・降りようか?」

「平気だって。自転車までだからな」

霧島は歩き出す。

汗くさい霧島の背中に顔を埋めると安心できたのか、恐怖がぶり返してきた。

そうだ。霧島が助けに来てくれなければ、俺は今頃・・・。

「遠野?」

「なんでもない・・・」

「・・・そうか」

俺が震えているのには気付いていただろうけど、霧島は何も言わずにいてくれた。

「そう言えば霧島・・・おまえ、どうしてあそこに?」

「ああ、遠野が来るのが遅かったからな。心配になって」

「え?」

「コースケが電話くれたんだよ。委員長と仲直りできたか? って。で、オレがなんの話だ、って言ったら、遠野がうちに向かったって言うじゃねえか。・・・しばらく待ってたんだけどな、ガマンできずに迎えにきちまった」

そっか。

ホントにお節介だな、あいつら。

・・・明日礼を言っておかなきゃ。

「・・・な、なあ霧島・・・」

「ん?」

「今日の事は、その・・・みんなには・・・」

いくら未遂とはいえ、男が男にレイプされたなんて、絶対知られたくない。

「わかってる。誰にも言わねえよ。・・・言えるかよ・・・」

霧島は怒りを含んだ声で答えてくれた。

 

 

日の暮れた道を、自転車の後ろに乗って、俺は霧島の家へ向かう。

俺は必要以上に霧島の背中にしがみついていたけど、彼は文句の一つも言わずに黙って自転車を漕いでいた。

「とりあえず、風呂湧かすから入ってけよ」

「え、でも、悪いよ」

「いいからサッパリしてこい。その間に制服洗っとくから」

言われて初めて気が付いた。

転がされたおかげで俺の制服は泥だらけだ。

「うん・・・」

 

お湯が一杯に張られた湯船につかると、身体のあちこちが痛んだ。

でも、気持ちいい。

痛みがお湯に溶けて滲み出ていくような、そんな気がした。

それに、霧島は俺なんか比べものにならないくらいケガしてるんだよな。

「遠野?」

「うわっ! な、なんだよっ!」

いきなり声をかけられて、俺は思わず隠れるように湯船につかる。

まさか、い、一緒に入ろうなんて言う気じゃ・・・!?

「着替え、ここ置いとくから」

「え? ・・・あ、うん・・・わかった」

なんだ、違うのか。

去っていく霧島のシルエットを見送って、俺はホッとしたような、落胆したような・・・。

落胆・・・。

――そう。

今回の事件で、俺は気付いてしまった。

本当はもっとずっと前からそんな予感はしてたけど、ムリヤリ気付かないフリをして、自分の気持ちを抑えつけていた。

でも、もう誤魔化せない。

俺は、霧島の事が・・・

「・・・好きだ・・・」

初めての告白は、ブクブクと泡になって消えた。

 

 

だぶだぶの霧島のトレーナーを着て風呂から上がると、いい匂いが鼻孔をくすぐった。

「カレー?」

「おう、メシ喰ってけよ」

台所のテーブルの上には、カレーと里芋の煮っ転がしが置かれている。

・・・ずいぶんな組み合わせだな。

「これ、お前が作ったのか?」

「まさか。母ちゃんが作ったヤツ。昨日の残りだけどな」

「あ、ああ、そうか」

「カレーはレトルト。ガマンしてくれ」

「いいよ、俺レトルト好きだし」

「そっか、よかった」

「う、うん・・・」

霧島の笑顔をまともに見られなくて、俺はうつむき加減に席に着いた。

「・・・なあ、お母さんは?」

無難な話題を振ってみる。

里芋の煮っ転がしを作れるくらいだから、「いない」という返事は帰ってこないだろう。

「仕事」

案の定の答えが返ってきた。

「共働き、なのか?」

「そうだよ。両親はほとんど深夜にならないと帰ってこねえな」

カレーをがつがつ掻き込みながら、霧島は答えた。

俺も習ってカレーを頬ばる。甘かった。

「って、せめて中辛にしてくれよ・・・」

「え? 遠野辛いの大丈夫なのか?」

意外そうな顔をする。

「好きだよ。辛いの」

「そっか、てっきりダメなのかと思って甘口にしたけど・・・。じゃあこっち喰うか?」

自分の皿を差し出す霧島。

俺は赤くなって首を振った。

「い、いいよ。食いさしじゃないか」

「それもそうか」

再びカレーを食べ始める。

口の中を切っていたので、甘口の方が都合が良かったかもしれない。

 

 

「さて。じゃあ今度はオレが風呂浴びてくるから、ちょっと待ってろ」

霧島は俺を部屋に連れ込むと、そう言い残して去っていった。

三度目の霧島の部屋。

最初訪れたときは、早く帰りたくて仕方なかったけど、今はこの部屋の全てが愛おしい。

そっとベッドに顔を埋めると、霧島の匂いがした。

「霧島・・・」

どうしちゃったんだろう、俺・・・。

恩人で、友達で、同性の霧島相手にこんな気持ちになっちゃうなんて。これじゃ、まるで変態だよ。

「・・・そうだ」

ふと思いついて、俺はベッドの下を覗き込んでみた。

しかし、ベッドの下には何もなかった。

ちょっと悪い気はしたけど、部屋を軽く物色してみる。

でも、出てくるのはバイクや車の雑誌ばかりで、そういう類の本は見つけられなかった。

よほど完璧に隠してあるのか、本当に持っていないのか。

「まあいいか」

霧島がどんな本を「使って」いるのかに興味はあったけど、知らなくて良かったのかもしれない。きっと、見つけたら見つけたでショックだっただろうから。

俺がバイクの雑誌を手に取って見ていると、霧島が戻ってきた。

「お待たせ」

「いや、ってか早いよ」

「そうか?」

霧島はTシャツにトランクスというラフな恰好で部屋を片づけ始める。

「・・・? なにしてるんだ?」

「何って・・・布団敷く準備だよ」

「布団?」

まさか、俺に泊まっていけと言っているのか!?

「だって服、まだ乾いてねえよ。たぶん終電までにはムリだ」

「え。ここの終電ってそんなに早いのか?」

「おめえローカル線なめんなよ?」

そうなのか・・・。

俺、この部屋で霧島と一晩過ごすんだ・・・。

別に何かあるワケじゃないけど(当たり前だ)、俺は赤面した。

「?」

「な、なんでもない。手伝うよ」

「ああ」

布団を敷き終わり、その上にちょこんと座る。

俺達は無駄な話をして二人の時間を過ごした。

いろんな事を話した。

バイクの免許を取ろうと思っているとか、各教科のテスト勉強のポイントとか、アルバイトの面接に行ったとか、生徒会室の扉の立て付けが悪い、とか。

およそ話は噛み合わなかったけど、楽しかった。

でも、肝心な事は結局言えないまま、夜は更けた。

 

「遠野、普段ベッド・・・だよな?」

「ああ、うん。寮の部屋に最初から備え付けてあるからな」

中には畳敷きの部屋もあるけど。

「じゃあ、こっちのベッドで寝るか? オレ布団にも慣れてるし」

え?

でも、そのベッドは霧島がいつも寝ているワケで。

「あ、でも・・・」

「オレのベッドじゃイヤか?」

俺はぶんぶんと首を振った。

イヤなわけない。むしろ、嬉しい。でも嬉しすぎて困るっていうか。

「・・・えっと、でも、悪くない?」

「いいって。遠慮するなよ」

「う、うん・・・」

俺達は位置を入れ替わって、互いの寝床に潜り込んだ。

霧島の匂いがする。

恥知らずな事に、俺は勃起していた。

我ながらなんて業の深いことを・・・。気付かれたら絶対軽蔑されるだろうな・・・。

「じゃあ電気消すな」

蛍光灯の光が消え、俺達は心地よい暗闇に落ちた。

・・・ドキドキしている。

今日は眠れそうにない。

霧島が眠った頃を見計らって、ちょっとその・・・欲望を鎮めるしかなさそうだ。

そのまま、しばらく待つ。

1時間、はまだ経ってないな。でも30分・・・いや20分は経っただろう。

霧島は・・・もう寝ただろうか。

確認しようとしたら、霧島の方から声をかけてきた。

「遠野・・・。もう、寝たか・・・?」

「いや、まだ起きてる」

「そうか・・・。もうちょっと、話してていいか?」

「うん・・・。俺も、そうしたかった」

「そっか」

「俺・・・この前霧島が怒った理由、やっとわかったよ」

「怒った? 俺が?」

「ああ。・・・停学が明けたときさ、おまえなんでそんな事したんだよ、って怒ったじゃないか」

「ああ、あれか」

「・・・俺、神尾さんに謝らなきゃ」

霧島は神尾さんの事を思って弁解しなかったんだ。

それなのに、俺がぶちこわしにした。

神尾さんに、あんな恥ずかしい思いをさせてしまった。

自分がされてみて初めてわかった。

レイプされたなんて、たとえ未遂でも絶対に人に話したくない。思い起こす事さえ忌まわしい。

それなのに、俺は・・・

「まあ、あんま気にすんなよ」

「え?」

「おめえとあの子じゃ、状況が違う。・・・おめえはホラ、同性に、ってのもあるからな」

そういえばそうか。

そんな事は思ってもいなかった。

だって俺は、霧島に、同性に欲情するような変態なのだから。

「霧島・・・あの。ゴメン」

「だから、いいって」

「いや、そのことじゃなくて」

「じゃあなんだよ」

「食堂のこと。・・・あれ、違うんだ。あの時、俺、コースケ達にからかわれてて、それで恥ずかしくて、つい・・・。あの、キライだなんてウソだから。キライじゃないから・・・。ごめん」

あーもう。

あれだけどうやって話すか練習してきたのに、いざとなるとすっかり忘れちゃって言葉が出てこない。

情けない。

「そっか・・・よかった」

「霧島・・・?」

「でも、オレ、そんな事はわかってた」

「え」

だったら、なんで大っキライなんて言われたんだろう・・・。

まさか、本当に・・・。

「オレが傷ついたのは、そっちじゃねえんだ」

「・・・? そっち? どっちだよ」

「・・・・・・」

霧島は答えなかった。

しばらくして、ぽつりと、言う。

「その、前の言葉だ」

前の言葉・・・?

俺、なんて言ったっけ・・・。

あの時の事を思い起こす。

『冗談じゃない、男同士で気持ち悪い! それにな、俺は霧島みたいな不良は大っキライなんだよ!』

・・・あ。

そうだ、俺、あの時こう言ったんだ。

『男同士で気持ち悪い』と。

・・・え?

でも、この言葉で傷ついたって、それって、まさか。

「ま、まあいいや。もう寝ようぜ」

「ああ。・・・霧島」

「ん?」

マズイかもしれない。

早まった事をしようとしている。

でも、止められなかった。

「ごめん。俺・・・。・・・俺・・・お前が・・・。

――お前が好きだ」

とうとう言ってしまった。

返事を聞くのが怖くて、俺は頭まで布団をかぶる。

「オレも、遠野が好きだよ」

嬉しかった。

霧島に好きと言ってもらえて。

たとえその「好き」のニュアンスが俺のそれと違っていても。

「・・・俺の『好き』は、その『好き』じゃ・・・ないけどな・・・」

聞こえないほど小さく、布団の中で呟く。

「同じだよ」

「!」

聞こえてたのか。

それに、今・・・え? ホントに? ウソじゃ、ないよな・・・?

俺は確認するかのように布団の中から手を出した。

気付いた霧島が、そっと握ってくれる。

ウソじゃねえよ。

そう言ってくれる気がした。

嬉しくて、強く握り返した。

 

 

しばらく手を繋いでいた。

それだけで満足だった。

そりゃ、本音は違うけど。

「なあ、遠野」

「ん?」

「・・・そ、そっち、行ってもいいか・・・?」

心臓が跳ね上がった。

答えようとしても声が出なかったので、俺は手を握り返して答える。

でも霧島はちゃんと理解してくれて、こっちのベッドにごそごそと潜り込んできた。

「遠野・・・」

「あ・・・き、霧島・・・」

目の前には霧島の顔。

頭がリビドーに白く染まっていく。

ガマンできず、俺は霧島にキスをした。

「ん・・・」

「ふ・・・」

ただ唇を重ねるだけの稚拙なキスだったけど、充分だった。

「なあ遠野・・・。・・・し、修二って、呼んでいいか?」

「う、うん・・・じゃあ、俺も」

「へへへ・・・。修二、好きだ」

霧島は、いや、哲平は優しく笑って再びキスをしてくれた。

ぬる、と哲平の舌が入ってくる。

「・・・んっ・・・」

俺は夢中でその舌を吸った。

哲平の舌が抜かれると、俺はそれを追うかのように哲平の口の中へ舌を差し込む。

哲平は一生懸命答えてくれた。

「ハァ・・・」

「修二・・・」

二人の口を繋ぐ唾液がキラリと光る。

がばっと身を起こし、哲平は俺の上に覆い被さるようにのしかかってきた。

「あ、ちょっ・・・」

「・・・イヤか?」

俺の首筋に顔を埋め、荒い息で訊いてくる哲平。

イヤじゃない。イヤなわけないけど・・・。

「でも、こ、告白したその場で、っていうのは、なんていうか、じゅ、順序がなってないっていうか・・・」

「じゃあなんだよ、3回目のデートでキスして、5回目のデートのあとならオッケーなのか? そんなの、何か違うんじゃねえの?」

「うん・・・違う・・・かな」

「こういうのって、んなお行儀のいいモンじゃねえだろ」

ハァハァと首筋に熱い息がかかる。

哲平、すごく興奮してるな・・・。

嬉しかった。

「そ、それによお・・・」

「?」

「オレ、もうガマンできねえよ・・・!」

起き上がって、シャツを脱ぎ捨てる哲平。

暗がりの中でも、その身体がゴツイことはわかった。

「修二・・・っ!」

荒々しく俺のトレーナーを脱がしにかかる。

俺は慌てて哲平を止めた。

「んだよ、今更。・・・い、いいじゃねえか・・・」

「違う、そうじゃなくて」

「?」

「で、電気・・・付けない?」

暗闇の中で、哲平の目が丸くなったのがわかった。

俺の視力では、それだけしかわからない。対して哲平は、俺が赤くなっている事までお見通しのようだ。これでは不公平だ。

「お、俺だって・・・哲平の、よく見たいもん・・・」

「修二・・・」

哲平は俺の頭を撫でて言った。

「おめえ意外と大胆だな」

 

 

電気が付けられ、俺はようやく哲平の裸をまともに見る事ができた。

少し緩んでいるけど、がっちりしている。

そして、ピンとテントを張ったトランクス。

俺は思わずゴクリと喉を鳴らしていた。

「お、おめえも脱げよ・・・」

「あ、うん」

トレーナーを脱ぐ。

現れた俺の身体を見て、哲平は嬉しそうなため息をついた。

「意外と・・・って言っちゃ失礼だけど、筋肉ついてるよな」

「そ、そうか? これでも中学の頃は部活やってたからな」

「へえ」

俺の全身をなめ回すように見た哲平の視線が、股間で釘付けになっていた。

俺のアソコも、哲平に負けないくらいにトレーナーを押し上げている。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

牽制しあうかのような視線をしばしやりとりすると、やがて哲平は言った。

「じゃ、じゃあ、一緒に脱ごうぜ?」

「お、おー。そうだな」

二人して腰に手をかける。

「せ、せーの!」

俺のかけ声と共に、二人は同時に下着をズリ下ろした。

ぶるん、と跳ね上がる、お互いの逸物。

「おお・・・」

「すげ・・・」

哲平のと俺のはほとんど同じ大きさだった。

いや、哲平の方がわずかに大きく、右に曲がっている。

「ハァ・・・な、なあ、触っていいか?」

「う、うん」

お互いに手を取って、それに導く。

哲平のアソコはしっかり剥けていて、とても堅く、とても熱かった。

哲平の手が俺を握る。

他人に触られたのはもちろん初めてだった。思わずビクッと身体を震わせてしまうほど、気持ちいい。

「か、堅いな」

「そんな、哲平こそ・・・」

って、なにお互いのチンポ褒め合ってるんだ。

「でも、意外だな」

「なにが?」

「いや、修二は包茎で、もっと小さいと思ってた」

失礼だな。

俺はギュッと哲平を握ってやる。

う、と呻いて哲平は謝った。

「でも、哲平の方が大きいよ?」

「そうか? 同じくらいだろ?」

まあ、パッと見は大して変わらないけど、やっぱり哲平の方がわずかに大きい。

俺はそっと近づくと逸物を重ね合わせた。

「おお、すげえ・・・」

思わず口に出す哲平。

たしかに、チンポが2本重なっている画は、クラクラするほど興奮した。

「・・・な、ちょっと大きい」

「ん、そうだな」

こうして重ねてみると、わずかな差がわかる。

自分でやっといてなんだけど、ちょっと落ち込んだ。

それのフォローかどうか知らないが、哲平は口を開く。

「でも金玉は修二の方がデカイよな」

「そうか?」

言われてみればそうかもしれない。

「ああ。・・・お、元気に動いてら」

たしかに、俺の工場はフル稼働のようだ。

哲平が、優しくもみほぐしてくれる。

「・・・んっ」

ほんのわずかな痛みと、急所を握られているという恐怖感。

負けたくなくて、俺も哲平の金玉をそっと握る。

「修二・・・」

「哲平・・・」

お互いの股間を弄びながら、俺達は何度もキスをした。

やがて、俺はそっと押し倒された。

哲平の口が、身体をなめ回しながら降りていく。

「あ。ち、ちょっと待って・・・」

「ん? なんだ?」

「その・・・舐めるのか・・・?」

哲平の目の前には、俺の逸物がある。

嬉しそうに先走りを垂らしていた。

「当たり前だろ」

「でも・・・汚くない?」

「汚くなんかねえよ。・・・それとも修二、オレのチンポ汚いって思ってるか?」

俺は慌てて首を振った。

そんなわけない。目の前に哲平のチンポを差し出されれば、俺は喜んでそれをくわえるだろう。

・・・そっか。

哲平もそうなんだ。

俺のアソコをしゃぶりたくてたまらないんだ。

俺、なんて無粋な事、聞いちゃったんだろ。

「な、なあ、いいだろ?」

律儀に待っていてくれた哲平が、ガマンできずに訊いてきた。

「もちろん」

そう答えると、待ってましたと言わんばかりに哲平は俺をくわえる。

手とは違う、ぬるっとした感触。

初めてのその感触に、ガマンできずに声を上げてしまう。

「んっ! あ、て、哲平・・・!」

哲平が顔を上下させるたびに、口の隙間から空気が入ってブッ、ブッ、と大きな音を立てた。

それがさらに俺を奮い立たせる。

舌が亀頭をなめ回し、唇で裏筋をしごかれる。

哲平の牙がわずかにカリ首をひっかいて、俺はヒイヒイ泣いた。

「て、てっぺ・・・はッ・・・今度は、俺・・・」

「もう少し・・・いいだろ?」

「ダ、ダメだって。・・・出ちゃう」

「・・・出してもいいぞ? ってか、出してくれ」

そりゃ、俺だって出したいけど。

「・・・もう少し、楽しみたいから・・・」

そう言うと、哲平は引き下がった。

「そっか。ならしょうがねえな」

哲平の顔が離れ、今度は俺が哲平の上に覆い被さる。

・・・自分より逞しい男を組み敷くという行為に、俺は大いに興奮した。

本能のまま哲平の身体に舌を這わせ、身体を味わう。

気が付くと俺は哲平をくわえ込んでいた。

抵抗など全くなかった。

哲平の言うとおり、このまま口の中で射精されても構わない。・・・いや、して欲しい。

ぐちゅ、くちゅ、といやらしい音を立てて哲平を味わっていると、やがて哲平は腰を引いた。逃げられないように吸い付くと、哲平はたまらずに悲鳴を上げた。

「ああっ! ダメっ、出る・・・! ダメだって! 出ちゃう!」

可愛い。

ホントは放したくなかったけど、そんな声で泣かれちゃ仕方ない。

俺は哲平を放すと、今度は口に吸い付いた。

「へへ。・・・哲平、かわいい」

「修二、てめえ」

反撃された。

荒々しく押し倒され、足首を捕まれる。

「え?」

そのまま持ち上げられ、俺は哲平の目の前に秘部を晒す羽目になった。

「ちょ・・・待っ・・・」

「おー、おー。エロいカッコだな、委員長」

カッと顔が赤くなる。

そんな俺を無視して、哲平は俺の股に顔を埋めた。

「!」

身をよじるけど、逃げられない。

やがて哲平は、俺の腿を持ち上げて、アソコに、肛門にキスをした。

「――ッ!!」

信じられない程の快感に、思わず悲鳴を上げる。

くすぐったいような、気持ちいいような。

「ひっ、ああんっ!」

「修二、女みてえだぞ?」

「だ、だってっ! ふああぁぁっ!」

舌を差し込まれ、俺は大いによがり狂った。

「ヤベエって。親帰ってきてるんだから」

とか言いながらも、哲平は攻撃の手(舌)を緩めてくれない。

それどころか、激しく責め立ててくる。

「ひ・・・っ! くッ・・・! ・・・だ・・・だめぇっ!」

堪えきれずにあえぐ。

満足したように笑うと、哲平はその指をそこに押し当てる。

「んっ・・・!」

何をされるかの見当はとっくについている。

身体がわずかに強張っているのに気付いて、哲平は優しく囁きかけてきてくれた。

「最初はちょっと痛いかもしれないけど・・・ガマンしろな?」

俺はコクコクと頷いた。

ずぷ、と哲平の指が入った。

「あああッ!」

痛みと快楽。

わずかに痛みの方が大きい。

俺は泣いた。

「痛いか?」

「う、うん・・・! あぁっ」

俺は頷いたけど、哲平はやめないでくれた。

指を抜き差しされるたびに、肛門がほぐれていくのがわかった。

「はあっ、は・・・んっ! あ、ああああっ!」

「よし。そろそろ・・・だな」

涎を垂らしまくりながら泣く俺を見下ろし、哲平は覆い被さった。

両手で自分のアソコを導いているものだから、自然と哲平の身体は俺にのしかかってくる。

その重さが嬉しかった。

「い、入れるぞ」

「うん・・・!」

ぐっ、と圧迫される感覚が肛門に走った。

指とは比べものにならない。

「う・・・! んんっ・・・!」

やがてそれを乗り越えると、哲平はズルリと俺の中に入ってきた。

「ひいいっ!」

あまりの痛みに思わず逃げようと身体をひねらせる。

が、逃げられなかった。

「悪い・・・痛かったか?」

「い、痛いよっ! ダメ、痛いっ! 抜いて、抜いて!」

「悪い・・・いやだ・・・」

そんな!

哲平は俺の懇願を無視し、それどころかさらに侵入を続けてきた。

「あああっ! 痛いっ、痛いってばッ!」

「悪い・・・」

謝りながらも、哲平は俺を犯し続ける。

といってもまだ腰は振ってないけど。

「もう少し、ガマンしろ・・・」

「・・・そんな!」

まだ全部入ってないのか!?

俺が目で訊ねると、哲平は頷いて、再び腰を入れた。

「ひ・・・! ひいぃぃっ!」

知らなかった。

セックスって、こんなに痛いのか。

こんな事を喜んでやるヤツの気が知れない。もう、もう二度とやらない。

「はぁ・・・全部・・・入ったぞ・・・?」

「痛いよ・・・哲平・・・もう許して・・・」

「ゴメンな。すぐ終わらせるから」

ま、まだ許してくれないのか!?

っていうか、これからが本番なんだよな・・・。

俺はめげそうになった。

アソコはとっくに縮こまって、皮を被ってしまっている。

くそ、せっかく哲平にズルムケだと思われてたのに・・・!

「ああ・・・修二・・・悪い・・・あったけえ・・・すっげえ気持ちいい・・・!」

嬉しそうに目をつぶった哲平が、俺の膝を抱えてゆっくりと腰を動かし始めた。

「んっ! ひっ・・・! 痛っ・・・!」

哲平が動くたびに、引き裂かれるような痛みが走る。

二人の結合部が熱い。

なんだか、排便感が高まってきていて漏らしてしまいそうだった。

「んっ・・・くうっ・・・!」

「ハァ・・・ハァ・・・修二・・・?」

「あ・・・熱い・・・ケツが熱いよ・・・」

「気持ちいいのか?」

「わかんない・・・けど・・・ああっ! は、っ・・・変な感じ・・・!」

哲平の腰使いから容赦が無くなった。

痛くなくなったと言った途端にこれかよ、と俺は思ったけど違った。

哲平は口を半開きにし、額に汗して一生懸命に腰を振っていた。絶頂が近くて焦っている。感じてくれているんだ。

俺は嬉しくてキスをせがんだ。

哲平の身体がのしかかってきて、キスをしてくれる。

気が付くと、俺は再び勃起していた。

哲平もそれに気付き、身体を起こすと俺のをしごいてくれた。

「ひ・・・! あ、ああっ! 哲平・・・! 哲平ぇっ!」

「修二・・・オ、オレッ! オレもうッ!」

がばっと覆い被さる哲平。

俺の身体をギュッと抱きしめ、必死に腰を振る。

あまりに可愛くて、俺は哲平の背中に手を回した。

「――イク・・・ッ! ・・・うッ! ん・・・っ!」

どくんっ。

哲平が震え上がり、俺の中に大量の種を吐き出した。

「あ・・・!」

哲平がイッたのがわかる。

嬉しい。

ビクビクと何度も身体を震わせている哲平を、俺はたまらず抱きしめた。

哲平にとっては心外かもしれないが、なんて可愛いんだろう。

「あ・・・ッ・・・う・・・ふうっ・・・」

ようやく痙攣が治まった哲平は、そっと身体を起こして額の汗を拭った。

気が付くとよだれも垂らしていて、俺の胸に溜まっていた。

「わ、悪い・・・」

って、そんな事より他に謝る事があるだろうに。

いや、もちろん謝って欲しくなんか無いけど。

「その・・・すげえ、良かった」

「い、いいから、早く抜いてくれ・・・」

「あ。・・・ああ」

ずるり、と音を立てて哲平が引き抜かれた。

「ぅんッ・・・!」

「い、痛かったか?」

「・・・すごく」

申し訳なさそうに頭を掻く哲平。

俺は恨みを込めて哲平のアソコを握った。

うっ、と呻く哲平。

ぬるぬるに光り、わずかに柔らかくなった哲平。

・・・これが、あの痛みを与えてくれたんだな。

「しゅ、修二・・・?」

だというのに、憎めない。

それどころか、犯される前よりずっと、それが愛おしかった。

「・・・さて」

「ん?」

「今度は俺の番だな」

威圧するかのように、俺は哲平の前に腰を突きだした。

効果は抜群だったのか、哲平は青ざめている。

「・・・マジ?」

「自分だけ気持ちよくなってオシマイか? ・・・そりゃないだろ?」

「うっ・・・。その・・・優しくしてくれよ?」

もとよりそのつもりだ。

「・・・最初は痛いけどな」

 

 

――その晩、俺は哲平を泣かせた。

 

 

情事の後、俺は哲平に頼んで腕枕してもらっていた。

「修二って、意外と甘えん坊だな」

「そ、そんなことねえよ。・・・そういう哲平だって」

さっきまで別人のようによがり泣いていた哲平を思いだし、再び興奮する。

っていうか、あれは反則だ。

こんな逞しい身体で、こんな男らしい顔で、あんな風に泣くなんて。

「・・・可愛かったぞ」

「わ、忘れろっ」

「へへへ」

俺は哲平に抱きついた。

「なあ、修二」

「なんだ?」

「オレ・・・実は初めてだったんだ・・・」

「えっ。そうなのか?」

「な、なんでそんなに驚いてるんだよ」

「いや、だって、哲平は・・・そういうこと、いっぱいしてそうだし・・・」

「おめえ、まだオレのコト色メガネで見てやがんな?」

「ごめん。・・・でもやっぱ意外だ」

「意外って言うな。・・・ホントはキスだって、初めてだったんだから」

やっぱり意外だ。

「・・・で?」

「え?」

「修二は。・・・その・・・エッチ・・・何回目だよ?」

恐々、といった感じで聞いてくる。

その様子が可愛かったから、ちょっとからかってやる事にした。

「さっきので3回目」

「えっ!? マ、マジで!? あ、相手は!? 相手・・・誰だよ・・・?」

あ、本気で落ち込んだ。

ちょっと悪いコトしちゃったかな。

「ちゃんと人の話聞けよ。『さっきので』3回目、だぜ?」

「・・・さっきの・・・って、3発目の事かよ・・・。ビ、ビビらせんなよー!」

グッとヘッドロックをかけるように、俺の頭を締め付ける哲平。

ちょっと痛かったけど、嬉しかった。

「ごめんごめん」

「ったく・・・。なあ」

「ん?」

「・・・これ、やっぱヤバイ事、なんだろうな」

「そりゃそうだろうな」

もちろん後悔なんてしてない。

初めての相手が哲平で良かった。

「バレたらまた停学かなあ」

「さあ・・・? って、みんなには内緒にしとこうな?」

「あ、当たり前だろ」

「でもま、少なくとも校則違反じゃないぜ?」

「え、そうなの?」

「ああ」

生徒手帳には確かに「不純異性交遊禁止」と謳ってあるが、「不純同性交遊」を規制する記述はない。

俺がそう言うと、哲平は呆れたように肩をすくめた。

「詭弁じゃねえか」

「それにさ」

俺は再び哲平に抱きついた。

「不純なんかじゃないよ」

「・・・そうだな」

哲平は優しく頭を撫でてくれた。

「・・・なあ、修二・・・」

「ん?」

「・・・タバコ、吸っていい?」

今度は俺が呆れた。

「・・・お前、この俺に向かってよくそんな事が言えるな・・・」

「ゴメン・・・ちぇ、やっぱダメかあ・・・」

「・・・いいよ」

「え。マジか?」

「今回だけは見逃してやる」

嬉しそうにタバコをくわえる哲平。

俺は火を付けるのを見計らって、口を開いた。

「そのかわり」

「・・・?」

「もう一回、しよ?」

哲平はあんぐりと口を開け、危うくタバコを落としかけた。

「・・・マジかよ・・・」

「へへへ」

俺は哲平に抱きついてタバコを吸い終わるのを待った。

「ああ・・・この一服が終わったら、オレはまた陵辱されるんだな・・・」

「し、失礼だな。・・・じゃあ、哲平が男役する?」

「か、カンベンしてくれ・・・もう勃たねえよ・・・」

俺はそういう哲平の股間を覗き込む。

可愛らしく縮こまった哲平は、実は俺と同じく仮性包茎だった。

「じゃあしょうがない。俺がもう一頑張りするしかないな」

「ううっ・・・」

大袈裟に鳴き真似する哲平を慰めてやる。

「とんだ絶倫野郎とダチになっちまったな・・・」

「友達? ・・・冗談じゃない」

「え」

俺は不意打ち気味に哲平の唇を奪った。

タバコの味がした。

「・・・友達同士でこんなことするかよ?」

 

 

 

 

日差しは高く、天気は上々。

青く抜ける空を二つに切り分けるかのように、一筋の飛行機雲がその軌跡を描いている。

新緑の匂い舞う風の中、俺達は・・・

――全力疾走していた。

 

「な、なんで目覚ましギリギリの時間にセットしてるんだよ!」

「ってか、止めたのは修二だろ!?」

「普通10分は余裕を持ってセットするだろ!?」

そもそも、今時スヌーズ機能が付いてないってどうなのよ?

「あーもう! ムリだって! 諦めろよ!」

「この俺が、この俺が遅刻なんて・・・っ!」

「どれだけ走っても物理的に間に合わねえよ。ノンビリ行こうぜ?」

「責任取れーっ」

「なっ・・・も、元はといえば、昨夜おめえが頑張りすぎたからだろ!?」

「お、俺のせいかよ!?」

「だっておめえ、なんだアレ! 一晩に五発って、信じられねえよ!?」

往来でそんな事を言われて、俺の頬に朱が差す。

幸い、周りに人はいないけど。

「まったく、おとなしいツラしといて、とんだ狼なんだからな」

「ぐっ」

言い返せない。

何か、何か反論の余地は・・・。

「て、哲平が寮に入らないのが悪い!」

「はあ!? なんだその理屈は!?」

「いいから、もうお前諦めて寮に入れよ。そうすりゃ、絶対遅刻しなくて済むから!」

「カンベンしてくれ。んなコトしたら、オレのケツ三日でガバガバにされちまう」

バッ・・・!

な、なんて下品なコト言うんだ!

「ま、毎日するわけないだろ!? 一週間・・・いや、五日に一度にしよう!」

「だから勝手に決めるなよ。寮になんて入らねえって」

「いいアイデアだと思ったんだがなあ」

「それによお・・・」

隣に並ぶ哲平。

いつの間にか、俺達は走るのを止めて歩いていた。

初めての遅刻、か。

最近初めてづくしだな。

「それに、なんだよ?」

哲平は頬を染めて言った。

「・・・どうせなら、三日に一回にしようぜ?」

 

 

終わり

 

 

 

モドル           →あとがきへススム