High & Low (前編)

 

 

 

教科書の内容を読み上げ、黒板に公式を書く。

「はい、これテストに出ます。ていうか出します」

私の心優しい宣言を受け、生徒たちは顔色を変えてノートに公式を書き写していく。

……一人を除いて。

チョークの立てる硬く乾いた音。

自分で言うのも何だが、朗々と響く私の授業内容は、彼にとっては心地の良い子守唄以外の何物でもないのだろう。

 

南原小太郎。

3−B在籍のハイエナ獣人は、顔のあちこちに貼った絆創膏を隠すように机に突っ伏して居眠りを続けていた。

……絆創膏よりも居眠りを隠すようにしてくれれば、まだ可愛気もあるというのに。

3年に進級できたのが奇跡と言う他無い、目を覆いたくなるようなひどい成績。

身長はおそらく160ほど。下手をすれば150代。私より頭ひとつ、いや、1.5個は小さい。

体重に至っては半分……は言い過ぎか。3分の2程度だろうか。

そんな小柄な彼だが、その実態は手の付けられない乱暴者で、授業のサボタージュは当たり前。ケンカに素行不良、私は確認していないが喫煙の前科まであるそうだ。

不良生徒というレッテルがここまで似合う生徒を、教師歴10年の私は他に知らない。

 

「南原君。起きなさい」

彼の席の前まで行って、優しく声をかける。

が、彼は微動だにせずに居眠りを続けていた。

一つため息をつき、少し語調を強めてもう一度注意する。

「南原君。起きなさい!」

南原くんにようやく動きが見えた。

少しだけ顔を上げ、片目だけを腕枕から覗かせて。

「……あぁ?」

鋭い眼光を射かけてくる。

「……!」

小柄なくせになんという迫力だろう。

私の小さい肝は簡単にすくみ上がってしまった。

 

小さいのは肝だけである。

私の身長は2メートル近くあるし、体重に至っては130を超え、いまだ増加の一途を辿っている。

しかし私はデブというわけではない。

なにせ身長が高いのだ。

身長が2倍になれば体重は2の3乗、8倍にもなる。

つまり比重で考えれば「一般より少し太いかも?」という程度だ。……そうに違いない。

私の身長での理想的な体重は85キロ、となにかの本で読んだが理想は理想であり現実的ではない。

……いかん。恐怖のあまり、思わず現実逃避してしまった。

私は一つ咳払いをすると教卓に戻り、授業を再開する。

南原くんを起こすのはもう諦めよう。

 

 

 

終業のチャイムが鳴り、私は教科書を閉じた。

委員長の号令で挨拶をして解散。

ちなみに件の不良生徒は最後まで机に突っ伏したままであった。やれやれ。

 

「大丸先生。ちょっと質問」

教室を出ると、大柄な生徒に呼び止められ、授業内容について質問をされた。

たしか彼は熊田裕次郎くんだったか。

私と同じ熊人で、身長も(おそらく体重も)そう変わらない。

もっとも、彼はツキノワグマ系で、私とは被毛の色がまったく違う。

私はホッキョクグマ系、いわゆるシロクマである。だからなのか、私のほうが少しだけ背が(体重も)高い。

「はいはい。あー、そこはですね……」

黒縁の眼鏡を正して丁寧に答える。

彼は真面目な生徒だが、少しだけ勉強が遅れている。

柔道部のエースということで、今夏の大会で素晴らしい成績を収め、有終の美を飾った。

部活も引退して、これからは勉学に励んでくれることだろう。

彼ほど熱心に授業を聞いていれば、少しばかりの遅れなどすぐに取り戻せる。

現に今も、私の説明で理解できたのか、うんうんと頷いて礼を言ってくれた。

「そっか。ありがとうございます。大丸先生」

「はい。どういたしまして」

 

大丸というのは私の名前である。姓ではなく、下の名前。

フルネームは北島大丸。数学教師。演劇部の顧問を務めている。

皆は親しみを込めて大丸先生と呼んでくれるので、生徒の中には大丸が苗字だと思い込んでいる子もいるかもしれない。

……いや、さすがにそれはないか。自己紹介の時にちゃんと名乗っているし、時間割にも苗字で書かれている。

35歳で独身。彼女はいない。

先程も言ったがシロクマ獣人。純白の被毛が自慢である。おかげで、顔にかけた黒縁眼鏡がよく目立つ。

 

これは、そんな私と彼の、初めての物語。

 

 

 

 

蝉時雨。

照りつける陽光。

9月になったばかりの陽気はまだまだ真夏のそれで、暑さに弱い私のメンタルに容赦のないプレッシャーを与えてくる。

ネクタイを少し緩めて汗に濡れたワイシャツの襟元を開く。

……少し訂正。

暑さに弱いのはメンタルだけではなく、この太った身体も同様だった。

 

 

職員室は冷房が効いていて快適だ。

私は自分の机に教科書を置くと、取るものも取りあえず喫煙室へ。

汗とタバコのニオイがない混ぜになった、私のリラクゼーションルームである。

……喫煙室にも冷房を付けてくれれば、さらに快適なのだが。

「おつかれー」

「おつかれさん」

「お疲れ様です」

憩いの場所には先客がいた。

愛煙仲間の柏木先生と、戦場跡先生だ。

戦場跡と書いてシノハラと読む。由来は、戦場跡→死体がいっぱい→死の原→シノハラだそうだ。

この一風変わった苗字の教師は、私と同じく数学教師。しかも熊人でメガネ。かなりキャラが被っている。

一方の柏木先生は虎人。体育教師で野球部顧問。今日も小豆色のジャージに身を包んでいる。

オワリ地方出身で言葉が訛っているのが最大の特徴だ。

どちらも私とは違い、なかなかの不良教師である。

暇さえあればここに来て、空気清浄機をこき使っている。

「はー。生き返りますね」

肺の中いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出して、私は人心地ついた。

空気清浄機のランプが赤に変わって唸りを上げる。

「受験生の授業は気を使いますからねえ」

「ほー。そんなもんかね」

受験生の担当でない二人が言う。完全に他人事だ。

いや、柏木先生は3年の授業も担当しているが、体育教師なので私達ほどのプレッシャーはないのだろう。

「でも、今年は真面目な生徒が多くて助かっていますよ。……例外もいますけど」

「例外? ……ああ、南原か」

戦場跡先生が察してくれた。

彼は今は2年生の担当だが、生活指導でもある。生徒からは鬼の生活指導と恐れられていた。

当然、素行の悪い生徒は彼が面倒を見るわけで、南原くんの事もよく知っているようだ。というか、おそらく私よりも詳しいだろう。

なにせ南原くんは私の授業にほとんど出ないのだから。

「あのちっこいのか。体育ん時は真面目だけどな」

「そうなんですか? 数学でももう少しやる気を出して欲しいですね」

「無理だろ」

一刀両断されてしまった。

が、私も同意見だった。

「最近また西高のヤツラとモメとるらしいでな。気ぃ付けたりゃあよ?」

聞きたくない情報だった。

気をつけろと言われても、何をどう気をつければいいのか見当もつかない。

ケンカするな、と言った所で聞く耳など持つはずがないのだから。

まあ、実際にケンカの現場に立ち会うことでもなければ意味を持たない忠告だ。私には関係のない話だろう。

 

 

……そうタカを括っていた。

今日この時までは。

 

 

仕事で遅くなり、空にはすでに月が昇っている。

今夜は満月だ。

コンビニでタバコを補充し、家路につく私の耳に、その喧騒は届いた。

どん、がしゃん、ばたん。

暴力的な音。稚拙な罵倒。意味を成さない怒号。

声の主は若い。まだ子供だろう。

「……」

普段の私なら聞こえないフリをして立ち去っていたはずだ。

にも関わらず気に留めてしまったのは、やはり昼間柏木先生の忠告を聞いてしまったせいだろう。

やめておけばいいのに、喧騒の元に足を進めてしまう。

雑居ビルの間にできた薄暗い路地裏へと。

まさか、もしや、そして……やっぱり。

騒ぎの中心に、知った顔。南原小太郎。

「はあ……」

ため息をつかずにはいられなかった。

知ってしまった以上知らんぷりはできない。私は真面目な聖職者なのだから。

「こら! 君たち!」

慣れない大声を張り上げると、全員の目が一斉にこちらを向く。

……こわい。

全員例外なく血走っている。

「ケンカはやめなさい!」

怯えていることを隠すように更に大声を張り上げる。

だが、頭に血の昇った若い連中には逆効果だったようだ。

「うっせえ! 引っ込んでろジジイ!」

……ジ、ジジイ……

悲しくなった。せめてオジサンと呼んではくれないものだろうか。

「そうはいきません。今すぐやめないと警察を呼びますよ」

携帯を取り出して脅す。

が、最近の若者にこの手の脅しは通用しないようだ。

「うぜえよ! デブ!」

「デ……デブ……!?」

なんともヒドイ言葉の暴力である。

しかも、事もあろうにその暴言を吐いたのは、私が助けに入ったハズの南原くん自身だった。

私が傷ついていると、不良の一人が襲いかかってきた。

身が竦んで避けられないでいる私の腹に、その子の靴底が突き刺さる。

無様にすっ転んで、転がる。その先にはゴミを溜め込んだポリバケツがあった。

私はそこに突っ込んで、頭からゴミをかぶってしまった。

間の悪いことに、生ゴミだった。

「……い、いたた……」

慌てて立ち上がる。服についた生ゴミを落とす間もなく、人影が突っ込んできた。

あ、メガネがない。

ぼやける視界に迫る人影を追い払うようにがむしゃらに腕を振ると、運良く……いや、運悪く? その子に当たった。

モーメントの向きを逸らされた不良その一は、そのまま慣性の法則に従ってゴミ箱の中に突っ込んでいった。因果応報。私と同じ運命を辿ったわけだ。

「この……っ!」

「……大丸?」

沸き立つ不良たちとは対照的に、南原くんは呆気にとられたように私の名を呼んだ。

っていうか、今の今まで気づいていなかったらしい。やれやれ。

文句をいう前に、不良その二が襲いかかってくる。

「……うわ!」

長年培ってきた習慣というのは、こういうとっさの時に効果を現すのだろう。

私は腰を落とし、一歩踏み込むと同時に張り手を突き出していた。

私ほどの体重が乗ったつっぱりをまともに食らっては、本職の力士でも無事では済まない。ましてや、相手は身体の軽い不良である。いとも簡単にふっ飛ぶと、ゴロゴロ転がって壁に激突した。

「こいつ……!」

不良たちの戦慄が伝わってくる。

だが、彼らにも意地があるのだろう。というか、ぶっちゃけ彼らは意地だけで突き進んでいる。

私には既に失われた若さであり、ある意味うらやましい。しかし私は、そんな猪突猛進な若者を往なす技を、同年期に習得していた。

半身をずらして不良を受け止め、ベルトに手をかけて上手投げ。

べしゃりと地面に投げつけられた不良は、そのまま伸びてしまった。

「……へえ。やるじゃん」

南原くんの声。

メガネがないので表情までわからないが、おそらく感心していることだろう。

「くそっ!」

不良その一がゴミ箱をふっ飛ばして起き上がる。

しまった。今の私からは背後に当たる。

私が振り向くより早く、南原くんが駆け抜けていく。まるで突風のように。小柄な彼は、おそらくこの中で誰よりも俊敏だ。

その勢いを殺さず、不良その一に蹴りを浴びせて昏倒させる。お見事。

残った相手は二人だったが、勘を取り戻した私と南原くんの前に、敢えなく敗走を喫したのだった。

 

 

 

「……覚えてろ!」

なんとも気の利かない負けゼリフを残して去っていく不良たち。

私はそんな彼らの背中を見送ると、へなへなとその場に崩れ落ちた。

こ、怖かった……

震える手でメガネを拾ってかける。

幸いメガネは無事だった。

「やるじゃん。大丸」

「……いきなり名前で呼び捨てですか……せめて先生を付けて下さい」

「え? 大丸って、大丸が苗字じゃないの?」

私は思わず肩を落とした。

まさか大丸が苗字だと思っている生徒が、本当にいるとは。

「北島大丸といいます。以後よろしくおねがいします」

「フッツーの苗字だな!」

あなたに言われたくありません。

「オレは南原小太郎な」

「知ってますよ……」

呆れ返ってタバコを取り出して火をつける。

その私の手からひょいとタバコとライターを取り上げ、何を考えているのか、彼も火をつける。

「……!?」

「ケンカの後の一服はうめえよな」

そう言ってニカッと笑う。

いやいやいや! ニカッじゃない!

「何考えてるんですか! 生徒が教師の前でタバコを吸うんじゃありません!」

慌てて取り上げると、彼は不満気に漏らした。

「いいじゃん別に」

「いいわけありません。まったく……」

ため息と一緒に煙草の煙を吐き出すと、彼の手が私の肩に伸びた。

一瞬殴られるかとも思ったけど違った。

「バナナ」

「……は?」

どうやら私の肩にバナナの皮が乗っていたようだ。

そういえば生ゴミの中に突っ込んだんだっけ。

思い出すと、私の鼻を強烈な臭気が襲う。

9月上旬の生ゴミである。惨状は推して知るべし。

「ひっでえニオイだぜ、大丸」

「言われなくてもわかってますよ……。そういう南原くんだって似たようなものです」

私が来る前に同じ目に合っていたのだろう。彼の身体もまた、生ゴミだらけだった。

っていうかどうしようこれ。このまま町中を歩いて帰るわけにも行かない。

「一旦ガッコ戻るか?」

「なぜです?」

「着替えるからに決まってんじゃん。体操服ならあるぜ」

「私にはありませんよ」

「貸してやろうか?」

「南原くんの服が入るわけないじゃないですか……」

そもそも体操服なんてそう何着も持っているのだろうか。いや、それ以前に教室に置きっぱなしにするのはいけないことのはずだ。

「大丸デブだもんなー。でもデブの割に強かったよな」

「デブデブ言わないで下さい」

「なんかやってたの? 格闘技」

「……学生時代に……相撲を少々」

「へえ」

意外にも、彼は笑わなかった。

「……からかわれるかと思いましたが」

「なんで? カッコイイじゃん、相撲」

おそらく本心だろう。

カッコイイと言われ(もちろん私が言われたわけではないが)、少し照れる。

「じゃあ行こうぜ。ガッコ」

「いや、ですから着替えなんて……」

ない、と言おうとしたが、思い当たった。

演劇部の部室に行けば、衣装があるはずだ。

「へえ。大丸って演劇部のセンセなんだ?」

「ええまあ」

「じゃあいいじゃん。さっさと行こうぜ。クセエし」

「……わかりましたよ……」

立ち上がる南原くんに手を伸ばす。

「?」

「……起こして下さい。腰が抜けてしまって……」

「ダッセエ!」

ほんの一瞬前にカッコイイと言ってくれたのに、私の評価はあっさり元に戻ってしまった。

 

 

 

そんなわけで学校に戻ってきた。

時間が時間なので誰もいない。当然鍵もかかっているが、私はスペアの鍵を持っている。というか、つい先程その鍵で施錠したのだ。

上着を脱いでみたが、ニオイは消えなかった。

生ゴミの汁が毛皮にまで染みこんでしまっている。

これは着替えた所で意味が無いかもしれない。

「ちょっと待ってろよ」

「はい?」

南原くんがガシャガシャとフェンスをよじ登り、向こう側から開けてくれた。

そこは学校のプールだった。

授業で使うため、今は綺麗な水が湛えられている。

「いや、勝手にそんな……」

「気にすんなって!」

南原くんに手を引かれ、プールサイドに連れて行かれる。

静かな水面に月を宿すプールは、今の私にはとても魅力的に映った。

……この際仕方ないかもしれない。

手にした上着をプールサイドに落とした瞬間、嫌な予感がした。

「そらっ!」

「!?」

後ろからタックルされ、私はバランスを崩す。

「わったったっ……!」

たたらを踏んで堪えるも、無駄な努力だった。

私は着衣のまま、プールの中へ突き落とされてしまう。

大きく立ち上る水柱。慌てて水面に顔を出し、非難しようとした私の目の前に、また一つ水柱が上がった。

南原くんも飛び込んだのだ。着衣のまま。

「っひゃー! きもちー! 染みるー!」

「……」

呆れて声も出ない。

「どうしてくれるんです、この惨状……」

「いいじゃん。洗濯も一緒にできて一石二鳥じゃん」

「どこがですか……」

もう怒る気力も沸かなかった。

脱力してプールから上がり、ずぶ濡れになった服を苦労して脱ぐ。

そもそも着衣のまま泳ぐのは気持ちが悪い。

「上着脱いでおいてよかった……」

おかげで携帯もタバコも無事だ。

それだけが救いだった。

「南原くん、服のまま泳ぐと溺れますよ」

「おー。そうだな!」

南原くんもプールから上がり、服を脱ぐ。

私は全裸になると、濡れたTシャツを絞って水気を飛ばす。少し置いておけば、体を拭くくらいのことは出来るだろう。

……気になって腕あたりのニオイを嗅いでみると、まだ臭い。

「……はっ!」

また嫌な予感がした。

慌てて振り向いて、突進してくる南原くんの身体を受け止める。

「あっ、くそ!」

あぶないあぶない。

「ふふふ。元相撲部を侮らないで下さい」

さて、どう料理してやろうかな。

このまま上手投げでプールに投げ飛ばしてやろうか。

しかし、私も南原くんも全裸だ。マワシがないのでそれもできないか。

そう逡巡している私の隙をついて、南原くんはとんでもない攻撃を仕掛けてきた。

事もあろうに、私のアソコを鷲掴みにしてきたのだ。

「うわあ!」

とんだ不意打ちに後ずさると、そこには地面がなかった。

私たちは組み合ったまま再びプールに落下し、二人分の水柱が上がる。

「……ぷはっ! それは反則ですよ!?」

「へへへ! センセこそ、不良ナメんな! ケンカにルールなんてないんだぜ!」

私から逃げるように、南原くんはスイーッと泳いでいく。

……まったく。

だが落ちてしまったものは仕方ない。

私はプールの中で身体を洗う。これでニオイも落ちるだろう。

ひとしきり体を洗い、プールサイドに腰掛ける。今度こそ落とされないように気をつけよう。

南原くんはプールの橋まで泳ぐと、ターンして戻ってきた。そのフォームは実に綺麗だった。

私の目の前で顔を出し、股間をまじまじと凝視してくる。

「センセのチンポ、でっけえなあ!」

「そんなことないですよ」

また握られてはたまらない。私は股間を隠して謙遜した。

いや、実際には謙遜ではない。そりゃあ南原くんよりは大きいが、なにしろ身体が大きいのだ。当然アソコのサイズだって比例する。体全体で比較すれば一般的なサイズだろう。

「けど包茎だな!」

「……南原くんに言われたくありません」

彼も私と同様、包茎だった。

「オレはセンセと違って将来性があるからな!」

「言ってくれますね」

彼はプールの壁を蹴ってまた泳ぎだす。

そんな彼の泳ぎを見ながら、私は上着を取り寄せてタバコに火を付けた。

……そういえば、南原くんはいつの間にか私のことを先生と呼んでくれている。少し嬉しかった。

「……南原くんは泳ぐの上手ですね」

クロール、平泳ぎ、バタフライ。

手を変え品を変え、見せつけるように泳ぐ。そのフォームはどれも実に見事だ。

「ああ。泳ぐのは好きだぜ」

壁を蹴ってターン。

今度は背泳ぎだ。

……ん?

水面から出た彼のアソコは、勃起していた。

まあ、全裸で泳ぐのは開放感があって気持ちいいし、若い男の子の生理現象だ。仕方ないか。

紫煙を燻らせながら彼の泳ぎを見守る。

私は数学教師であって美術教師ではない。であるからして、私には美的センスというものがなかった。だから、月明かりの下で泳ぐ彼の若干幼い裸体を、美しいと感じてしまうのも、無理からぬ事だった。

 

 

 

 

 

静寂の支配する教室に、筆記音だけが静かに響く。

この時間、私は小テストを行なっていた。

後ろ手を組み、生徒たちの様子を見てまわる。

ふと視線を感じたような気がして教室を見回すが、生徒たちは全員真面目にテストに取り組んでいる。顔を上げているものは一人もいない。

気のせいか。

窓の外に目を向けると、殺人的な太陽光線が降り注いでいる。

こんな日はプールに飛び込みたくなるな。

窓の下に目をやる。そこには以前飛び込んだ……いや、突き落とされたプール。

水泳の授業を受けているのは3年B組のようだ。南原くんの姿があり、目があったような気がした。

……まさかな。外から教室の中の私の姿を見つけるなど、そう簡単ではない。

そもそも私と彼はそれほど仲良くはないのだ。ただあの晩、一緒に泳いだだけの関係だ。

私は次に腕時計を見て、残り時間の宣言をする。

「あと5分です。終わった人も見直しをしてくださいね」

えー、とか、はーい、とか様々な返事が上がる。

私は満足して教壇の左端にある椅子に腰掛けた。ぎしっと軋んで大きな音が鳴る。

「……」

もう一度、窓の下のプールを見やる。

また、南原くんと目が合った。

どうやら自意識過剰ではなかったようだ。先ほど感じた視線は彼のもので間違いない。

私も見ていることに気付いたのだろう。南原くんは手招きして「一緒に泳ごうぜ」と合図を送ってきた。

……なにを馬鹿なことを。

私は肩をすくめると、べーと舌を出して答えてやった。

 

 

次の時間、私は受け持ちの授業がなかった。

喫煙室で一服し、次の授業の準備を済ませると、暇になる。

トイレでも済ませてこよう。

 

教員用のトイレで用を足し、手を拭きながら廊下に出てくると、戦場跡先生とバッタリ出くわした。

「見回りですか?」

「ええ」

生活指導の先生らしい、立派な心がけだ。

……私も見習って、少し校内を見まわってみるか。どうせ暇だし。

 

屋上に出てみた。

日差しに灼かれ、早くも後悔する。

殺人光線から逃げるように給水タンクの影に入ると、先客がいた。

……南原くんだった。

「こら。あなたは授業中のはずでしょう」

「……」

彼は寝ていた。

仕方なく揺り起こす。

「教室に戻りなさい」

「……んー」

目をこすって起き上がり、私を見て不思議そうな顔をする。

「あれ? 大丸……センセもサボリ?」

「そんなわけないでしょう。不良生徒の見回りです。早く帰らないと戦場跡先生に言いつけますよ?」

「チクるつもりかよ! 勘弁してくれよ!」

「すぐに戻れば告げ口なんてしませんよ」

そう言ったのに、南原くんに帰る素振りは見られなかった。

コンクリートの上にあぐらをかいて体を前後に揺らす。

「あー、だりー」

「……」

完全になめられてしまっているな。

「やれやれ」

懐からタバコを取り出し、火をつける。

本来は喫煙室以外での喫煙は禁止されているが、携帯灰皿も持っているので大目に見てもらおう。

そんな私を物欲しそうに見つめる南原くん。

「一本くれよ。そうしたら教室に帰ってやるからさ」

「どれだけ私に不利な条件ですか、それは」

だが、天啓のようにひらめいた。

タバコをくれということは、当然タバコを持っていない。ということは、ライターも持っていないのではないだろうか。

私は一本取り出し、南原くんに差し出した。

「えっ? マジでくれんの!? 話わかるじゃん、センセ!」

「受け取ったら教室に戻るんですよ?」

約束させ、タバコを一本渡す。

もちろん、ライターなど渡さない。

「……」

「……」

「……火ィくれよ」

「イヤです。さあ、約束通り……」

教室に戻りなさい。そう言おうとした私のネクタイを、南原くんがグイと引っ張った。

「!?」

顔が近づき、タバコの先端が触れ合う。

っていうか近い。まるでキスでもしているかのような距離だ。

「……」

ドキリとして、思わず息を吸ってしまう。

 

 

タバコの先端が赤く灯り、南原くんのタバコに火が移ってしまった。

「……サンキュー。センセ!」

「しまった……」

「これで同罪だかんな! チクったりすんなよ!」

シガーキスというのは、実は双方が協力しないと成り立たない。

私はまんまと南原くんの不良行為の片棒を担いでしまったわけだ。

「……だ、誰にも言わないでくださいよ?」

「へへへ。どうしよっかなー」

そんな。

青ざめる私とは対称的に、南原くんは嬉しそうだった。

「ま、約束通り一服したら戻るよ」

「……そうしてください」

あきらめ、どっこいしょ、と南原くんの隣に腰を下ろす。

日陰のコンクリートはひんやり冷えていて尻に気持ちいい。

授業中に生徒と肩を並べてタバコを吸う。この私がそんな犯罪行為に手を染めてしまうとは、考えられないことだった。

「怪我が増えてますね。またケンカしたんですか?」

「しょうがねえだろ。あっちがふっかけてくんだからさ」

「不健康ですね。スポーツでもして発散すればいいじゃないですか」

「ヤだよ。めんどくせえし、つまんねえもん」

「泳ぐのは好きと言っていたじゃないですか。水泳部にでも入ったらどうですか?」

「……他人事だからってテキトーなこと言うなよ。この時期に部活なんか入れるわけねえじゃん」

言われてみればそうだった。

南原くんは3年生。ましてや今は9月。この時期に水泳部など入っても、ひと月も泳げずに引退だ。うちのプールは温水プールではないのだから。

「なぜ入らなかったんですか?」

「めんどくせえと思ったから。そういうセンセはなんで相撲部入ったんだ?」

「……なんとなくです。他のスポーツは苦手でしたから」

「デブだからだろ?」

「……そういう側面もわずかながらあります」

それにしても遠慮のない物言いだ。グサリとくる。

「今度マワシ着たトコ見せてよ」

「……マワシは「着る」ものじゃなくて「締める」ものです。どうせ間違えるのならせめて「巻いたトコ」とか「履いたトコ」と間違えて下さい」

「まったく! 数学教師は細けえな!」

数学は関係ないと思う。どちらかと言えば今のは国語教師の分野だ。

そう思ったが、口にするとまた「細かい」と文句を言われそうなので言わなかった。

「どちらにせよ嫌ですよ。そもそもマワシって一人じゃ締められないんです」

「ならオレが手伝ってやるよ」

「遠慮します」

どうせなら相撲部員に手伝ってもらう。

「南原くんが相撲部に入ったら見せてあげられます。それに稽古もつけてあげますよ?」

「相撲部かー」

頭の後ろで手を組んで、彼は空を仰いだ。

「どっちにしろこの時期に入部はできねえなあ」

「それもそうですね」

「オレの身体じゃ向いてねえだろうし、モテないだろうしな」

たしかに、相撲部はモテない。

それは私の学生時代に実証済みだった。

「いや、センセならモテるだろ」

「なんでそうなるんですか」

どう考えても私より南原くんのほうが女性受けがいいだろう。

「センセってデブ専のホモにはどストライクだぜ?」

「そんなのにモテてもちっとも嬉しくないです。そもそも、そんな奇特な人種にはお目にかかったことがないですね」

「ここにいるけど?」

「……え? 南原くんはそういう人なんですか?」

「……まあな」

「そうですか……」

大胆な子だ。

普通そういうのは隠したがるものじゃないだろうか。

「……」

「……」

「……え? それだけ?」

「何がですか? ああ、心配しなくても誰にも言いませんよ」

南原くんはため息混じりに煙を吐くと、タバコをプッと吐き捨てた。

「あ、こら。ポイ捨てはいけませんよ」

「オレ、今遠回しに告白したんだけどな」

……え?

「まーいいや。約束通り教室戻るな。じゃあな、センセ!」

南原くんは去っていった。

……告白された? この私が?

この世に生を受けて35年。生まれて初めての事に戸惑って、私は動けなかった。

昼下がりの屋上に、彼の残した吸殻だけが、細く煙を登らせていた。

 

 

 

それから少しの時が流れた。

あれから南原くんとは話をしていない。

私の授業は相変わらずエスケープするし、たまに出ても居眠りをしていた。

まあ、起きていたとしても会話などできなかっただろうけど。

告白したと言ったくせに、ちっとも態度が変わらないというのはいかがなものか。それとも私は単にからかわれただけなのだろうか。

 

そんな悶々とした日々を過ごす私に、特別授業の担当が回ってきた。

特別授業といっても、視聴覚室で教材ビデオを流すだけの授業だ。

数学教師とはいえ、月に一度くらいはこういった授業も担当する。

そして、その受け持ちは3年B組だった。南原くんの在籍するクラスである。

「……」

視聴覚室にはすでに生徒がいた。自分のクラスではないので席順は決まっていない。皆、思い思いの席に付いている。

教室を見回してみるが、南原くんの姿はなかった。いつものサボタージュだ。

今日くらいは話ができるかもと少し期待していたのだが、とんだ肩すかしだ。

「じゃあこれからビデオを流します。あとでレポートを提出してもらいますから、ちゃんと見てくださいね」

いつものように指導して、ビデオを再生する。

ビデオが始まったのを確認してから部屋の電気を落として、私は部屋の隅にある教卓に座った。

さて、これであとはビデオが終わるまで何もすることがない。

テストの採点でもしようかな。

私は持ってきていた答案用紙を教卓に置くと、筆箱から赤ペンを取り出した。

「セーンセ」

「……?」

呼ばれた気がして顔を上げるが、みんなは部屋の中央のモニターに注目している。

けっこうなボリュームで音が出ているので、きっと私の空耳だろう。

そう結論づけた私の膝下に、一対の目があった。

「!?」

思わず声を上げそうになる。

視聴覚室の教卓の下に、南原くんが身を潜めていたのだ。

「な、なにをやっているんですか」

「しーっ」

人差し指を立てて、南原くん。

私は声を抑えて囁くようにもう一度尋ねた。

「……なにしてるんですか。こんなところで」

小柄な彼だからこそできるかくれんぼだ。少なくとも私の身体はそんな狭いところに収まらない。

「センセと話がしたくてさ」

「……だったら普通に廊下とかで声をかけてください」

職員室に来てくれたっていいのに。別に立入禁止というわけではないのだから。

「まあまあ。水入らずで話したいじゃん?」

「……やれやれ」

つまみ出して授業を受けさせようとも思ったが、今そんなことをすれば針のむしろだ。今回だけは見逃してあげよう。

私はテストの採点をしながら彼と話をすることにした。

「……それで? 話ってなんですか?」

「いや、特にないけど」

なんだそれは。

「センセ、こないだのこと気にしてんのかなーって思ってさ」

「……告白のことですか? ……南原くんの気持ちは大変ありがたいんですけど、私は……」

「わかってるって。センセはノンケなんだろ?」

「……ノンケってなんですか?」

「ストレートってこと」

ストレート?

「……要するに、ホモじゃない普通の人ってことだよ」

「……そういうことですか。……残念ながら、そのとおりです。ですから、南原くんの気持ちには……」

「わかってるって」

断ってしまった。

告白されたのも初めてなら、当然断るのだって初めてだ。少しだけ胸が痛んだ。

「……あーあ。失恋しちゃった」

そうか。私はいま、南原くんに失恋をさせてしまったのか。

今更ながらそのことに気がついて、胸の痛みが大きくなる。

「……すみません」

「……いいよ。その代わり、少しだけ甘えさせてよ」

「……」

その言い方はズルイ気がした。そんなことを言われたらハイとしか答えられないではないか。

答えずにいると、南原くんはその沈黙をどう受け取ったのか、私の膝に手を置いて足を開かせる。

「ちょっ……!」

「しーっ」

そのまま、股間に顔を埋めてくる。

抵抗しようとすればできた。だがしなかったのは、少しだけ負い目を感じていたからだろうか。

フンフンと鼻を鳴らす南原くんの鼻息がくすぐったい。

抵抗せずにいると、彼の行為は更にエスカレートしていった。

なんと、私のスラックスのチャックを下ろし、アソコを取り出そうとしてきたのだ。

「そ、それはいけません……!」

「いいからいいから」

いや、良くないだろう。

私は股を閉じて抵抗する。

……が、彼が手の付けられないやんちゃ者だということを、私は失念していた。

「いいから言うこと聞けよ」

ドスの利いた声で呟くと、彼は私の股間を鷲掴みにした。

そして玉ごと強く握ってくる。

「い、痛い、痛い!」

大きな声を出してしまって慌てて口をふさぐ。

その間も南原くんは握力を弱めてくれない。

私は痛みと恐怖で脂汗を流した。

「わ、わかりました……だから、許してください……!」

「へへへ」

握力が解かれ、やっと金的の恐怖から開放された。

同時に私の抵抗も消えてなくなり、南原くんがアソコをチャックから取り出してしまう。

それだけならまだしも……いや、それだけでも十分にアウトだが、さらにベルトを外し、スラックスを脱がせようとしてくる。

「センセ、ケツあげてよ」

「駄目です……! いけません……!」

「これっきりにするからさ。最後にいい思い出作らせてよ」

「…………」

逡巡する。

顔を上げて皆の様子を見るが、気付かれてはいないようだ。

視聴覚室は薄暗いし、みんな中央のビデオに注目している。コンソールにもなっている教卓は据え付けで、南原くんの姿は私以外の誰にも見咎められることはない。

「…………」

だけどいいのだろうか。いや、絶対に良くはない。

「早くしろよ。……今度は握りつぶしちまうかもしれねえぞ?」

「……ひ……!」

チャックから手を突っ込み、金玉を直に握ってくる。

再び恐怖で汗が吹き出した。

授業中に生徒にそそのかされてパンツを脱ぐなど、大問題だ。

だというのに、私は椅子に手をかけると、わずかに腰を浮かせてしまう。

……仕方がなかった。ムスコを人質に取られてしまっては、相手の言いなりになるしかない。それが男の性なのだから。

待ってましたとばかりに、南原くんがスラックスとパンツを膝下までずり下ろす。

下半身だけがひんやりとした外気に晒される。

やってしまった。もしこんなことがバレたら私は教師として、いや、人としておしまいだ。

「……へへへ。やっぱでっけえよな、センセのチンポ」

「……ふ、普通ですよ」

包茎だし。

恐怖と不安で縮み上がってしまっているし。

「もったいねえよな。こんなでけえのに使ったことねえなんてさ」

「どうしてそれを……」

「いや、フツーに童貞だろうな、って思って。やっぱそうだったんだ?」

「……」

どうせ私は童貞だ。

それにしたって生徒にそんな風に思われていたとはショックだ。

そんな私の内心を知ってか知らずか、南原くんが私のアソコを握ってくる。

「……」

皮を剥いて匂いを嗅ぎ、再び被せる。

昨夜はちゃんと剥いて洗ったからそれほどひどい匂いはしないと思うが、恥ずかしかった。

次に、萎縮していた金玉を揉みほぐす。

僅かな痛みと、文字通り急所を握られている恐怖でじわりと腋に汗が滲んだ。

「……」

こんな事を他人にされたのは初めてだったが、相手は生徒。ましてや男だ。私は平静だった。

「……申し訳ありませんが、無駄だと思います……」

「いいって。オレが好きでやってるだけなんだからさ。センセはフツーにしててよ」

「……」

普通にしていろと言われても、こんな状況でテストの採点などできるはずがない。

私が困り果てていると、不意にぬるっとした感触が走り、同時に生暖かい粘液を感じた。

私のアソコを、口でくわえたのだ。

「ちょっ……!」

それはやりすぎだ。

私が抗議しようと声を上げ、腰を上げかけると、生徒の何人かがこちらを見た。

まずい。気付かれる。

私は咳払いをしてごまかすと、椅子に深く座り直した。

「センセ、バレるって。大人しくしてろよ」

「……南原くん。お願いです、もうやめてください……」

「いいからセンセはじっとしてろって」

彼はそういって、再び私をくわえ込む。

ヌルヌルした南原くんの口の中は暖かくて、くすぐったくて、気持ち悪くて……そして気持ちよかった。

むくり、と私は反応した。

欲情はしていない。していないつもりだが、刺激を与えられれば男性は生理現象として勃起してしまう。

むくむくと成長する私自身を文字通り目の当たりにして、南原くんは嬉しそうにそれを頬張った。

「……!」

男が男の生殖器に口付けをする。

こんなの、倒錯している。だけど、南原くんははあはあと荒い息で、勃起した私のアソコを嬉しそうに愛してくれた。

そう、愛してくれているのだ。

今まで誰にも相手をしてもらえなかった私のアソコを、この小さなハイエナ獣人は、全霊で愛してくれている。

嬉しかった。

こんな状況だというのに、私は嬉しさで胸が苦しくなり、教卓の下に手をやって彼の頭を優しく撫でた。

私の許しを得て南原くんの行為が熱を帯びる。本気の愛撫だった。

嬉しい。

くすぐったいだけだった愛撫はやがて快感を伴い、嬉しさは快楽へと昇華する。

「……はあ、センセ……すげえ……」

いまやギンギンにいきり立った私の男根。

赤黒い血管が網の目に浮き出て、それでもなお皮をかぶったままのそれは、南原くんの唾液と溢れ出る先走りで濡れそぼり、てらてらといやらしい光沢を放っていた。

そんなグロテスクな生殖器を、南原くんは恍惚の表情で見つめ、握りしめ、しごき、口付ける。

やがて私の下半身に淀んだ劣情が沸き上がってきた。

まずい。このままでは……

「……南原くん、い、いけません……」

「……イケない?」

「い、いや、イキそう。だからいけません……」

「いいよ、センセ。……ちょうだい」

「……だ、だめです……!」

一度射精を意識してしまうと、昇り詰めるのは早かった。

私は少しだけ椅子を引いて、南原くんを見る。

こんな私を愛してくれる、健気な彼の姿が見たくて。

「はっ……はっ……駄目、です……出る……っ!」

「センセ……好き」

その一言がとどめだった。

私は教え子の手によって、絶頂を迎えてしまった。

「……うッ!」

ビュッ! ビュッ!

しごきあげられたアソコの先から飛び出した精液が、南原くんに襲いかかる。

「うお、すげ……!」

私のどす黒い性欲を秘めた真っ白い精液。それを顔に浴びせられても怯むことなく、彼は口を開けて挑んできた。

暴れるように射精する私を口で抑え込み、残りの精液をその口で受け止める。

この射精は我ながら大量だった。収まったと油断して口を離す南原くんの顔に、再び射精する。

「うお、まだ出んのかよ」

口から精液を垂らしながら南原くんは感心した。

 

 

その顔と言わず体と言わず、私の精液が文字通り飛びかかった。

「はあ、はあ……っ」

肩で息をして、私は我に帰った。

生徒が何人か、何事かとこちらを見ている。

「!!」

慌てて椅子を教卓に押し付けて、私は言い訳を探した。

「……す、すみません。ちょっとお腹が痛くて……」

「すごい汗だけど、大丈夫? トイレ行く?」

「いっ、いえ! 我慢できます」

我慢できなかったけど。

「漏らさないでよ? 大丸先生」

「だ、大丈夫です」

漏らしちゃったけど。

「……ちょ……センセ、苦し……」

教卓の中で南原くんが苦しげに呻いたが、我慢してもらう他ない。

最後にもう一度だけブルっと震えて吐精すると、私の射精はようやく収まってくれた。

教卓の中から精液のニオイと熱気が立ち上ってきて、メガネが曇る。私は慌てて、それらを封じ込めるように大きな腹でフタをした。

汗と精液でベタベタに汚れた南原くんを太ももで挟み込んで、身動きできないようにして。

「苦し……暑……」

「我慢してください」

南原くんは諦めて、再び私をくわえこんできた。

私はそんな彼のヌルヌルとした口腔内で、徐々に硬さを失っていく。

 

 

やがて授業は終わり、生徒たちが視聴覚室から出て行く。

最後の一人が退室するのを見届けて、私は安堵の息を吐き出した。

……とりあえず、危機は去った。

「……南原くん?」

椅子を引くと、むせ返るような精液と汗のニオイが鼻をつき、えずきそうになる。

彼はそんなニオイの中で伸びていた。

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねえよ……あー苦しかった」

自業自得だ。

「つーかセンセ、出しすぎ。どんだけ溜まってたんだよ」

「……み、3日ほど……」

「3日でこれかよ。ちゃんと毎日抜いとけよな」

「大人になると回数が減るんですよ」

毎日などできない。

「……っていうか、どうするんですか……これ……」

教卓の下は、精液でドロドロだった。

よく見たら南原くんもズボンを下ろしていた。どうやら私の下半身をオカズにして自分で抜いたらしい。

「教卓よりオレの体のほうが問題だよ……」

そういって教卓から這い出てきて、顔を拭う。顔だけでなく、全身私の精液まみれだった。

「自業自得じゃないですか」

ズボンを履き、ポケットからハンカチを取り出して渡すと、私は窓の暗幕を開けた。

窓を開いて空気を入れ替える。ニオイに関してはこれでなんとかなるだろう。

次に掃除用具入れからバケツと雑巾を取り出して、教卓を拭くことにした。

昼休みでよかった。おかげで掃除をする時間は充分にある。

「手伝ってもらいますからね」

「はいはい。じゃあ水汲んできてよ」

「そのつもりです」

結局、昼休みをまるまる使って視聴覚室を掃除し、私はなんとか汚職の証拠を隠滅することに成功した。

成功した……そう思い込んでいた。

まさかあんな、言い逃れもできないほどの動かぬ証拠が残されているとは、この時の私は思いもしなかったのだ。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

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