1997年10月前半のコーカイ日誌


とりあえず、読むたびに(1日1回)

を押してください。日記猿人の人気ランキングに投票されます。

日記猿人投票システムはこちらをご参照ください。
プライバシーは守られているのでご安心を。

d10077@dentsu.co.jp


目的と手段。(97/10/15)
 僕は以前も書いたように雑談が好きです。特に煮詰まっている時ほど、雑談は効用があると思いますし、まあ何の役に立たなくても雑談している時間それ自体が好きです。で、雑談する時ってやっぱり一番多いシチュエーションは「お茶でもしながら」だと思うのですが、ATCメンバーのO嬢は、「わたしお茶あまり好きではないです」って言うんですよ。「お腹が膨れている時は、もうお茶もいらない、って感じだし、お腹が空いている時は、お茶なんか飲んでいる場合じゃないし」って、そりゃちょっと話がズレているんじゃないのぉ!と思わず突っ込みたくなるところですが、どうやら本気で彼女にとって「お茶する」と言うのは文字通りお茶を飲むことらしいんですね。ことお茶に限らず彼女の行動というのは全て単一目的でして、映画を見に行く時は、純粋に映画が目的だし、カラオケに行くときは、とにかく真面目に歌を歌いに行くらしいのです。つまりその行為を別の目的のための手段とはしないんですよ。当然ATCでテニスするのも、純粋にテニスだけが彼女にとっての目的なわけです。
 ところが世の中には逆にこうした行為は全て手段、というタイプの人がいます。テニスするのも女の子にもてるための手段、とか、サッカーを見に行くのもデートに誘い出すための手段、とか。かつて「女の子にもてたくてテニスを始めた。プロにだっているかも知れない。」という広告コピーがありましたが、まさにその通り、という人が結構いることでしょう。男の子に限らず女の子でも友人とのコミュニケーションを図るための手段として、そういう行為を活用する人が多いですよね。いわゆるシーズンスポーツ系同好会なんかが、その手の人々の根城です。
 実は我々ATCも、ほんの3年くらい前までは圧倒的にこの「テニスは手段」派が多かったのです。みんなで仲良く遊ぶためにテニスをしているタイプが中心でした。しかし、あまりにテニスに対して適当になってくると、さすがにいい加減な僕もちょっとこれでは、と思ってしまいます。そこで積極的にテニス好きの新人発掘を続けたお陰で、今のATCはかなり「テニスが目的」派が増えてきました。ただ僕個人としてはテニスによるコミュニケーションの楽しさというのも十分に認識しているだけに、あまり「テニスおたく」的にもなりたくないと思っています。目的と手段の微妙なバランス感覚を保ちつつ、あくまでも楽しさを失わない程度に真剣にテニスがしたいですね。
●ルーズソックスはなくなるの?(97/10/14)
 コギャルの象徴と言えば茶髪とルーズソックス。茶髪はともかく、ルーズソックスはそろそろその寿命を終えようとしているようです。もちろん、まだまだ街を行く女子高校生の姿を見ていると、圧倒的にルーズソックスが多いのですが、最近ちらほらと紺のハイソックス姿の子も見かけるようになりました。渋谷なら多分もう少しその比率は多いのでしょうが、名古屋でも半年前と比べればかなりハイソックス率が高くなってきているのがわかります。
 ところでファッションと言うのは、10代後半、ファッションに目覚めた頃に「カッコイイ」と思ったファッション(つまり当時の流行)に最後まで支配されるそうで、例えば今の50才くらいの人なら、タックの入ったズボッとしたルーズなパンツ(ズボンのことね)や、しぼっていないシルエットのスーツは「カッコ悪い」と思うらしく、いくらバブル期に流行っていても、当時からキュッと絞ったラインのスーツを着ていました。また僕たちくらいの世代だと、やはりアイビーとかトラッド系には安心感があるようで、逆に70年代ファッション、特にヒッピーやサイケデリックにはかなり抵抗があります。子どもの頃はベルボトムのジーンズとか履いていましたけど、それが中学・高校の頃には完全に「ダサイ」ものになっていましたからね。今の70年代ファッションをしている若い子のことが信じられません。
 そう考えると、いくら今後ハイソックスが流行っても、今10代後半の女の子は「やっぱルーズソックスよねぇ」なんて内心思っている子が多いんじゃないでしょうか?で、20年くらいしてから再びルーズソックスが復活してブームになったりするんです。その時にはきっと「あの頃お母さんも履いたのよ」なんて得意になって娘にソックタッチの華麗なテクニックを伝授していたりして。ありそうな話だなぁ。
●NHKスペシャル「街道を行く」。(97/10/13)
 司馬遼太郎が週刊朝日に連載を続けていた「街道を行く」をNHKが映像化しました。僕は特別司馬遼太郎のファンというわけでもありませんが、週刊朝日の連載は結構読んでいました。これをNHKスペシャルでシリーズ化するというので楽しみに見たのですが、出来は「まあまあ」でしたね。確かに手堅く作ってありましたし、取材も行き届いていて時間もかかっているし、映像のクオリティも高かったと思いますが、あくまでも「街道を行く」原作を映像で再現したというだけで新しさはありません。司馬遼太郎の文章に対抗して、映像でどこまで歴史のロマンを、昔の人々の生活や息吹を感じさせることができるか、と思って見ていたのですが、ちょっと原作を追って映像化することに必死で、そこまで余裕がなかったという感じですね。テレビならではの「街道を行く」ができるかどうか。NHKが底力を見せるのか、所詮真面目なNHKではこんなもんか、ということになるのか、ちょっと楽しみです。
●ウズベキスタン戦も引き分け。(97/10/12)
 崖っぷちのはずのウズベキスタン戦でしたが、相変わらずガッツの感じられない試合ぶりで引き分けてしまいました。今までと違うのはリードされていたのを終了間際に追いついたところですが、それとてシュートして決めたわけではなく単なるラッキーな1点。決して内容的に勝っていた試合とは言えません。これでUAEが自滅してくれない限りは予選突破も無理となってしまいました。
 さて、こうなると残り3試合をどう戦うか、ということですが、どうせ次の試合は井原も累積警告で出られないのだし、いっそベテランを外して若手だけでやってみたらどうでしょう。最終予選という絶好の舞台で経験を積ませることができます。次を見なきゃね、次を。
●ミックスダブルス大会。(97/10/11)
 春に続いて愛知青少年公園のミックスダブルス大会に出場しました。結果は春と同様、1回戦は勝ったものの2回戦では完全に実力負けを喫してしまいました。いつも大会に出ると感じることですが、やはりテニスと言うのは我々のレベルでは練習量が全てですね。なにせ社会人はそうそうテニスばっかりやっているわけにはいかないですから、練習量にも人によって相当差が出ます。当然その差が実力として跳ね返ってきますね。今日2回戦で負けた相手は、本当に練習で築いた典型的「オバサンテニス」タイプなのですが、こういうタイプは試合になると滅法強いですから、全然勝負になりませんでした。まあでも大会に出ると「もっと頑張ろう」って気になるので、良い刺激になります。時々刺激がないとね、すっかりマンネリですから。
●JR東海の株。(97/10/10)
 株なんてあまり興味もなかったし、全然買う気もなかったんですが、ATCのメンバーである証券会社の子に勧められて8日に上場されたJR東海の株式を購入しました。抽選で当たったから買った、ただそれだけですが、それでも少ない預金を下ろして買っただけに株価は気になります。とりあえず新聞等の評論に寄れば安めだが、まあまあの線、だそうでホッとしています。
 で、買ってみてわかったんですけど、株ってやっぱり博打ですね。高校野球やサッカーをネタに仲間内でこちょこちょやっているトトカルチョと同じ気分です。たった1株でこれですから、いろいろ情報を集めて大量に売ったり買ったりしていれば、どんどんはまっていくでしょうね。怖い怖い。僕は慎重な割には、妙に穴狙いのところもあって、あまりギャンブルは向いてないからなぁ。
●正々堂々の勝負、だけど。(97/10/9)
 松井とホージーのホームラン王がかかった巨人−ヤクルト最終戦。今までの日本プロ野球界なら当然のように敬遠合戦になるところですが、両チーム投手陣は逃げることもせずに正々堂々と勝負しました。ともにアーチは出ず、ホージーの単独ホームラン王が決まったのですが、まあ確かに希にみる爽やかな戦いではありました。
 でも、でも。どうも納得がいきません。野村監督のコメントです。「松井は将来のセ・リーグを背負う逸材だから堂々とタイトルを獲って欲しい。ホージーはしょせん助っ人で帰ってしまうんだから。」このセリフをなんの疑問も持たずに「そうだそうだ」と思うような人とは僕は友達になりたくありません。じゃあタイトルを争っていたのがホージーではなく古田だったら、池山だったら、稲葉だったら、野村監督はどうしたというのでしょう?古田のタイトルを松井が奪っても良い、と言えたでしょうか?結局優勝への貢献度ナンバー1のホージーと言えどもガイジンはガイジン、しょせん仲間じゃないよ、ということなんですよね。
 タイトル争いは正々堂々とやってもらいたいと、僕は常々言っています。でもそれは野球を愛するファンのためにであって、お互いの仲良しごっこのためではありません。ガイジンは嫌いだから敵チームの若い奴にタイトルを取らせてやれなんて、つくづくケツの穴が小さいですよね。考えているようでも相変わらず視野が狭い、日本のプロ野球人たちは度し難いものがあります。
秋の新ドラマ予想。(97/10/8)
 もはや「コーカイ日誌」恒例(?)となりつつある新ドラマ予想。まず一番話題の作品は月9『ラブジェネレーション』。キムタク&松たか子という外しようもない組み合わせで、視聴率25%間違いなし、かな。でも正直言って、かなりストレートな恋愛ものらしいし、キャストも安全第一で意外性がないので、思ったほどには伸びない、という気もしないではないです。ただし、テーマ曲が大瀧詠一なんですよねぇ。これだけで30代はウルウルしちゃうかも知れません。次に『成田離婚』。こちらはコメディですが、意外と剛くんはキムタクより視聴率男って感じがしますから、結構いけそうな気がします。気になるのが『不機嫌な果実』。石田ゆり子が不倫する人妻に挑戦、ということで話題になっています。まあ下世話な興味は(もちろんありますが)さておき、原作の林真理子が「失楽園はファンタジーだがこちらは現実」と語ったように、どこまでリアリティのある人妻の不倫を描けるかに注目したいと思います。
 で、一番実は期待しているのが日テレ土曜9時の『僕らの勇気 未満都市』。KinKi Kidsの2人が久しぶりにドラマで共演する話題の作品です。僕はこのSFチックなドラマにかつてのNHK少年ドラマシリーズのノリを期待しているのですが、果たしてどうでしょうか。
●カラー柔道着。(97/10/7)
 とうとうカラー柔道着が認められて、国際試合で日本選手も着用することになりました。このニュース、恐らく柔道に縁のない人には、ピンとこない話なのでしょうが、一応僕も黒帯の身、ちょっと感慨深いものがあります。
 そもそもカラー柔道着を言い出したのは、かのヘーシンクなのですが、その理由が「わかりやすい」から。確かにどんなスポーツでもお互いのウェアは識別しやすいように色やデザインを分けています。とりわけ直接体が接触するような競技は、なるべくはっきりとした色の違いがなされていないと誤審のもと。そう考えれば柔道着も色を分けようというのは論理的に間違ったものではありません。しかし、日本柔道界はずっとカラー化に反対してきました。その間、理由はいろいろとつけてきましたが、本音は「伝統を守る」ことに尽きるわけで、これまた柔道をやってきた者としては、結構納得できる理由です。とにかく無条件に白じゃなければイヤってことなんです。だって昔から色のついた(たいてい黒や紺ですが)柔道着を着ているのは悪者と、映画でもマンガでも相場が決まっていました。なのに自分が青い柔道着なんて、きっと着たくないですよ。このあたり、昔からテニスをしている人が、なんとなく白のウェアにこだわるのに近いものがあると思います(衿もついてないとね)。
 とは言え、カラー化は時代の流れ。そもそもスポーツとして柔道の国際化を進めてきた以上、この事態は避けられなかったことでしょう。イヤなら相撲のように鎖国すれば良かったんです。最初のうちは慣れないかもしれませんが、数年も経てばきっと当たり前のように感じられるものです。その時には、きっとこの文章が今の考え方を知る貴重な資料になるかもしれません、って、そんなことはないけどね。
結婚して見えてくること。(97/10/6)
 我々ATCの中心メンバーの一人であるJちゃんが結婚しました。披露宴に2人、2次会には13人のメンバーが出席。さらに3次会はATCメンバーによる独占記者会見ならぬ独占パーティという、まあ本当にこんなに我々と付き合ってくれていいのだろうか、という感じでしっかりお祝いすることができました。
 幸せ絶頂の2人には何を言ったところで始まらないのですが、ある程度結婚生活を積み重ねると、やはり独身の頃には見えてこなかったことが見えてきます。学生が社会人になると、わからなかった世の中の不条理・不合理がわかるようになるのと同様に、結婚もしてみると、いろいろと不便不都合があることが理解できるようになります。「結婚してはじめて一人前」なんてことを言うオヤジが昔はよくいたものです。実際楽しいばかりじゃない結婚生活だからこそ、楽しいことを見出して過ごすようになれるまで、しばらくJちゃんも時間がかかることでしょう。
●W杯赤信号。(97/10/5)
 韓国戦の敗戦で黄信号が灯った日本代表が、アウェーのカザフスタン戦で「ドーハの悲劇」を繰り返すかのような終了間際の同点劇で引き分けてしまいました。大量得点差で勝たなければならないのに、これはまさに痛恨の引き分けです。これでいよいよフランスへの道は非常に厳しくなりました。数字の上ではまだ可能性が残っているとは言え、現実的には相当苦しい状況に追い込まれてしまいました。それにしても毎試合毎試合、いつも同じように後半足が止まって守備が乱れて点を取られてしまうのでしょうか?最後まで走り切る体力すらついていない代表チームなど、確かにW杯に出場する価値などないかも知れません。
 だいたい体力不足は今に始まったことではありません。ずっと昔から懸念されていたにも関わらず、結局鍛えることをせずに最終予選に挑んだ首脳陣、特に加茂監督の責任は明らかです。更迭は当然の措置ですね。しかし、ファルカンがあれほど日本代表はフィジカル面が劣っていると言ったのに、その忠告を聞かずに1年足らずで彼のクビを切って何をしていたのか?テクニックだけで体力のない選手ばかりを代表に選んでしまったことについてどう言い訳するのか?加茂監督だけではなく、疑問の声を無視して彼を監督に据え続けた長沼会長の責任もまた大だと言えます。
 もっともまだ最終予選は半分残っています。幸い韓国がUAEを3-0で下してくれたお陰で、B組2位に入る目がないわけではありません。とりあえず次のウズベキスタン戦には、コンディションの悪いカズや名波・中田らをガラッと入れ替えて思い切った布陣で臨んで欲しいですね。今のままズルズル負けてしまったら、本当に不完全燃焼です。
●腐っても母校。(97/10/4)
 久しぶりに自分の出た大学を歩いてきました。特に目的があったわけじゃなくて、たまたま通りかかったので、ちょっとキャンパスの中をふらついてきただけなのですが、意外にも懐かしさに胸がジーンときてしまいました。とにかく変わってないんですよ。自分が在籍していた当時から、建物などがほとんど変わっていないので、歩いているだけで20才前後の自分に戻ってしまったかのような錯覚に陥りそうでした。
 正直言って僕は自分の大学が好きではありません。経済的な理由で仕方なく選んだ大学だったせいか、どうしても最初から斜に構えていて、どっぷりと大学に浸からずに、いつもちょっと離れて眺めていたようなところがありました。入学した時はもちろん、卒業する時も「せいせいした」という思いくらいで寂しさなんて全然感じませんでした。それが卒業してから15年余り。いつの間にかキャンパスは遠く愛憎もなく、ただ懐かしいだけの場所になっていました。「腐った大学」なんて学祭のテーマを掲げられるような情けない大学ですが、それでも母校というのはいいもんだな、なんてふと感傷的になってしまった秋の夕暮れ。僕もトシかもねぇ。
●ものまねは批評精神を忘れたのか。(97/10/3)
 かつてフジテレビ系列の特番「ものまね王座決定戦」は、コロッケ・清水アキラら芸達者なレギュラー陣を抱え、常に高視聴率を稼ぐドル箱番組でした。ところが最近はすっかり落ち目。この秋のスペシャルも新鮮味が少なく、多分視聴率的にも大して取れなかったことでしょう。
 こんなにもつまらなくなった原因の一つに、日本テレビによるものまね芸人引き抜きがあったことは確かです。コロッケや岩本恭正ほかフジで育った多くのものまね芸人が、今では日本テレビの同種の番組に出ています。しかし、それだけでこれだけつまらなくなったとも思えません。やはり番組の作り方に甘さがあるとしか言いようがないでしょう。
 例えば今回優勝したのは清水アキラです。彼が優勝するのは構いません。実力的にもキャリアもトップクラスですから当然と言えば当然なのですが、問題は優勝を決めた時のものまねのネタです。なんと森進一の真似だったのです。それもなんの芸も演出もくすぐりもなく、ただただ普通に森進一の『襟裳岬』を歌っただけです。こんなネタに今さら優勝を与えてなんになるというのでしょうか?そりゃ誰が優勝したって、特に贔屓の芸人がいるわけではなし、どうだっていいことです。でも、かつてこの番組を支えていた精神は、ものまね芸の新しいステージへの進化でした。従来のただ「そっくり」に真似するだけではなく、そのオリジナルを向こうへ突き抜けて激しくデフォルメすることで、オリジナルの中身をえぐり出すような作業が苦もなくできていました。それがこの「ものまね王座」の新しさだったのです。コロッケ演じる美川憲一や清水アキラの村田英雄の真似がどうしてあんなに受けたのか?それは今まで誰もが薄々「変だ」と思っていて、でも怖くてどう変なのか言えなかったことを、デフォルメしながら、はっきり「ほら、こんなに変でしょ」 と示して見せてくれたからです。ものまねすることで、オリジナルに対する批評をする、そこまで高いレベルに達していた番組だったのです。そういう発想を失った現在の「ものまね王座」が面白くないのは仕方ないのかも知れません。できたら昔の気持ちを思い出して出直して欲しいんですけどね。
●特番は特別つまらないの?(97/10/2)
 テレビが秋の改編期なので、連日連夜特番続きです。各局ともネタ切れなのか、正月のおせち番組と同じように、いつものメンツがいつもの見飽きた企画のつまらない番組をやっています。秋の新番組のキャストが勢揃いして対抗戦でゲームやクイズをしたり、NG集をバラエティタレントがわいわい言いながら見たり、人気バラエティを無理矢理時間引き延ばしたり、そこそこ視聴率が取れたドラマの2時間スペシャルをやったり。よくもまあこれだけ安易な企画が並ぶもんだと感心するくらいにみんな安い作りです。
 昔を懐かしんで良かった、と言うのはいかにも年寄りくさいのでイヤなのですが、でも昔はもう少し骨のある特番をテレビもやっていました。なのに、どうしてこんなことになってしまったのか?もちろん、特番の本数が増えすぎたためです。以前は本当に改編期の一週間だけが、特番の時期でした。一週間となると、流せるのはせいぜい10本そこそこですから、各局とも知恵を絞って特番を作ったものです。ところが他局の新番組のスタート時に特番をぶつけてつぶす、というような編成方法が出現してから、特番の季節が長くなりました。今では3週間くらいずっと毎日特番が並んでいたりもします。どんどん改編期の特番は歪んできました。粗製濫造の世界に入ってしまったのです。その上、ドラマがほとんど1クールになったために、これまでの春秋の年2回の改編期が、今や年4回になってしまいました。これではますます質より量、特番のレベルが落ちてしまうのも無理からぬことです。特別つまらない番組だから「特番」か、と思われないように、もう少し各局とも面白い企画が欲しいですね。
●高山日帰り出張。(97/10/1)  
 クルマで高山まで日帰り出張してきました。ここ1年で3回も行っているだけに慣れたものよ、と思って出かけたのですが、中央道が工事渋滞していると聞いて、急遽東海北陸自動車道を使って郡上八幡からひるがの高原・荘川経由で高山に行きました。火曜日だけあって道自体は空いていたのですが、でも決して走りやすいという環境でもありませんでした。と言うのも、とにかく工事用のトラックが多いのです。現在東海北陸自動車道は一宮木曽川から郡上八幡まで完成供用されていますが、この11月には白鳥まで伸び、さらに続々と完成に向けて工事が進められています。そのために国道156号線は至るところで工事また工事。美しくかつのんびりとした穏やかな山間の村々が、山を削られ緑をはぎ取られて、あちらこちらで無惨な姿をさらしているのです。
 もちろん、だからと言って工事をやめろ、自動車道の建設を中止せよ、なんて感情的なことは言いません。実際、住んでいる人々にとってはきっと待望の道路だと思いますし、利用する僕たちにとっても、白川郷や高山への距離がぐっと近づく便利なルートであることは間違いありません。実際、僕は早くこの道が完成しないかな、と今まで思っていました。開発によって破壊される自然環境と引き替えに享受できる利便。それが生なカタチで姿を見せている、いわば現実に示されている『もののけ姫』のテーマに、何とも言えない感懐を覚えました。


1997年9月のコーカイ日誌へ


おっと、忘れるところだった

押してね。