マンガ時評vol.50 99/4/22号

芥川賞・直木賞をとらせたいマンガ。

 ダ・ヴィンチ5月号の特集が「芥川賞をとらせたいマンガ」というもので、アンケートの結果、1位に選ばれていたのが吉田秋生『BANANA FISH』、以下2位が山岸涼子『日出処の天子』、3位浦沢直樹/勝鹿北星『MASTERキートン』、4位宮崎駿『風の谷のナウシカ』、5位岡野玲子/夢枕獏『陰陽師』という結果でした。まあまあ妥当なランキングだと思います。過去にこのマンガ時評でも取り上げた素晴らしい作品がいくつも上位に入っていました。

 ただ芥川賞というのは、やはり新人作家のための登竜門という意味づけがありますから、もう亡くなってしまった作家(手塚治虫とか石ノ森章太郎とか)や、巨匠と呼ばれるような大ベテラン(萩尾望都とかちばてつやとか)は、さすがに対象外という気がします。もちろんあくまでも遊びのランキングであるダ・ヴィンチの特集に、そこまで厳密さを求めるべきではないのでしょうが、せめて中堅どころまでに絞ってはどうかと思います。

 もうひとつ、芥川賞はイヤー賞です。過去の全ての作品を対象にしたオールタイムな賞ではありませんし、オールタイムな賞にしてしまっては、毎回同じ作品が受賞してしまいかねません。『BANANA FISH』は名作中の名作ですが、すでに数年前に完結してしまっています。もっと古い『日出処の天子』も同様。個人的には、西原理恵子『ぼくんち』(ダ・ヴィンチのランキング12位)、松本大洋『ピンポン』(同22位)あたりも芥川賞に推したいところですが、これも連載が終わっています。

 現在連載中の作品では『陰陽師』が良いと思いますが、残念ながらこれは原作が文学作品(夢枕獏)なので、ちょっと純粋にマンガとしての評価はしがたいところがあります。また、ダ・ヴィンチでは10位に入っていた『残酷な神が支配する』もかなり良いと思うのですが、先ほど書いたように、いまさら萩尾望都に芥川賞というのもおかしいですしね。

 といろいろ考えた結果、僕としては連載中の作品から芥川賞を選ぶとしたら浦沢直樹『MONSTER』(同14位)が相応しいと考えます。文学性の高さ、緻密な構成、深い人間洞察。マンガの深度をよくぞここまで極めた、という傑作です。以前にも取り上げている作品なので、今さら論評を加える必要はないかも知れませんが、少なくとも平野啓一郎『日蝕』と比べても遜色はないだろうと思います。

 ところで、純文学対象の芥川賞より、さらにマンガにピッタリはまるのはエンターテイメント性の高い作品に贈られる直木賞。そもそも誰に読んで欲しいのかわからないような作品が横行している「文学」よりも、読み手を意識せずには存在しない(現在のところは、ですけどね)マンガには、直木賞こそ相応しいし、それに見合う作品が山のようにあって、選ぶのに困るくらいです。

 では独断と偏見で直木賞候補をノミネートしてみましょう。あくまでも連載中の作品から選んでみました。冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、藤田和日郎『からくりサーカス』、皆川亮二『ARMS』、藤沢とおる『GTO』、王欣太『蒼天航路』、村上もとか『龍-RON-』、さくらももこ『ちびまる子ちゃん』、吉田秋生『YASHA』。いや、まだまだ傑作はあるとは思いますが、大ベテランを除き、より直木賞的作品という視点でのノミネートです。

 さらにこの中から絞ります。いずれも面白さでは負けていませんが、スピード感と斬新さという意味では『ARMS』、社会性・話題性では『GTO』、スケール感と安定感で『龍-RON-』が抜けています。『からくりサーカス』『YASHA』は、それぞれ前作『うしおととら』『BANANA FISH』をまだ上回っていないという意味で落選。『HUNTER×HUNTER』はまだ序盤ですし、逆に『ちびまる子ちゃん』『蒼天航路』はもはやかつての勢いがない。と言うことで、この中から僕としては直木賞というイメージにもっとも相応しい作品いう意味で壮大な大河ロマン『龍-RON-』を選びたいと思います。

 村上もとかは、もともとスケールの大きな物語を描ける資質に恵まれた作家です。かつて少年サンデーに連載していた『六三四の剣』も、先頃まで描いていた『メロドラマ』もそうですが、特にこの『龍-RON-』は、時代の激動に翻弄されているかのようで、実はそれぞれに一本筋の通った生き方を見せる登場人物達を見事に描き、魅力的な物語を紡いでいます。主人公の龍やヒロインのていの、どんなに辛い時でもめげない強さと明るさ。そして、彼らを巡るさまざまなキャラクターたちも、みな魅力的で読者を惹きつける力があります。

 さらに昭和初期を舞台に、実際に起こった歴史上の事件と、フィクション部分の絡め方も見事な手際を見せています。ストーリー展開はかなり右に左にと激しく動きますが、それも時代の激動と重ね合わせることで無理なく展開させています。司馬遼太郎ばりの歴史ロマン、五木寛之ばりの青春群像、松本清張ばりの社会派サスペンスがちりばめられた『龍-RON-』なら、直木賞の名に決して負けることはないでしょう。