マンガ時評vol.25 97/10/29号

『MONSTER』も『みのり伝説』も大人向け?

 浦沢直樹が「ビッグコミック・オリジナル」誌上でじっくりと描き続けてきた『MONSTER』がいよいよ佳境に入ってきました。上質な長編テレビドラマシリーズのように、緻密なストーリーと絵作りを長い時間をかけて積み上げてきたこの作品。クライマックスはもうすぐそこまで来ているというぞ、という緊張感が読者にもひしひしと伝わってきます。

ストーリーは、かなり複雑で、しかもまだ幾重にも張り巡らされた謎の全容が解明されていないために、説明するのは大変難しいのですが、基本的な設定は、天才的外科医「テンマ」が、無実の罪で追われながらも、連続殺人事件の犯人「ヨハン」を徐々に追いつめていくという、映画『逃亡者』のようなスリリングなサスペンスです。ヨハンに関わる全ての人が殺されていくなかで、テンマはヨハンを狙撃することを決意します。最新号では、いよいよ狙撃場所の図書館にテンマが潜んだところで終わりました。うーん、盛り上がるなぁ。

 最初この作品を僕はあまり評価していませんでした。とにかく隔週刊のオリジナル誌上で描くにはあまりにも展開が遅くて退屈だったからです。謎が謎を呼ぶような複雑でわかりにくいストーリーのために、物語は遅々として進まず、登場人物の関係もわかりにくいし、隔週のために前号までの展開も忘れてしまいます。しかも浦沢直樹の前の作品である『MASTERキートン』に比べて、ほのぼのとしたヒューマンさがないため、彼の温かいタッチが生かされていない、と不満を感じていました。同じようなサスペンスでも、例えば吉田秋生の『バナナ・フィッシュ』のように、スピーディで派手な展開ならまだマシだけど、と思っていたものです。

 ところが、ここにきて追うテンマと追われるヨハンが近づいてきたために、2つに分離していたストーリーがひとつになってきたような感じで、物語の展開がグッとテンポ良くなってきました。少しずつ解きあかされていく謎。テンマとヨハンの運命はどうなるのか。クライマックスに向けて盛り上げる浦沢直樹の手腕はさすがベテランの冴えを見せています。オリジナルという雑誌に相応しい、大人の鑑賞に耐える作品です。

 さて、同じオリジナル誌上でやはり長期連載を続けていた『みのり伝説』も、いよいよ次号で最終回のようです。この作品に関しては以前もちょっと取り上げましたが、僕は最初から最後まで感動することもワクワクすることも面白いと思うことはありませんでした。読後感はいつも「なんだ、この話は!」でした。一応読むだけは読んでいたのですから本当につまらない、読むにも値しない作品だと言うつもりはありませんが、それにしても一体この違和感はなんなんだろう、と思います。

 『みのり伝説』は僕にとっては「気恥ずかしいマンガ」です。その気恥ずかしさは、若さとか幼さとか青さ、という言葉で表せるような類のものです。主人公はもちろん、登場人物全てがおままごとをしているように青臭い。それも、あえて作者が意図的にキャラクターを青臭く描いているのならまだいいんです。でも『みのり伝説』は、キャラクターだけではなく、設定もストーリーもネームもとにかく全てが青臭くて気恥ずかしい感じがしてしまうのです。なんか高校生が描いているような現実感・生活感の欠如と頭でっかちな人生論・恋愛論。酒場とか会社とかを舞台に「大人」の世界を描こうとしていますが、実は学園青春ものと構造的には差がありません。こんな話に素直に感動できるのは20才までだぞ、と思う僕は、ひねすぎているのでしょうか。

 まさに大人の鑑賞に耐えるサスペンス『MONSTER』と、青臭い子供だましにしか思えない『みのり伝説』。でもともにオリジナルでは人気作品なんですよね。まあ一口に「おとな」と言っても、当然レベル(マンガ読みとしてのレベルです)もさまざま。いろんな大人がいるわけですから、あれもこれもありなんでしょうが、やはりまだ青い、見た目だけの大人にはもう少し成熟して欲しいと思います。