マンガ時評vol.42 98/8/25号

テニスマンガはテニスを描いているか。

 現在テニスマンガとして連載中の主要な作品は少年サンデーの石渡治『LOVE』とビッグコミックスピリッツの浦沢直樹『Happy!』があります。ともに少女が主人公の爽やか系テニスマンガですが、『LOVE』は女の子が男と偽ってテニスをするし、『Happy!』は多額の借金返済のためにテニスしているしで、それぞれ一応単純なテニスマンガではなく、大きなマイナスを主人公に課していて、それが作品の重要なポイントとなっています。さらに最近モーニングで『一生』というテニスマンガがスタートしました。こちらはまだ始まったばかりなのですが、どうやら心臓に先天的な障害がある子供(この子の名前が「一生」です)を育てながらテニスプレーヤーとして困難な道を歩もうとする男の物語のようです。これもまた、父親としての責務とプレーヤーとしての夢を同時に追うという、一種のハンディキャップ付きドラマのようです。

 これらのマンガに共通しているのは、作品のテーマが決してテニスを描くことではないところです。たまたま選んだ舞台がテニスコートであるだけで、本来描きたいのは、主人公たちがハンディキャップにどう挑み克服していくか、という物語なのです。だから実は舞台はテニスでなくても、バスケットでもサッカーでも卓球でも本当は構わないはずです。ただ、まだスタートしたばかりの『一生』については軽々しく決めつけることはできませんが。とりあえず絵を見る限りではかなり迫力あるテニスシーンを描いてはくれそうです。

 以前vol.6『スポーツはマンガで語ろう』の回で、日本の貧困なスポーツジャーナリズムの中で、マンガだけがスポーツの美しさを表現し得ている、ということについて論じました。その中で取り上げた『はじめの一歩』『SLAM DUNK』『柔道部物語』は、それぞれボクシング、バスケット、柔道というスポーツの素晴らしさを十二分に表現しています。ところが現在連載中のテニスマンガは、どれもテニスの面白さ楽しさを十分に描ききっているとはとても思えません。ほとんど具体的なプレーを描かずメンタル面だけで勝ち負けが決まる『Happy!』はもちろんのこと、一応テニスの試合を描いている『LOVE』にしても、「くじら」だの「らっこ」だのおよそテニスの技術とは思えないような必殺技のオンパレードで、あまりにも現実味に乏しい寂しい表現です。

 もちろん、テニスを描くためではなく人間を描くためにテニスというシチュエーションを借りているだけだ、という意見もあることでしょう。石渡治にせよ浦沢直樹にせよ、実績十分なベテラン作家ですから、実際どちらもそこそこ面白い作品には仕上げてはいます。しかし、それはあくまでも「そこそこ」でしかありません。マンガでありながら時として本当の試合を見る以上に興奮させる『SLAM DUNK』のような、ほとばしるエネルギーは『Happy!』や『LOVE』からは全然感じられないのです。そもそも、スポーツをそこまで豊かに描いているからこそ、人間も豊かに描けるのではないでしょうか?『はじめの一歩』や『SLAM DUNK』の面白さと感動がそれを証明していると思います。

 結局、答は単純です。作家がテニスにディープなまでの愛情を持っているかどうか、なのです。井上雄彦のバスケットや、小林まことの柔道に対するような深い愛情があったら、もう少しテニスをテニスらしく彼らも描くことでしょう。村上龍の小説の方が、はるかにテニスを描くことに関しては上です。不幸にして過去を振り返ってもテニスをテニスらしく描いたマンガはほとんどありません。名作の誉れ高い『エースをねらえ!』にしたところで、それは少女マンガの名作であってテニスマンガの名作とは言い難いと僕は思っていますし、あの巨匠ちばてつやにしたって『少年よラケットを抱け』は彼の作品としては駄作の部類に入ると思います。

 僕が知っている限り、ある程度愛情を持ってテニスを描きテニスファンを納得させた作品は過去に2つしかありません。ひとつは小谷憲一のデビュー作『テニスボーイ』。80年代初頭に少年ジャンプに連載されてスマッシュヒットしたこの作品は、ちょうどコナーズ・ボルグ・マッケンローによる爆発的テニスブームと同時期に連載されました。テニス自体がファッショナブルで攻撃的なイメージに変わってきた、その流れをうまく表現していた作品でした。『アストロ球団』の影響なのか、ジャンプ的な無意味な必殺技の連発には少々辟易しましたが、それでもトップスピンなど当時最新流行の技術をいち早く取り入れたあたりに、作者のテニスに対する情熱を感じました。そしてもうひとつは塀内真人(その後「夏子」に改名)『フィフティーンラブ』。こちらは80年代中盤から後半、レンドルやビランデルが活躍していた時代に連載をされた作品で、彼女らしい現実感溢れる爽やかなテニスマンガでした。彼女の作品はどんなスポーツを描いても、そこにプレーヤーとしてではなく、ファンとしてのミーハーな愛情が溢れているのがよくわかります。そしてミーハーゆえに、自分が見てみたいスポーツシーンが描けるのではないかと考えています。

 もはやこの先『Happy!』や『LOVE』に大きな期待をすることはできません。せめて始まったばかりの『一生』が、本格的なテニスマンガとして成長していくことを期待するのみです。テニスの試合って、それだけでドラマなんだから、マンガとしても面白いと思うんですけどねぇ。どうして水島新司の野球マンガみたいにテニス自体を深く突っ込んで描けないんでしょうか。残念です。