マンガ時評vol.6 97/1/4号

スポーツはマンガで語ろう。

 日本のスポーツ文化の質の低さは、何と言ってもスポーツそれ自体よりも、スポーツを取り囲む環境にあることは間違いありません。中でもスポーツジャーナリズム及びスポーツノンフィクション・スポー ツフィクションで優れた仕事を残している人がどれほどもいないことが、スポーツ文化が育たない大きな一因です。スポーツの素晴らしさとは、スポーツの中にこそあるのに、日本ではスポーツの外側にある 背景を「人間ドラマ」と称して取り上げ過ぎます。また、過剰なまでの結果主義。勝ち負けも本当はスポーツの味付けにしか過ぎないのにそれを全てと捉えるマスコミの報道姿勢にも大きな問題があることは 間違いありません。

 そんな貧しい日本のスポーツ文化の中で、これまで例外的にスポーツの美しさと楽しさを伝えてきたのがマンガだと思います。もともと少年マンガにおいては「スポーツもの」というのは大きなジャンルで あっただけに、その作品数も多く、過去にさまざまな試みが行われ、傑作マンガが生み出されてきました。

 スポーツをすることの楽しさと、スポーツそれ自体の美しさ。この二点を結果至上主義に陥らず、また「人間ドラマ」にも堕落せずに描き切っているのが少年マガジンで連載している『はじめの一歩』です。 いじめられっ子だった一歩がボクシングと出会って、埋もれていた天賦の才能と努力でチャンピオンへの道を昇っていく様を描くこの長編は、実にボクシングの凄みと迫力をよく描いています。一歩をはじめ 登場人物たちが良く描けているということもありますが、なによりこのマンガの素晴らしさはボクシングシーンそのものです。骨のきしむ音、パンチの痛み、血の味。そう言ったもろもろを感じさせながらも、 思わず拳を握りしめたくなるような熱い思いを感じさせてくれる手際の見事さ。かつての名作『あしたのジョー』より遙かに洗練された90年代の正統派スポーツマンガだと思います。

 これ以外にもスポーツシーンを、まるで実況中継のように美しく、かつ迫力をもって描いているマンガは、数多くありますが、僕が特に感動を受けたものに、すでに連載は終わっていますが、『SLAM DUNK』と『柔道部物語』があります。前者のラストは数十ページにわたって絵だけで全てを描ききった実験的かつ感動的なものでしたし、後者の主人公の背負投げの迫力は鳥肌が立つほどでした。ともに絵が上手い からこその技ですが、一見に値するまさに名シーンです。こういう傑作に比べれば、世に多いスポーツノンフィクションと称されているオヤジ向け読み物のなんと通俗なことか。スポーツを語るならマンガに 限る。これが日本の常識です。