マンガ時評vol.38 98/5/28号

主人公の成長が引き際となった『おたんこナース』。

 佐々木倫子がスピリッツ誌上で連載していた人気看護婦マンガ『おたんこナース』がいよいよ来月で最終回を迎えるようです。いかにも佐々木倫子らしい切れ味鋭い作品だっただけに残念ですが、反面「いいタイミングで終わるな」と感心もします。マンガの引き際については、以前『ナニワ金融道』の回でも考察しましたが、実は結構難しいものがあります。人気が高いうちにやめるのはいかにも惜しいですが、そう思って引っ張っている間に作品のクォリティは確実に落ちていきます。ファンとしては心寂しいものがあっても、やはり老醜をさらす前に作者の手で綺麗に幕を引いてもらいたいものです。

 『動物のお医者さん』で大人気を博した佐々木倫子が青年誌に登場した時はちょっと驚きました。果たしてあの静かでとぼけた味わいが青年誌でどれほど受けるものなのか。しかもテーマが新米看護婦の成長記録ときては、青年誌につきもののバイオレンスやエロスはもちろん、恋もクルマもスポーツもトレンド情報も登場しようがありません。しかし、案に相違して『おたんこナース』はヒットしました。主人公似鳥ユキエのキャラクターの大ボケっぷりはかなりのものでした。きちんとリアルに描かれた病院内部、端正でシリアスな絵に味わいのある手書き文字、そして自由奔放に振る舞う強烈な登場人物たち。手法的には少女誌時代と特に変わっていないのに、ちゃんと青年誌でも受け入れられる。結局面白いマンガにジャンルは関係ないという真理が再確認されたのです。

 しかも、『おたんこナース』には青年誌ならではの隠し味も用意してありました。それは医療現場に顕在化しつつあるさまざま問題点を提起するという社会的視点です。高齢化社会を迎えつつある今、青年誌に癌告知などの医療問題を取り込みながら、それを隠し味として使いこなしたところに『おたんこナース』の真骨頂があります。同じスピリッツ誌上の『美味しんぼ』では水と油のように分離してしまい、うまく融合できなかった社会性と娯楽性の両立という芸当を、見事に『おたんこナース』はやりおおせました。最先端の社会問題をいち早く作品の中に取り込み、それをきちんとエンターテイメントとして消化していく佐々木倫子の力は相当なものだと思います。

 そんな佐々木倫子でもどうしようもなかったのは、主人公似鳥ユキエの看護婦としての成長でしょう。新米看護婦ならではのフレッシュな視点で医療現場の問題を捉え、また新米だからこそできるボケで笑いをとる。『おたんこナース』で社会性と娯楽性を両立できたのも、この「新米」という設定なればこそです。しかし、似鳥も徐々に成長していきます。同じ間違いを何度も繰り返す訳にはいきません。どんなに個性的で強烈な患者がきても似鳥が成長してしまえば、大ボケをかましにくくなり、マンガとしてのパワーはダウンせざるを得ないのです。

 結局『おたんこナース』はスタートした時から、いつかは終わらなければならない青春ドラマだったのです。その引き際を今に持ってきたところに、佐々木倫子の冷静さと潔さを感じます。最終回を待たずして言うのも変ですが、つくづく見事な締めくくり方です。この上は、早く次回作の開始を待ちたいと思います。これほどの先見の明がある佐々木倫子だけに、また思いもよらぬ手を打ってくるのではないかと期待していますが。