マンガ時評vol.28 97/12/14号

少年サンデー復活の兆しの予感。

 ほぼ1年前に、やはりここで少年サンデー復活のためにはどうしたら良いか、僕なりの感想を書きました。その後1年。予想通りジャンプ帝国が崩壊しマガジン王国との連立時代に入った少年マンガ界ですが、僕は秘かにサンデー共和国の逆襲を期待しています。未だに部数的には2強に対抗できるような数字ではないようですが、最近のサンデーのラインアップは決して悪いものではありません。ちょっとスポーツ路線に偏り過ぎている気がしますが、ベテラン中堅若手がうまくかみ合って、それぞれに個性を発揮し始めている感じがします。もう少し頑張れば、ぐっと浮力がついてくるんじゃないでしょうか。

 以前にも書いたように、昔から少年サンデーの特色はその都会的なセンスにあります。熱血や根性やツッパリが出てきても、それでもなおかつ綺麗で繊細なタッチと、上品なユーモア、そして少女マンガっぽい恋愛の味付けがされていて、山の手感覚のマンガが楽しめるようになっています。以前はさらにSF的味付けも濃厚にあったのですが、最近はかなり薄れてしまったのがちょっと残念ですが。もっとも、この「山の手のお坊ちゃん」的嗜好が逆にマガジンのような泥臭いまでのパワーを欠いている原因だとも思われます。千葉埼玉よりも湘南を向いているサンデーのスノッブさ、嫌味さを感じ取ってそっぽを向いた欲求不満気味の若者も多いことでしょう。一時期そんな自己分析を編集部もしたのか、サンデーにもツッパリ不良マンガが登場してきたりもしました。しかし所詮はお坊ちゃんの付け焼き刃。本物の不良であるマガジンの迫力にはかないません。仕方なく今のサンデーのラインアップは、スポーツ系を中心に昔の爽やか路線に戻りつつあります。もちろん伝統の恋愛風味も健在。後はSF系のヒット作が出れば、サンデー共和国完全復活でしょう。

 現在の連載陣で最も安定した人気を誇っているのは、もちろん青山剛昌『名探偵コナン』でしょう。マガジンで『金田一少年の事件簿』が大ヒットしたのを後追いした2番煎じ企画ではありますが、サンデーらしく絵柄をコミカルにかつデザイン的に仕上げ、また毎回の謎解きだけではなく、子どもの姿にされた主人公がいつ元に戻れるのか、という大きな謎を付け加えたところがヒットの要因となりました。『マジック快斗』のキャリアがあった青山剛昌にこの作品を描かせた編集部の着眼も素晴らしいと思います。ジャンプが先行2作品を追っていくつか謎解きものの作品を描かせてはいますが未だに決定打が出ないのを見ても、いかにこの『名探偵コナン』の設定が巧みだったかがわかろうと言うものです。

 さて、同様に2番煎じ企画ながらヒットしているのが安西信行『烈火の炎』です。こちらはジャンプの大ヒット作『幽遊白書』を元ネタにしています。残念ながら元ネタ作品とは作者の実力が段違いなので、深みに欠けるのは仕方ありませんが、あくまでも少年マンガの王道を行く展開は、ある種の安心感があることは確かです。ベテラン勢の注目作は高橋留美子『犬夜叉』。以前ここで「もたもたしている」と批判しましたが、相変わらずそのテンポの悪さは否めないものの、かなりキャラクターがこなれてきました。それに最近登場した「弥勒」という法師がいいですね。彼が出てきて、この作品もいよいよテイクオフするかも知れません。同じベテランでもあだち充の『H2』は、ちょっとこれ以上作品世界が広がりそうにありません。面白いんですがあまりにも手堅く安定し過ぎていて、先が見えすぎてしまうのが難点です。『タッチ』で和也を殺したような離れ業がこの先できるかどうか。ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミング★UP!』は、相変わらずこの人らしいとぼけた味わいでいいのですが、いつまで経っても物語の状況が変わらないので、果たして読者に飽きられないか心配です。また石渡治『“LOVE”』は、テニスマンガというのが壁になっている気がします。僕のようなテニス好きにはいいのですが、最近テニスは競技自体の人気が下降線を辿っているので、そこが辛いところです。

 ちょっと苦戦気味のベテランを後目に元気の良いのが中堅どころから若手の作家陣です。ここのあたりが面白くなってきているからこそ、僕はサンデー復活の予感を感じているのです。まず以前にも取り上げた曽田正人『め組の大吾』。消防官という設定がオリジナリティがあって「その手があったか」という感じでいいです。連載を重ねるにつれて主人公がキレていく様も目が離せません。河合克敏『モンキーターン』は、前作『帯をギュッとね!』ほどのブレイクぶりは未だ見せていませんが、この先さらに面白くなりそうな予感がします。競艇という少年誌としては実に珍しい題材を取り上げたところがいいですね。問題は前作のように主人公を巡る脇のキャラクターにどれだけ個性を持たせられるか、にあると思います。今は競艇自体をいかに伝えるかに懸命で、まだ脇役まで遊ばせるほどの余裕がないのが残念です。北崎拓『なぎさMe公認』も、陸上中距離というすき間的な珍しい競技を取り上げたところがいいですが、なによりもいかにもサンデーっぽい恋愛風味が効いています。ヒーローが真面目に悩む普通の男の子なのに、ヒロインのアッケラカンとした可愛らしさが印象的です。そして藤田和日郎『からくりサーカス』。前作『うしおととら』が大ヒット作だっただけに、ジャンプの鳥山明同様苦しんでいることと思いますが、今のところ順調な滑り出しという印象です。今はまだ序盤ですが、ここからどう大きく話が展開していくのかが楽しみです。

 最後に化けるか、それともこけるのか、僕が注目しているのが皆川亮二『ARMS』です。こちらは最初から大きな設定があって、その中で話が進んでいるようですが、まだその大きな設定が見えてきていません。この手の作品は大風呂敷を広げながら、結局そこにたどり着く前に連載が終わってしまうケースが多いので、ちょっとこの作品も心配です。ただキャラクターデザインや戦闘シーンの迫力など、ちょっと少年誌離れしたものを感じさせるので、要注目作品だと思っています。

 他にも面白い連載があります。ただ中ヒットはあっても、コナン以外に大ヒット作品、というものがないのが現在のサンデーの弱いところです。『うる星やつら』『タッチ』の2作品が引っ張ったかつてのサンデー黄金時代のように、ここで取り上げた作品のいくつかが化けてくれれば、きっと2強に割って入るだけの雑誌になれるはずです。その芽はすでに出ていると思いますが。