マンガ時評vol.67 05/5/11号

『PLUTO』のマンガ大賞は時期尚早。

 今年の手塚治虫文化賞は浦沢直樹『PLUTO』(プルートウ)にマンガ大賞を与えることを発表しました。この賞については第1回が発表された時に取り上げてかなり批判的に論じましたが、その後も毎年着々と実績を築きあげ、今では第9回。それなりの権威として成長してきたわけですが、相変わらず選考に納得いかないことが多く、今回の『PLUTO』受賞に関しても僕は少々疑問を感じざるを得ません。

 『PLUTO』はご存知のように手塚治虫の『鉄腕アトム』の中の「地上最大のロボット」を下敷きにして浦沢直樹がSFミステリー長編として描き続けている作品です。原作を知っていればもちろん楽しめますが、たとえ原作を知らなくても「さすが浦沢直樹」と唸らせられるような質の高さと深さを備えています。これだけのエンターテイメント作品は日本はもちろん、ハリウッド映画でも滅多にお目にかかれません。

 連載が始まった当初は「浦沢直樹の手塚好きめ!」くらいに思っていました。永井豪の『デビルマン』をいろいろなマンガ家がトリビュートしたのと同じくらいに見ていたのですが、連載が進むにつれて、これはそんなお手軽な作品ではないと気づきました。浦沢直樹は明らかに手塚を「超える」ことを考えています。単に尊敬して真似しているだけではなく、手塚の先にあるものを描こうとしています。その志の高さと、実際にそれを実行できる筆力に感動すらします。

 で、それだけベタ誉めしておいて、なのに、どうして今年の手塚治虫文化賞にするに僕が疑問を感じるかというと、この作品がまだ序盤で全貌が未だに見えてこないからです。浦沢直樹が前回マンガ大賞を受賞した『MONSTER』もそうでしたが、彼のミステリーは全体像が見えてくるのにかなり時間がかかります。連載でずっと読んでいると疲れてきてしまって、いい加減もう少し種明かしをしてくれ、とイライラするほど。コアなマンガ好きなら読み続けられますが、そうじゃないと途中で「わからない」と飽きて放り出してしまいそうです。

 手塚治虫はマンガ界の巨人でしたが、決してその資質は芸術家ではありません。あくまでも普通の人を相手にした「エンターテイメント職人」だったと思います。そして浦沢直樹も本来は同じような「職人魂」を持った作家です。しかし、時に職人気質が高じすぎて、『MONSTER』や『PLUTO』のように読者のことを忘れたかのように作品に淫してしまう傾向が感じられます。手間暇かけ過ぎて読み手を置き去りにしてしまうのです。

 それでも 『MONSTER』は最後に何とか物語を収斂させて読者の前に作品を戻しましたが、『PLUTO』はまだどうなるか予想ができません。浦沢の過去の実績からすれば多分最後は落ち着くところへ落ち着くのだろうとは思いますが、そうなるまでもう少し連載の行方を見守って、それから賞を与えた方が良かったのではないかと思います。あと最低1年、いや2年後でも問題ありません。今年に賞を与えるのは明らかに「拙速」ではないかと感じます。しかも浦沢直樹は『MONSTER』に続く二度目の受賞。ならばよりハードルを高くすべきです。いくら手塚の名を冠した賞であり、「アトム」をベースにした作品だとは言え、これでは最初から「決め打ち」と思われても仕方ありません。

 では、今回のマンガ大賞にふさわしい作品は何か?僕は作・大場つぐみ、画・小畑健『DEATH NOTE』が最適だと考えます。この作品は少年ジャンプという子ども向けメディアに連載されているものの、内容の高度さと迫力は完全に子どもではついていけないほどに大人向け。緻密な構成は読者に突っ込みを許さず、また小畑の絵の完璧さも驚嘆すべきレベルです。今は第2部に突入してしまいましたが、第1部での「キラ」と「L」の戦いぶりはまさにマンガ史に残る緊迫感がありました。

 まだ全貌が見えない『PLUTO』に比べて、第一部が終わって一区切りがついた『DEATH NOTE』こそタイミング的にもマンガ大賞にふさわしいと思います。マンガはナマ物です。味わうにも誉めるにも旬があります。『PLUTO』はまだ旬がきていないし、逆に『DEATH NOTE』はもう来年になってしまったら、盛りを過ぎて色褪せてしまうかも知れません。今が旬なのです。

 ついでに他の受賞作品についても触れておきます。今回短編賞の西原理恵子『上京ものがたり』『毎日かあさん』は傑作です。西原の新境地と評した向きもあるようですが、決してそんなことはなく、かつての名作『晴れた日は学校を休んで』から続く一連の叙情的短編集ですが、より人生経験を積んで内容に深みが増したのと、テクニック的にも押し引きが達者になったなぁ、という印象。西原本人も言っていますが、朝日新聞社主催の賞でありながら『上京ものがたり』だけではなく敢えて毎日新聞連載の『毎日かあさん』にも賞を贈ったところも朝日新聞を誉めておきましょう。

 ただ新生賞のこうの史代『夕凪の街 桜の国』は悪い作品ではないと思いますが、いかにも朝日新聞的な選考で、ちょっとただのマンガ好きとしては首を傾げざるを得ません。「ヒロシマ」をテーマにしたマンガということでゲタを履かせてしまったかな、という感じ。さっき誉めたばかりの朝日新聞ですが、悪い癖が出たかなと。これでプラマイゼロかも。