マンガ時評vol.16 97/6/11号

朝日新聞社のマンガ大賞って何?

 先日、朝日新聞社が新たに制定した手塚治虫文化賞のマンガ大賞の第1回受賞者が藤子不二雄『ドラえもん』、優秀賞が萩尾望都『残酷な神が支配する』と発表されました。ともに日本の漫画界を代表する巨匠の作品であり、彼ら抜きにマンガという文化を語ることができないほど影響力のある作家ですから、結果に文句はないところですが、何だかどうもすっきりしない思いが残ります。なんか、違わないか、って。

 一体全体このマンガ大賞はどうして企画されたのでしょう?今の、そしてこれからのマンガ界にとってどういう意味を持ち、どういうメッセージを送りたいのでしょう?なぜこんな賞を今さら作らなければならないのでしょう?誰がこの賞を欲しいと言ったのでしょう?誰か明確に答えて欲しいのですが、朝日新聞を読んでもホームページを見てもその答えは見つかりません。とにかく作ったんだぞ、ありがたいだろ、ってだけです。

 マンガは今かなり幅広いファン層を持っていますが、個々の作品は実は結構狭いターゲットを相手にして発信されています。コロコロコミックを読んでいる中年は極めて少ないことでしょうし、ビッグコミックオリジナルが面白い小学生もほとんどいないでしょう。ある人にとっては大傑作でも、別の人にとっては全然面白くないことがよくあるのがマンガです。もちろん中には幅広い層から支持を受けているマンガもあります。しかしそれが一部のマニア受けのマンガより優れているかどうかは、一概に判断できません。広さで勝っても深さでは劣ることだって十分に考えられるからです。

 一般の人々に流布することを目的とした歌謡曲ですら、現在はセグメントされた層に発信されている状況です。日本レコード大賞がパッとしないのは、昔のように誰でも知っていて口ずさめる歌が少なくなったからです。なのに、もっとセグメントされているマンガにレコード大賞のような「1番」を決める賞が必要なのでしょうか?そもそもそれは可能なんでしょうか?僕は極めて難しいと思います。やるとしたら、「マイ・ブーム」のような「マイ・ナンバーワン」です。それが「今」だと思います。

 なのに、どうして朝日新聞がこんな賞を作ったのか?考えられるのは、朝日新聞という日本の文化をリードしているという過剰な自負を持つメディアが、マンガもそろそろ一人前の文化だから認めてやるか、というのが表の顔。そして、朝日新聞と言えどもマンガを無視できなくなってきて、何らかのカタチで取り込んでいきたい、と考えたのが裏の顔です。そのとっかかりが今回の手塚治虫文化賞でしょう。つまり朝日の看板によるマンガの権威付けと、朝日自身の商売上の理由から今回の賞は生まれたと考えられます。手塚治虫の名前を利用して。だいたい、朝日新聞なら長谷川町子賞でしょ。国民栄誉賞も貰ったことだし。今さら朝日が手塚の名前を利用するということが、そもそも腹立たしいです。

 それに朝日新聞にマンガに対する見識がどこまであるのかがまた疑わしいです。例えば審査員の顔ぶれです。年老いたマンガ評論家がいます。「おたく文化」を語る中年の学者がいます。現役のマンガ家もいます。歌手もいます。とにかく種々雑多な、一応マンガについて何かメッセージを発していそうな連中を沢山バランス良く集めています。彼らが持ち点を配分して「カー・オブ・ザ・イヤー」のような投票をしています。果たしてこんなことで、何が見えるのでしょう?そんなことで選ばれた作品が、本当に「1番」なんですか?大体ノミネートされている作品自体もバラバラです。とにかく1996年度に単行本が出たマンガなんて、基準がいい加減過ぎます。イヤー賞なら、あくまでもその年に「発表」された作品にこだわるべきでしょう。今さら『ドラえもん』だなんて、この賞が厳密にイヤー賞として審査しているわけじゃないことを暴露しているようなものです。話題性と格を重視していることが明らかです。そしてオジサンが知っていることも。朝日の読者を強く意識した結果が『ドラえもん』なのでしょう。

 こんなアバウトなマンガ賞に果たしてどんな意味があるのか、改めて問いたいですね。受賞したマンガの格が上がるのか?作家のギャラが上がるのか?マンガの売れ行きが上がるのか?マンガ界の地位が上がるのか?多分なにひとつ上がらないでしょうね。まあそのマンガに関わっている編集者やマンガ家にとっては、もしかしたら少しはいいこともあるかも知れませんが、読者やファンとにとっては何もいいことはありません。せめて賞を与えるなら、読者にとって指針となるような、一定の見識を持って選んで欲しいです。それは多人数による投票ではなく、少ない(何なら1人でも構いません)もののわかった人による討論による選択のはずです。だったら認めましょう。ま、僕が認めなくても朝日新聞は知ったことじゃないでしょうがね。