マンガ時評vol.66 04/3/14号

少年マンガにおけるバイオレンスの限界。

 少年マンガには昔から自主規制があります。あくまでも子ども向けの媒体であることを考慮して、過激な暴力シーンは描かないし、セックス描写もカット、また「悪」を英雄視するような倫理破壊推奨的マンガも相応しくないとされてきました。

 しかし、時代が進むにつれて、この自主規制は少しずつ崩されてきました。かつては手塚治虫の作品ですらクレームがついたものですし、ジョージ秋山の『アシュラ』『銭ゲバ』、永井豪『ハレンチ学園』『デビルマン』などは、まさに当時の少年マンガ誌のタブーに挑戦した作品でした。有害図書としてPTAなどから指弾されることもある中で、マンガ家は表現の可能性を広げてきたのです。いまの日本の豊かなマンガ環境は、こうした先人たちの努力の賜物です。

 ただ、「表現の自由」を錦の御旗にして、なんでもかんでも表現していいのか、ということになると難しい問題になります。特に青年誌では許される表現でも少年誌ではやはりその影響を考えるべきでしょう。成人を対象にしていれば「性」も「暴力」も十分にテーマになり得ます。『ワールド・イズ・マイン』の過激なバイオレンスも、青年を対象にしているからこそ、単なる暴力的なマンガという評価を超越できるのです。

 しかし、10才に満たない子どもも読む少年マンガ誌上で、過激なバイオレンスはどうなのか?子どもは大人と違って、自分で濾過して受け取ることができません。ある程度はやはりコントロールすべきでしょう。もちろん、これは「程度」の問題です。さらに言えば、その作品が持つ「香り」のようなテイストが評価を左右すると思います。極めて微妙であり、一概にガイドラインを作ることなど不可能です。結局個々の作品ごと、シーンごとに検証していくほかはないでしょう。

 最近の少年ジャンプにはかなりバイオレンスな作品がラインアップされています。いや、昔もジャンプはバイオレンスではありました。ジャンプ初期の『男一匹ガキ大将』にしろ『アストロ球団』『ドーベルマン刑事』にしろ、また全盛期の『キン肉マン』『ドラゴンボール』『北斗の拳』などもある意味とても暴力的なマンガです。

 ただ、これらの作品はまだオブラートに包んだバイオレンスでした。絵柄が可愛くて印象が柔らかかったり、内容が荒唐無稽でリアリティがなかったり、どこかに逃げ場が用意されていたと思います。またテーマは暴力ではなく他にあって、その内容が暴力的であるという作品もあります。それに比べて最近の作品は同じ荒唐無稽を装っていても、以前の笑いにつながるほどの無茶苦茶さまでは達しておらず、ともすれば暴力のリアリティを追求しているのかとも思えるほどです。

 ざっと見ても岸本斉史『NARUTO-ナルト-』、和月伸宏『武装錬金』、矢吹健太郎『BLACK CAT』、武井宏之『シャーマンキング』、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』あたりが暴力をひとつのテーマにしている作品と考えてもいいでしょう。これらの作品は他にテーマがあると言うよりも、戦うこと自体がテーマです。当然暴力それ自体を描くことが主眼になります。

 ただ『NARUTO-ナルト-』と『HUNTER×HUNTER』以外は、キャラクターがデザイン的でキレイですから、あまり“痛み”を感じにくい絵柄ではあります。暴力描写もまだ抑制が効いています。簡単に人も死にません。『NARUTO-ナルト-』も忍者同士の凄絶な戦いがテーマですが、どこか牧歌的な雰囲気があって意外と救われます。

 問題は『HUNTER×HUNTER』です。もともと冨樫義博は少年誌向きとは言えない素質を持つマンガ家だとは思っていました。『幽遊白書』の途中からその素質は発揮され始め、『レベルE』ではかなり実験的な趣向にチャレンジしていました。そして『HUNTER×HUNTER』です。前の二作を融合させたようなこの作品は、連載開始当初から僕は注目していましたし、その通りに面白い展開を見せています。

 最初は主人公のゴンを始めキャラクターが可愛らしいので、ちょっと鳥山明の明るいファンタジー路線狙いかと思いましたが、やはりそんなわけはなく、キルア、そしてヒソカが加わったことで、一気にダークな色彩を帯びました。旅団篇でバイオレンスさが増し、そしてグリードアイランド篇になると、『レベルE』で示したマニアックさが爆裂しましたが、まだここまではギリギリ許容範囲かなと思っていました。と言うか、面白かったのでOK!でした。

 しかし、今のキメラアント篇は正直僕は首を捻っています。惨たらしさという意味でも、これまで以上に過激な表現になっていますし、それがまた惨いだけで全然救いがありません。旅団篇もかなりひどい暴力シーンがありますが、どこかにホッとするようなところがありました。しかし、キメラアント篇になると、もうただひたすら残酷なシーンを描きたくて描いているような印象を受けます。インパクトの強さを求めるあまりに過剰になってしまっています。

 この原因のひとつは相手が人間ではなくなったことにあるような気がします。敵を非人間にしたことで、旅団篇にあった「人間同士の戦い」という枠が外れてしまい、歯止めが効かなくなったのではないかと思います。グリードアイランド篇では、ゴンがまだゴンらしい健気さ、爽やかさを維持していましたが、キメラアント篇ではそれでは生き残れないという設定になっています。ゴンの輝きが落ちているような気がしてなりません。絵が荒れているだけではなく、内容が荒れているのです。

 もちろん、まだ途中の作品のことですから安易に論評はできません。ここからゴンがいかにゴンらしさを保ちつつ敵と戦っていくのかが見せ場になっていくだろうとは思います。敢えてその前段階で凄惨な場面を見せておこうという作者の計算かも知れません。とは言え、やはりここまで描く必要はなかったのではないかと僕は思っています。面白い大好きな作品だけに、冨樫が限界を超えて暴走しているのではないかと心配です。