マンガ時評vol.58 00/3/13号

『MISTERジパング』に見る歴史マンガの可能性。

 映画や小説に比べてマンガの世界で比較的人気がないジャンルが歴史物だと思います。映画界の黒沢明や小説の吉川英治、司馬遼太郎のような作家がマンガ界にいるだろうかと考えると、せいぜい『伊賀の影丸』『三国志』『項羽と劉邦』らの横山光輝くらいしか思いつきません。『カムイ伝』の白土三平という巨匠もいますが、彼は分野が偏っていますし、『陽だまりの樹』の手塚治虫や『佐武と市捕物控』の石ノ森章太郎は、逆にその作品群が巨大過ぎて歴史物の印象は薄いと言わざるを得ません。

 これはもちろん、子どもを主たる読者ターゲットとしてきたマンガ界においてはスポーツや学園、恋愛、格闘、SFなどに比べて歴史物はどうしても受けが悪いということが大きな要因でしょう。例えば司馬遼太郎の歴史小説の面白さを理解するには、そこそこの知識と教養があり、なおかつ古くからの変わらぬ人間の営みをロマンだと感じる理解力がないと難しいからです。歴史小説が中年以上に受けが良いのは、人生をある程度生きてきているからです。

 もっとも少女マンガ界には、『はいからさんが通る』『ヨコハマ物語』の大和和紀や『ベルサイユのばら』の池田理代子、『南京路に花吹雪』の森川久美、『日出処の天子』の山岸涼子、『夢の碑』の木原敏江ら、もう少し人材が揃っています。と言うのも、少女マンガでは何よりロマンが命、という傾向があるので、特に大河ロマンを求めた結果がこれらの傑作を生んだのではないかと思われます。

 ともあれ、マンガ界のパイの大きさと広がりの割には歴史マンガはなかなかヒットが出にくいようですが、現在その流れが少しずつ変わりつつあるような気配がします。もちろんそのきっかけとなったのは井上雄彦『バガボンド』です。この作品についてはかつてVol.51「『バガボンド』は黒沢映画の凄み。」で取り上げているので詳説はしませんが、結構地味な内容の割には爆発的なヒットを記録しています。無論、それ以前にも小山ゆう『あずみ』とか王欣太『蒼天航路』、村上もとか『龍-RON-』、藤崎竜『封神演義』など注目すべき作品が露払い役となっているわけですが、『バガボンド』が起爆剤となったことは事実でしょう。

 最近まず少年ジャンプで岸本斉史『NARUTO-ナルト-』、少年マガジンではむつ利之が坂本竜馬を主人公にした『龍馬へ』、そして少年サンデーで椎名高志が『MISTERジパング』をスタートさせました。特に後の2本は人気の高い幕末と戦国を舞台にしている本格的な歴史物。むつ利之が描く坂本竜馬というのは大体予測がつきますが、『GS美神 極楽大作戦!!』の椎名高志が、信長・秀吉・家康をどう料理するのかはちょっと注目されます。

 まだ『MISTERジパング』はスタートして2回ですが、今のところなかなか面白く読ませています。主役はどうやら秀吉のようですが、あくまでも椎名高志らしくギャグを多用したハチャメチャ路線。少年誌で辛気くさい歴史マンガを展開しても、どうせ読者はついてきてくれないだろう、という意図をはっきり感じる描き方です。面白そうなエピソードをうまく再構成してマンガとして展開していくようですが、キャラもうまく歴史上の人物の特長をデフォルメしていますし、ギャグとシリアスのめりはりもなかなかの手練れの技です。このままさらに調子が上がってくれば、結構サンデーの看板マンガに成長することもできるかも知れません。

 最初に分析したように、知識と教養がないと面白さが伝わりにくい歴史物ですが、この作品はかなりそのハードルを低く設定しています。知らなくても面白く読めるように、ということに心を砕いているのが良くわかります。もしこの手法で成功を収めれば、もっといろいろな時代を少年マンガでも取り上げていけるような気がします。現時点での評価は少々先物買いに過ぎるかも知れませんが、波に乗ってくるだろう半年後あたりを期待したいと思っています。