校長挨拶


環境



若鮎跳り 伊吹嶺を 映して清き 揖斐長良
治水の祖の 勲しに 美稲実る 濃尾の地
たたえよ たたえよ 登龍吾等


 校歌にありますように、安八町は濃尾平野の西、揖斐川と長良川に囲まれた輪中地帯に位置し、先人は水との闘いに苦慮してきました。昭和51(1976)年9月12日には長良川の堤防が決壊し、新築したばかりの校舎が約170pまで床上浸水しました。体育館南に浸水水位を示す標識があります。校区には、一区画がとても広い水田が碁盤の目のように広がっています。校舎も水田に囲まれ、のどかな風景です。
 また、本町は日本を代表する企業の工場が数多く立地するとともに、鎌倉街道や美濃路、織田信長・前田利家ゆかりの森部古戦場など、歴史のある町でもあります。近年は名神高速道路に安八スマートインターチェンジが開設され、新たな拠点として発展している町です。


校名の由来



 本校は昭和22年4月、安八郡名森村・牧村学校組合立登龍中学校として創立しました。現在は、安八町立登龍中学校です。校名は、明治初めの学制発布によって旧名森地区各村が小学校として、「登龍義校」を創設した精神を再び継承し、「登龍中学校」としました。

登龍義校を創設した精神とは?


故事成語「登竜(龍)門」による
★故事:「登竜(龍)門」…竜(龍)門は黄河上流の急流で、これを登りきった鯉は
             竜(龍)になるという言い伝えから
★意味:「登竜(龍)門」…立身出世への難しい関門(「後漢書」より)

    


 厳しい環境に身を置くことで、たくましく育ってほしいという願いが込められた校名だと思われます。

 このような校名の由来や願いのもと、生徒一人一人を「龍児」として、大切に育てています。