リタルダント

           
さぼさぬけ

 蜂蜜みたいな密度の濃い夜。小さな瓶から小さなスプンですくい上げたスウィト・ハニーが流れ落ち、折り重なってまた溶け込んでいくような時間がゆっくりと過ぎていく。僕とアレフはソファの上で寝っ転がってじゃれあっていた。僕の趣味でいろとりどりのチェック柄・パッチワークのソファは、少し嫌そうに僕たちを押し退ける。
 そんな感覚が心地よかった。僕は覆い被さってきたアレフの顔を手のひらで包み込むように挟んで、彼と目を合わせる。
「ねえ、アレフ。やっぱり僕ってダメな魔法使いなのかな」
 アレフの瞳に移った僕が、悲しそうな顔をした。
「このままじゃ、きっと試験にだって合格できない……そしたらアレフ、僕たち離ればなれになっちゃうの?」
 タイムリミットは、後3日。それまでに誰かの願いを叶えてあげないと、僕は試験に失格。10年後の試験までまた勉強漬けで、その間人間界には降りてこられない。せっかく仲良くなれたアレフとも、もう二度と会えなくなってしまう。「こっちの世界」は、僕たちに比べて時間のたち方が早いから。
 焦れば焦るほど時間は過ぎて、僕は失敗してばかり。ため息や弱音だって、止めようとしても次から次へとこぼれてくる。
「僕だって、努力してるのに…でも、願いを叶えるって難しいんだよ」
 アレフの黒い瞳が包み込むように僕を見つめてくる。思えば僕はアレフと出逢ってから、弱音ばっかりはいているような気がする。そんな僕の愚痴を何も言わずに聞いてくれるアレフは、僕にとってかけがえのない…世界一の存在になっていた。
 彼と一緒にいる時間が、こうしてじゃれあっている時間が幸せ。どんなに苦しくても、アレフに優しく見つめられるだけでそれは氷砂糖みたいに甘い出来事になっていく。
 でも、アレフの方はどうなんだろう。こんな僕を、好きでいてくれるんだろうか。アレフは全てを受け止めてくれる。でも、彼からは何も言わない。同じ時間を過ごして、思いを共有していると今までは勝手に思ってきたけれど。
「ねえ、アレフ?」
 僕はアレフに尋ねた。
「アレフは、僕のこと好き?」
 アレフはそれには答えずに、するりと僕の手をすり抜ける。首筋に暖かな息を掛けられて、思わず僕は声を上げた。いつもなら…いつもならこのまま流されてしまうのだけれど。
 僕はアレフの顔をぐいと押し退けた。アレフが、少しむっとした顔をする。こんな表情もはじめて見る。
「ごまかさないで、答えてよ。僕のこと……好きなの?」
 アレフは、何も言わない。
 ただじっと僕の瞳を見つめていた。時間はゼラチンのように固まっていく。
 僕は少し後悔していた。もしかして、聞かない方が良かったんじゃないだろうか……思えば、アレフはどこにだって行くことが出来た。出逢った頃は他の女の人の所に泊まっていたりもした。それを出ていかないように、部屋を提供して、ご飯を作って、ご機嫌をとって……彼を必死でつなぎ止めていたのは僕だった。
 もしそれが、迷惑だったとしたら?
 アレフに全てをうち明けて、そのころから彼は優しくなった。それは、僕がいつかは帰ってしまう存在だと分かったからじゃないのだろうか。いつかは別れるつもりで…しばらくの間優しくしてくれたのだとしたら。
 そうだとしたら……。
 いつの間に僕は泣いていたんだろう。アレフが舌で涙を拭ってくれて、はじめて気が付いた。
「アレフ?」
 僕はビックリして名前を呼んだ。
 アレフは優しく僕を見つめて……蜂蜜みたいな声でニャオンと鳴いた。


 それからはいつもの夜と一緒。12時の鐘が鳴れば魔法が解ける。そこからはほんのしばらく…修行中の魔法使いと堕天使の時間。
「バカだな、里音は。俺が里音を嫌いなわけないだろ」
 久しぶりに聞くアレフの声は、照れたような、怒ったような、それでいて一番優しい声だった。僕は彼の腕に抱きついて、そしてキスをねだって甘える。アレフは僕のおでこをピンとはじいて…僕のわがままに応えてくれた。
 邪魔な布きれを全てはぎ取られて、僕はアレフと直にふれ合う。アレフの舌は、猫の時よりもずっと刺激的で、僕は思わずアレフの背中に腕をまわした。それでもアレフは焦らすように、僕の体を嘗めていく。
 ゆっくりと、隅から隅まで彼の舌に洗礼されて……愛されてるなと感じるのは、こんなとき。それが幻想でないと確かめるために、僕はいつもよりも彼を急かした。
「つらいよ? まだちゃんと慣らさないと」
「いいから、大丈夫だから……」
 僕はそれ以外を忘れたように、アレフをほしがっていた。アレフはさっき指ではじいたところに口づけると、耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、里音。里音はちゃんと受かるから。離ればなれになんて、なりっこないさ。だって、そうだろ」
 アイスクリームみたいにとけてゆく僕の心に、アレフの言葉は染み込んでくる。
「里音は、俺を十分幸せにしてる」
 そして僕たちはひとつになった。

 夢みたいに幸せな時間は、ゆっくり…ゆっくり……リタルダントの曲調で夜を閉じていく……。



こめんと。
・・・フェードアウト矢追になっちった(笑)
この話は以前海月さんに贈るために書いたもので、掲載許可が出ましたので載せます。本当は前半部分でやめようとおもったんだけど、それだと殺されると思って・・・Hありってのが指令だったので・・・出来るだけ雰囲気はエッチくさくしたんですけど(爆死)。
このあたりが私の限界。
少尉さんには難しいでしょー!(織姫)って感じでした・・・。

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