デジタルの向こう側

           
さぼさぬけ

「私、電話って嫌いなのよね」
 携帯電話のストラップを揺らしながら、皐月は言った。喫茶店のテーブルで向かい合わせに座っていた裕也が、不思議そうな顔をする。
「なんでまた。僕は、キミほど電話好きな人はいないと思ってたのに」
「だって、エゴじゃない、電話って」
 皐月は携帯電話をテーブルの上に置くと、右手でストローを持って、グラスの氷をかき回した。すでにコーラはなくなっている。
「エゴ?」
「だって、そうでしょう? 相手のプライベイトを考えたら、電話なんて出来やしないわ」
「そりゃあ、まあ」
 裕也はいまいち納得がいかないといった様子でドーナツの残り半分を口へと運ぶ。
「でも、キミはよく僕に電話してくるじゃないか。それも、エゴなの?」
「そうね」
 皐月は即答した。
「電話での会話を直接会うことの代用にしようなんて、ひどく自己中心的だと思わない?」
「うーん……」
 裕也はドーナツをほおばりながら、もごもごと何かを言おうとした。
「自己満足よ。実際に聞いているのは電気信号によって作られた音でしかないのに。
 もしかしたら、話しているのは全くの別人なのかも知れない、そんな事を考えないのもね。人間のエゴだわ」
 裕也は喉に詰まりかけたドーナツを残っていたジュースで流し込むと、やっと口を開いた。
「僕はそうでもないけど。僕は結構、電話って好きだよ」
 それを聞いて、今度は皐月の方が眉を寄せて不思議そうな顔をした。
「だって、キミと会わなくたって話が出来るじゃないか」
「分かってないわね」
 皐月は頬を膨らませた。
「だから電話は嫌いなのよ」


コメント
コバルトのショートショートに応募して落選しました。送る前からコバルトと毛色が違うことは分かっていたので、落選してもそんなに辛い気分ではなかったですが。やっぱきついですね、言葉にすると。
今から一年前の作品で、皐月と裕也シリーズの記念すべき第一作目となります(そう、実はシリーズなのです!)。
個人的には出来をものすごく気に入っていて、さらに解説を入れないと分からないだろうなと思います。皐月の言っている論理は、おかしいんです。破綻してるんです。でも、破綻しているからこそそこにかいま見える乙女心を描きたかったのです。
当時の自分としては、最高の出来。これ以上言葉を削れないし、加えることもできない。それくらいシンプルに、シャープに、シェイプ(当時の私はこれが合い言葉だった)したつもりです。お気に入りの作品なのです。
漫研で、夏の原稿はこれを出すつもりでいたのですが、どうも言葉でしか表せない部分というのがあって、断念してしまいました。そんなところです。

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