毛布の下
1/7

 またあの夢を見た。

 懐かしさと、不安と、恐れと、そして奇妙な悲しみに彩られたあの夢を…。

 目をあけてそこがいつもの寝室であることを確認すると、私は大きく安堵の息を吐いた。

窓の外からは雨の音が小さく聞こえている。タイマーでエアコンが切られてから数時間は経っている。室内はむっとする湿気に満たされていた。まだ梅雨が明けるには半月以上かかるだろう。

 寝返りを打つと、じっとりと汗をかいた背中にパジャマが張り付いている。湿度のせいもさることながら不気味な夢の内容のせいもあるだろう。

 子供の頃にまつわる「毛布」の夢だ。転校した年の夏、友達と探検した幽霊屋敷で見た「毛布」だった。結局、勇気がなくて、その下を見ることの出来なかった、あの「毛布」である。

 ずいぶん以前に腐り始めた後、いくつもの夏と冬を経て、雨か露かの染みと黴の色で、何とも形容のできない厭な色に染まっていたあの毛布。小さな虫にたかられながら、何かを覆い隠すように床にひろがったあの毛布。毛布の下の膨らみは、みんなが想像したような「子供の死体」だったのだろうか。

 とうとうそれを確認することなく引っ越してしまったあの夏休み。あの引っ越しと転校という経験が、私の少年時代の記憶にはっきりと区切りの線を引いている。引っ越しの後、ずっと住んでいる今の町は、私の記憶の中で当時からはっきりと連続して続いている。私の成長と歩調を合わせて、今の町は少しずつ家が増え、人口が増え、単線の電車は複線になり…、つまり、この二十年近い時の流れを見てきた記憶がある。それに比べて、引っ越し前の「あの町」は、二度と訪れることもなく時が過ぎ、わずか二十キロほどしか離れていないのに、私の記憶の中では「あの夏」で停まったままなのだ。

 思春期直前の、夢か現実かも定かでない「あの夏」。ここ何ヶ月かの間、頻繁に見ていたのは、その「夏の夢」だった。

 「ずいぶんうなされてたわよ」

 妻が隣の布団で寝返りを打ちながら言った。

 「すまん、起こしてしまったか」

 いいのよ、ちょうど起きる時間だから、と妻は身を起こした。時計は五時半を指していた。

 夢を見た原因は分かっている。今日はどうしても「あそこ」に行くつもりだったからだ。