白の章 オマケ 嘆きのロザリオ
とある街の片隅。
場末の酒場のテーブルに突っ伏して、オレは寝息を立てていた。
「・・・お客さん、閉店ですよ」
バーテンに揺り動かされて、オレは微睡みから引きずり戻される。
クソッタレの、この現実世界へと。
「・・・お客さん」
「わぁったよ、クソ・・・」
顔を上げ、フラフラの足取りでオレは立ち上がった。
勘定を済ませ、歩き出す。
チッ。ロクな酒も置いてねェくせに、値段だけはいっちょまえに取りやがる。
舌打ちをすると同時に、オレはよろめいて壁に手をついた。
「大丈夫ですか?」
「平気だよ。・・・それともアンタ、朝まで介抱してくれるか?」
「は?」
バーテンは熊人だった。
中肉中背、十人並みのルックス。タイプではないが、どうだっていい。
「抱いてくれ、っつってんだよ」
「ふざけるな」
店を追い出され、オレは冷たい地面に横になる。
ああ、チクショウ。
外の冷気をまともに受けてアルコールが一気に飛び、体中が痛みを訴え始めた。さっき思いっきりケンカしたからな、自分で思ってた以上にやられてるみてェだな、こりゃ。
よろよろと立ち上がり、フェンスに手をつく。
・・・あー、めんどくせェ・・・今夜はこのまま寝ちまうか・・・
たとえ凍えて死んだって、それだけの事だ。
オレは手を離し、冷たい地面に再び横になった。
が、不思議な事に身体は倒れない。
「・・・?」
目を開けると、知らない男がオレを支えていた。
黒い服。法衣ってヤツか? を着込んだ40近いメガネのオッサン。神父だとか僧侶だとか呼ばれている、オレとはまったく無縁の男だった。
「・・・大丈夫ですか?」
またか。
オレはうんざりして、内心唾を吐いた。
結局コイツもさっきのバーテンと同じだ。
上っ面だけ心配するフリしやがって、オレが邪魔なら素直にそう言いやがれ。この偽善者が。
・・・って、神父だったか。なら偽善者なのは当たり前か。
「もし?」
いっこうに反応しないオレをどう思ったのか、神父はもう一度声を掛けてきた。
「・・・うるせェよ。ほっとけ」
「ですがひどい傷です。せめて治療を・・・」
傷?
ああ、また傷が開いたのか。
「幸い近くに教会があります。そこまで歩けますか?」
結構だ。
と断ろうと思ったが、どうやら今夜のねぐらは何とかなりそうだ。
オレは神父に引きずられるように古ぼけた教会へと歩みを進めた。
教会というか、それはもう廃墟だった。
礼拝堂には埃が積もり、天井にはクモの巣。ステンドグラスは叩き割られ、何を形取っていたのか、その片鱗さえ感じられない。少しは寒さをしのげるかと思ったが、それは思い違いだったようだ。
「ずいぶん荒れてますねぇ」
神父はとぼけた声で言うと、オレを長椅子に寝かせた。
どうやらコイツの教会ではないらしい。
「薬を探してきますね」
神父のクセに回復魔法ぐらい使えねェのかよ。
「・・・いい。もう放っといてくれ」
「しかし・・・」
うぜェヤツだな。
そんなに人を救ったつもりになって優越感に浸りたいのか。
「んなら抱いてくれ」
「は?」
さっきのバーテンと同じ顔をする。
「・・・抱いてくれねェんなら、どっか行ってくれ」
っていうかどっか行け。
しかし、神父はどこにも行かなかった。
「そうすることであなたは救われるのですか?」
意外な言葉に、思わずオレの方が唖然とする。
「・・・わかんねェよ。・・・でも、ヤなんだ。一人で寝るのは・・・」
気が付くと、オレはなぜか気持ちを吐き出していた。
自分でも気付いていなかったような事を、全部。
たぶん、これは神父の職業特性ってヤツだ。そうに違いない。
「・・・抱いてくれよ、シリウス・・・」
法衣に顔を埋め、すがるように亡き恋人の名を呼ぶ。
「私はあなたの恋人にはなれませんが、そうする事が一時でも慰めになるのであれば」
神父はオレに口づけをした。
温かい、優しいキス。シリウスも、こんな風にしてくれた。
「・・・ホントは婚姻前の性交渉は禁忌なんですが」
「へへへ、アンタ意外と好き者なんだな」
オレはなんとか笑顔を繕った。たぶん、泣き笑いの顔になっていたと思う。
「いやその。・・・実は初めてなのですが」
そうなのか。
でもまァいいや。
オレは神父の股間を握ってやる。
かなり、デカイ。
「・・・自分で言うのもなんだけどよ、オレぁ床上手なんだ。筆卸にはもってこいだぜ?」
神父の頭が上下に動く。
オレは快楽に耐えて、あえぎ声を漏らしていた。
白い吐息が高い天井へ消えていく。
初めてにしてはなかなかだ。
最初、前戯も無しにいきなり挿れようとしたときはさすがに焦ったが、少し手ほどきしてやったらすぐに慣れたようだ。
呑み込みは早い。
「あ・・・もういい・・・イッちまう・・・」
うわずった声で言うと、神父はオレを吐き出した。
発車寸前だというのに、皮を被ってしまっている。
神父は湯気の立つそれを口で剥くと、亀頭をなめ回した。
「だ、だからっ、イッちまうって・・・!」
「ああ、すみません、つい」
ったく。
オレはちょいちょいと指で神父を誘い、立たせた。
かがみ込んで法衣をたくし上げ、ズボンを脱がす。
「わ、私も脱ぐのですか?」
あったりまえだ。服着たままヤれるかっての。
オレがそう言うと、神父は自ら法衣を脱ぎ始めた。
脱がす楽しみもあるって事を、コイツは知らないらしい。まァ、なんかめんどくさそうな服だったから、文句は言わなかったけど。
やがて全裸になった神父のチンポに、オレは食いつく。
我慢できなかった。
大きさ、形、色。アイツの・・・シリウスのチンポにそっくりだった。
オレはしゃぶりながら、そんな事ばかり思い出していた。
ああ、熱さ、堅さ、味までそっくりだ・・・
「・・・・・・」
神父の指がオレの目尻を優しくすくう。
どうやら、泣いていたらしい。
「・・・頼む・・・犯してくれ・・・」
オレが埃の積もった床に寝そべると、神父がそっと身体を重ねてくる。
「えっと、もういいんですか?」
「いちいち聞くな。自分で確かめろ」
神父の指が、入ってくる。
すっかりほぐされたオレはすんなりとそれを受け入れた。
「んっ・・・!」
「なるほど。もう良さそうですね」
言いながら、オレを広げる。
念のため、とか言いながら再び舌でケツ穴を愛撫され、オレは女のように声を上げて泣いた。
「・・・では、挿れますね」
だ、だからいちいち確認すんじゃねェよ。
まあもっとも、初めてだから何かと不安なんだろうが。
神父はオレにのしかかって体重を掛けてきた。
「えっと・・・」
案の定、場所がわからなくて上手く入らない。
オレの方でリードしてやると、やがて神父はオレに侵入してきた。
「はぁっ! ・・・っ・・・!」
「あ、すいません。痛いですか?」
俺の声に、神父は動きを止めてしまう。
「バ、バカ野郎。痛がってるのと感じてるのも区別できねェのか!」
「あ、すいません。・・・感じてるんですか?」
聞くなっ。
オレは自分から神父を求めて動く。
「ああ、すごいです・・・」
そりゃこっちのセリフだ。
「ふぅっ! ・・・ああっ!」
オレが感じているとわかって安心したのか、神父が腰を振り始める。
しかし、まだまだなっちゃいない。リードしてやらないとカンタンに抜けてしまう。
初心者のクセにストロークを大きく取ろうとするんじゃねェ。
文句を言ってやりたいが、オレの口から漏れるのは吐息ばかり。
コイツ、なかなか筋がいいじゃねェか。
「あ、あぁあっ! は、う、うぅぁっ!」
「気持ち・・・いいですか? あ、わ、私も・・・すごくいいです・・・!」
できればもっと高圧的な態度で犯して欲しいが、そこまで求めるのは贅沢か。
「ああ・・・っ! シ、シリウス・・・! シリウスッ!」
神父の背に腕を回し、オレはなんどもアイツの名前を呼んだ。
いつの間に雲が晴れたのか、割れたステンドグラスから月光が注ぎ、祭壇を冷たく照らしていた。
十字架を背負いながら、神父は何度も何度もオレを犯してくれた。
翌朝、静かに寝息を立てる神父の横で、オレはタバコを吹かしていた。
初めてだとか言ったクセに、コイツはかなり上手かった。
ケツだけで2回もイカされたのは本当に久しぶりだ。
おまけになかなかタフだったし。
その後、物置にあったボロボロの毛布に二人でくるまって眠った。
「・・・さて」
名残惜しいが、毛布を抜け出して服を拾う。
「・・・もう行かれるのですか?」
背後から神父の声。
たしか名前は聞いたが、忘れた。
「起きてたのか」
「はい」
「昨夜は世話んなったな。・・・楽しかったぜ」
パンツを穿きながら言う。
「・・・あなたの寂しさを、少しでも紛らわす事ができたのなら、幸いです」
うるせェよ。
他人の心の中にずかずか入り込もうとすんじゃねェ。
「というのは建前で、ホントはすごく気持ちよかったです」
「・・・ヘッ」
そうだよ、それでいい。
「じゃァな」
「あなたに神のご加護がありますように」
オレは肩越しに神父を睨み付けた。
「悪ィが、オレぁ神様なんて信じてねェんだ」
たとえいたとしても、それは間違いなく敵だ。
「ここで言う神様とは、絶対的な存在の事ではありません。私たち一人一人の心の中の、良心の事です。私たちは誰しも、生まれながらにして心の中に神を宿しているのですよ」
「・・・ケッ。だったら、なおさらだ。オレの心の中に、そんなモンありゃしねェよ」
「私はそうは思いません」
「おめェにオレの何がわかる」
「一晩だけとはいえ、あなたとは深く結ばれましたから。私は、あなたの心の中に、確かにひとかけらの良心を見つけました」
「・・・めでてェ野郎だ」
セックスするだけで相手の心がわかるってんなら、オレはもう何百人と解り合っているんだか。
「あばよ。達者でな」
「はい。・・・忘れないでください。あなたの心の中に、確かに神様が宿っていることを」
戯れ言だ。
オレは肩越しに手を振って、その戯れ言を聞き流した。
→モドル